230_9~花と舞う星~
……花が、舞っていた。
淡く儚く、どこか懐かしい色をした花のなか、10《ツェーン》は顔を上げていた。
「9《ノイン》、来たのか。」
その赤く腫れた顔に、ホワイト──9《ノイン》の白い指先が触れた。
赤子をあやすような、穏やかで、優しい手つきだった。
「うん、来るよ。だって、友達だもん」
9《ノイン》はそう、こくりと頷いた。
「……どうして、ここにいるって?」
「動き、見てたら、わかる。10《ツェーン》ちゃん、隠し事、下手だもん」
「お前は潜入任務中だったはずだが?」
「無理を言って連れてきてもらった」
「ふふふ……マルガリーテ・グランウィングか。
まぁ、アレには貸しがあるから、ね」
9《ノイン》。
“十一席”において、諜報・潜入を担当する異端審問官。
彼女は長期任務として、聖女戦線への潜入を試みていた。
女優、ホワイトとして親聖女派閥の劇団に接触し、そこからの経由で彼女は聖女軍まで潜り込んでいた。
事実、第一聖女での戦いにおいて、聖女軍の情報を異端審問官に流していたのは、彼女であった。
そんな立場の彼女であったからこそ、裏で“教会”と繋がっていたマルガリーテと近い仲にあったのだった。
そのことはロイも知っていた。
そして、彼女と10《ツェーン》、そして8《アハト》の関係のことも。
だけど──
「10《ツェーン》ちゃん……全部、ヤになったんでしょ?」
「……ああ」
「全部、終わってしまえ、死んでしまえって思ったんでしょ」
「ああ」
「8《アハト》くんに、殺されたいって、ずっと思ってたもんね」
──ロイは、その間に声を上げることはできなかった。
二人のことを知っている。
何故彼女と彼女、そして彼がどんな想いで寄り添ってきたか。
ロイは二人と同じように解っていたが、それを口にする権利を持たないこともまた、痛感していた。
「……お前には全部、お見通しだな。
お前のように、器用に、仮面を被れる人間に、なりたかったよ」
そう言って10《ツェーン》は戦闘のさなかに砕けていた、剣の仮面の表面を弱々しく撫でた。
「何時だって私はお前に負けたつもりでいた。
私とアイツと違って、お前は器用だ。いろんな自分を演じ分けられる」
「……違うよ」
9《ノイン》はそこで首を振って、
「確かに私、異端審問官として、スタアとして、あらゆる人間を演じてきたよ。
でもね、演じるつもり、嘘を言うつもりでやると、どれも上手にはできないの。
お芝居でもね?
ふふ、スパイでもね。
人をだまし討ちするときでもね。
演っている間は、これがほんとうのわたしだって、そう思ってやってた」
「────」
「それでね。
いざこうして──10《ツェーン》ちゃんの前で、ほんとうのほんとうの──正しいわたしでいようとしても、上手くできないの」
そこで9《ノイン》は顔を歪めた。
その表情は、笑っているようでもあり、泣いているようでもあり、怒っているようでもあるような、奇妙な表情だった。
「だから、わたし、本当に困ってたの。
10《ツェーン》ちゃんが、死にたがってるって、あの雪の戦場で見たときからずっとわかってた。
でも、わたし、どうすればいいのかわからなかった。
うまく演じようと思えば、できた気がした。
でも10《ツェーン》ちゃんには、嘘を言いたくなかった。
ほんとうのわたしの、ほんとうの言葉を伝えたかった。
でも、そうしたら、何も出てこなかった……」
その時、不意に空から影がゆっくりと舞い降りてきた。
ロイは目を細める。なんとなく、彼女もやってくる気がしていた。
不殺の剣士、キョウはその翼を広げゆっくりと降りてくる。
その手にはどこで拾ったのか、四季姫の抱えられている。
「……ホワイトさん」
「ありがとうね──キョウさん」
降り立ったキョウに対し、9《ノイン》はそこでぎこちなく笑った。
だがその口調は10《ツェーン》に向けるものとは変わっている。
きっとそれはスタア・ホワイトとしての、仮面なのだ。
「その人が、ホワイトさんの親友なんですか?」
「うん、そう。
生まれてからずっと一緒。とびっきりの、一番大切な大切な幼馴染。大親友」
「……こっぱずかしいよ」
10《ツェーン》はそこで目元を抑えて言った。
「キョウさん。
無理を言ってきてもらってごめんなさい。
貴方には、これは本当に関係ないことなのに」
でも、と9《ノイン》は言って、
「貴方を見ていたら、もしかして10《ツェーン》ちゃんも、救えるんじゃないかって、そう思って」
そう語る9《ノイン》の心情は──わかる気がした。
「マルガリーテも、クリスも、マリオンも、みんな貴方と会って、それで生きている。
そういう貴方を見ていたら、もしかしたらって……」
「……私は、何もできませんよ」
キョウはそこで、一瞬だけロイを見たのち、首を振った。
「私よりも今のホワイトさんの言葉の方が、ずっとすごいものです。
そうですよね──10《ツェーン》さん」
「──ああ、そうだな。それは……本当に」
項垂れていた10《ツェーン》はそこで顔を上げた。
その視線を9《ノイン》へと向け、じっと見据える。
「……死んだら、わたし、悲しい」
そんな彼女に対して、9《ノイン》はそう一言告げる。
キョウの言う通りだった。その言葉は何よりも強く──ロイの胸にも響き渡っていた。




