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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
231/243

230_9~花と舞う星~


……花が、舞っていた。


淡く儚く、どこか懐かしい色をした花のなか、10《ツェーン》は顔を上げていた。


「9《ノイン》、来たのか。」


その赤く腫れた顔に、ホワイト──9《ノイン》の白い指先が触れた。

赤子をあやすような、穏やかで、優しい手つきだった。


「うん、来るよ。だって、友達だもん」


9《ノイン》はそう、こくりと頷いた。


「……どうして、ここにいるって?」

「動き、見てたら、わかる。10《ツェーン》ちゃん、隠し事、下手だもん」

「お前は潜入任務中だったはずだが?」

「無理を言って連れてきてもらった」

「ふふふ……マルガリーテ・グランウィングか。

 まぁ、アレには貸しがあるから、ね」


9《ノイン》。

“十一席”において、諜報・潜入を担当する異端審問官。

彼女は長期任務として、聖女戦線への潜入を試みていた。

女優、ホワイトとして親聖女派閥の劇団に接触し、そこからの経由で彼女は聖女軍まで潜り込んでいた。

事実、第一聖女での戦いにおいて、聖女軍の情報を異端審問官に流していたのは、彼女であった。

そんな立場の彼女であったからこそ、裏で“教会”と繋がっていたマルガリーテと近い仲にあったのだった。


そのことはロイも知っていた。

そして、彼女と10《ツェーン》、そして8《アハト》の関係のことも。


だけど──


「10《ツェーン》ちゃん……全部、ヤになったんでしょ?」

「……ああ」

「全部、終わってしまえ、死んでしまえって思ったんでしょ」

「ああ」

「8《アハト》くんに、殺されたいって、ずっと思ってたもんね」


──ロイは、その間に声を上げることはできなかった。


二人のことを知っている。

何故彼女と彼女、そして彼がどんな想いで寄り添ってきたか。

ロイは二人と同じように解っていたが、それを口にする権利を持たないこともまた、痛感していた。


「……お前には全部、お見通しだな。

 お前のように、器用に、仮面を被れる人間に、なりたかったよ」


そう言って10《ツェーン》は戦闘のさなかに砕けていた、剣の仮面の表面を弱々しく撫でた。


「何時だって私はお前に負けたつもりでいた。

 私とアイツと違って、お前は器用だ。いろんな自分を演じ分けられる」

「……違うよ」


9《ノイン》はそこで首を振って、


「確かに私、異端審問官として、スタアとして、あらゆる人間を演じてきたよ。

 でもね、演じるつもり、嘘を言うつもりでやると、どれも上手にはできないの。

 お芝居でもね?

 ふふ、スパイでもね。

 人をだまし討ちするときでもね。

 演っている間は、これがほんとうのわたしだって、そう思ってやってた」

「────」

「それでね。

 いざこうして──10《ツェーン》ちゃんの前で、ほんとうのほんとうの──正しいわたしでいようとしても、上手くできないの」


そこで9《ノイン》は顔を歪めた。

その表情は、笑っているようでもあり、泣いているようでもあり、怒っているようでもあるような、奇妙な表情だった。


「だから、わたし、本当に困ってたの。

 10《ツェーン》ちゃんが、死にたがってるって、あの雪の戦場で見たときからずっとわかってた。

 でも、わたし、どうすればいいのかわからなかった。

 うまく演じようと思えば、できた気がした。

 でも10《ツェーン》ちゃんには、嘘を言いたくなかった。

 ほんとうのわたしの、ほんとうの言葉を伝えたかった。

 でも、そうしたら、何も出てこなかった……」

 

その時、不意に空から影がゆっくりと舞い降りてきた。

ロイは目を細める。なんとなく、彼女もやってくる気がしていた。


不殺の剣士、キョウはその翼を広げゆっくりと降りてくる。

その手にはどこで拾ったのか、四季姫の抱えられている。


「……ホワイトさん」

「ありがとうね──キョウさん」


降り立ったキョウに対し、9《ノイン》はそこでぎこちなく笑った。

だがその口調は10《ツェーン》に向けるものとは変わっている。

きっとそれはスタア・ホワイトとしての、仮面なのだ。


「その人が、ホワイトさんの親友なんですか?」

「うん、そう。

 生まれてからずっと一緒。とびっきりの、一番大切な大切な幼馴染。大親友」

「……こっぱずかしいよ」


10《ツェーン》はそこで目元を抑えて言った。


「キョウさん。

 無理を言ってきてもらってごめんなさい。

 貴方には、これは本当に関係ないことなのに」


でも、と9《ノイン》は言って、


「貴方を見ていたら、もしかして10《ツェーン》ちゃんも、救えるんじゃないかって、そう思って」


そう語る9《ノイン》の心情は──わかる気がした。


「マルガリーテも、クリスも、マリオンも、みんな貴方と会って、それで生きている。

 そういう貴方を見ていたら、もしかしたらって……」

「……私は、何もできませんよ」


キョウはそこで、一瞬だけロイを見たのち、首を振った。


「私よりも今のホワイトさんの言葉の方が、ずっとすごいものです。

 そうですよね──10《ツェーン》さん」

「──ああ、そうだな。それは……本当に」


項垂れていた10《ツェーン》はそこで顔を上げた。

その視線を9《ノイン》へと向け、じっと見据える。


「……死んだら、わたし、悲しい」


そんな彼女に対して、9《ノイン》はそう一言告げる。

キョウの言う通りだった。その言葉は何よりも強く──ロイの胸にも響き渡っていた。





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