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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
229/243

228_黄金の別れ



カーバンクルはただ一人で闘い続けていた。


11《エルフ》は不滅の存在。

それと闘い続けることは、必ず死という結末が待っている。

そのことを知っている。

誰よりも深く、カーバンクルは知っていた。


「──まぁ、でも、私は生きたいんだよ」


闘いながら、カーバンクルは窓から降りそそぐ眩い陽光に目を細めた。

澄んだ青い空を背中に、さて追い詰められた、と胸中で漏らす。

そこは架空神聖領域の片隅、この窓を一枚割ればただ落ちていくだけだ。


「ogiasnbobigsgb」


しかし目の前にはかつてアーノルドと呼ばれた異形バアバロイ、11《エルフ》が剣を向けている。

その偽剣ソードレプリカ『ディズネック』は赤い血で濡れている。

すべて、カーバンクルの鮮血であった。


「うん、参るね。やっぱり勝てないわ」


カーバンクルは『リヘリオン』を構えながら、頬についた血を拭った。

勝てない。そうあっさりと言いつつも、彼女の表情には何時もの不敵な笑みが浮かんでいた。


「まぁ……君との因縁……というか、縁か。

 それをここで清算しよう、なんていうことがそもそも間違いだったのかもね」


11《エルフ》に対し、カーバンクルは告げる。

無論答えなど帰っては来ない。

それはただの異形バアバロイなわけで、言葉を介することない存在だ。


そんなことは言われずともわかっている。

だからそれはたぶん、自分自身に対して言い聞かせているのだろう。


──本当、腹をくくる必要がありそうだ。


カーバンクルは思う。

ここでこの11《エルフ》を倒す・討ち果たすことなどはできない。

それは不可能なことである。


だが、だからといってこのまま死を選ぶということは、あり得ない。

あるいは11《エルフ》によって、カーバンクルが“終わり”を迎えることは、きれいな結末であるのかもしれない。

しかし、あの劇場で生き残ってしまった。あの手を取ってしまった。


──だからここで死を選ぶことはできないんだよ、アーノルド。


「キスまでしたんだ。

 死ぬための前振りじゃないぜ。

 ちょっとした布石さ。これからのためのね」


そんな独白ののち、カーバンクルは『リヘリオン』を振り上げた。


そして、アカい幻想が収束する。


リヘリオンの剣身ブレイドに、きらり、と色鮮やかなアカが表れた。

濁った血の色ではない。苛烈なる陽の色でもない。

刃、美しくも気高く散っていく花々の色──カーバンクル


彼女のために専用のチューニングが施された偽剣ソードレプリカ『リヘリオン』。

そのフィジカルブラスターの際に起こる、特異な現象だった。

この濃度に収束した幻想を、そのまま──叩き斬る。

今持てるすべての力を注ぎ込んだ切り札であった。


「──だから、一緒にいてやるさ」


11《エルフ》に、ではない。

カーバンクルはその刃を地面に向けて思いっきり叩きつけた。


アカい閃光が楽園の中を走る。

高度な言語テクストが刻まれた純白の床であっても、この距離でフィジカルブラスターを受けることは想定されていない。

楽園を形作る白は、一閃された刃によって崩落してく。


当然──その上に立っていたカーバンクルたちもまた、空へと放り投げだされていた。


窓が割れ、まばゆい光と空の青に包まれる。

堕ちるまえの一瞬の無重力。そのさなか、カーバンクルは11《エルフ》をみた。


「君は──ここから落ちたところで、死なないだろうな」


“塔”の外に投げ出されたカーバンクルは淡々と言う。

これくらいで、この敵は倒せはしない、と。

とはいえこれでこの舞台からは退場するだろう。

ロイたちの下へこの敵が向かうことはもうない。さすがに結末までに、この敵がここまで登ってくるのには間に合わない。


「──……でも、ロイ君のための自爆のつもりは毛頭ないんだよ」


そう分析しつつも、カーバンクルはいう。

猛然と落ちていく彼女は、しかし決して死ぬ気はなかった。

あのまま11《エルフ》とやり合っていても、万に一つの道はなかった。

だから強引にでも外に出なくてはならない。


崩落する壁から壁へ、彼女は強引に跳躍ステップを行う。

ここで諦めれば、地面に叩きつけられ、彼女は死を迎えるだろう。

そんなことはごめんだった。


無理やりにでも、何を使おうとも、生き残る──そして。


「そして! 君と闘い続けてやろうじゃないか! 11《エルフ》。

 君は死なない。だが、私も死なない。

 君が私を地の果てまで追うというなら、私はその向こう側まで逃げ続けてやろう」


笑いながら、カーバンクルは言う。

その間にも彼女の身体は堕ちていく。ここから彼女が生き残れるとすれば、それこそ奇蹟のようなものだろう。

だが奇蹟くらい起きるさ。そう彼女は不思議な確信を持っていた。


「だから! 11《エルフ》。君との因縁は、まだまだ続く!

 私の闘いはこれからだ。

 ここで──ここで終わりになど、しないぜ」


彼女はそこで、空を見た。

堕ちていく中、遠く離れていく楽園がある。

そこでまだロイは闘っているだろう。そこに手を伸ばしながら、彼女は言った。


もはや彼女が生き残る可能性はわずかしかない。

しかも生き残ったところで、無限に追いかけてくる最強の敵がいる。


──それでも君なら付き合ってるくれるだろう? ロイ君。








堕ちていく彼女の姿を、男はただ眺めていた。

結局何もできず、何も選ばなかった彼は、しばらく無言で空を眺めていたが、しばらくし、そっと背中を向け舞台から去っていった。


彼はそのあとも生きていくだろう。

だが彼の現実に、もはやカーバンクルと11《エルフ》の姿はない筈だ。

彼と彼女らを結ぶ縁はここで切れ、これからは何も関係のない者として生きていく。


その事実に対し、3《ドライ》は虚無的なものを抱いていはいたが、同時にどこか清々しいものも感じでいた。


──最後まで笑っていたんだ、あの女。


彼女の物語において、ただ一人観客であり続けたその男は思う。

その生を悲劇でないと否定するには、その一点だけで十分だった、と。



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