228_黄金の別れ
カーバンクルはただ一人で闘い続けていた。
11《エルフ》は不滅の存在。
それと闘い続けることは、必ず死という結末が待っている。
そのことを知っている。
誰よりも深く、カーバンクルは知っていた。
「──まぁ、でも、私は生きたいんだよ」
闘いながら、カーバンクルは窓から降りそそぐ眩い陽光に目を細めた。
澄んだ青い空を背中に、さて追い詰められた、と胸中で漏らす。
そこは架空神聖領域の片隅、この窓を一枚割ればただ落ちていくだけだ。
「ogiasnbobigsgb」
しかし目の前にはかつてアーノルドと呼ばれた異形、11《エルフ》が剣を向けている。
その偽剣『ディズネック』は赤い血で濡れている。
すべて、カーバンクルの鮮血であった。
「うん、参るね。やっぱり勝てないわ」
カーバンクルは『リヘリオン』を構えながら、頬についた血を拭った。
勝てない。そうあっさりと言いつつも、彼女の表情には何時もの不敵な笑みが浮かんでいた。
「まぁ……君との因縁……というか、縁か。
それをここで清算しよう、なんていうことがそもそも間違いだったのかもね」
11《エルフ》に対し、カーバンクルは告げる。
無論答えなど帰っては来ない。
それはただの異形なわけで、言葉を介することない存在だ。
そんなことは言われずともわかっている。
だからそれはたぶん、自分自身に対して言い聞かせているのだろう。
──本当、腹をくくる必要がありそうだ。
カーバンクルは思う。
ここでこの11《エルフ》を倒す・討ち果たすことなどはできない。
それは不可能なことである。
だが、だからといってこのまま死を選ぶということは、あり得ない。
あるいは11《エルフ》によって、カーバンクルが“終わり”を迎えることは、きれいな結末であるのかもしれない。
しかし、あの劇場で生き残ってしまった。あの手を取ってしまった。
──だからここで死を選ぶことはできないんだよ、アーノルド。
「キスまでしたんだ。
死ぬための前振りじゃないぜ。
ちょっとした布石さ。これからのためのね」
そんな独白ののち、カーバンクルは『リヘリオン』を振り上げた。
そして、紅い幻想が収束する。
リヘリオンの剣身に、きらり、と色鮮やかな紅が表れた。
濁った血の色ではない。苛烈なる陽の色でもない。
刃、美しくも気高く散っていく花々の色──紅。
彼女のために専用のチューニングが施された偽剣『リヘリオン』。
そのフィジカルブラスターの際に起こる、特異な現象だった。
この濃度に収束した幻想を、そのまま──叩き斬る。
今持てるすべての力を注ぎ込んだ切り札であった。
「──だから、一緒にいてやるさ」
11《エルフ》に、ではない。
カーバンクルはその刃を地面に向けて思いっきり叩きつけた。
紅い閃光が楽園の中を走る。
高度な言語が刻まれた純白の床であっても、この距離でフィジカルブラスターを受けることは想定されていない。
楽園を形作る白は、一閃された刃によって崩落してく。
当然──その上に立っていたカーバンクルたちもまた、空へと放り投げだされていた。
窓が割れ、まばゆい光と空の青に包まれる。
堕ちるまえの一瞬の無重力。そのさなか、カーバンクルは11《エルフ》をみた。
「君は──ここから落ちたところで、死なないだろうな」
“塔”の外に投げ出されたカーバンクルは淡々と言う。
これくらいで、この敵は倒せはしない、と。
とはいえこれでこの舞台からは退場するだろう。
ロイたちの下へこの敵が向かうことはもうない。さすがに結末までに、この敵がここまで登ってくるのには間に合わない。
「──……でも、ロイ君のための自爆のつもりは毛頭ないんだよ」
そう分析しつつも、カーバンクルはいう。
猛然と落ちていく彼女は、しかし決して死ぬ気はなかった。
あのまま11《エルフ》とやり合っていても、万に一つの道はなかった。
だから強引にでも外に出なくてはならない。
崩落する壁から壁へ、彼女は強引に跳躍を行う。
ここで諦めれば、地面に叩きつけられ、彼女は死を迎えるだろう。
そんなことはごめんだった。
無理やりにでも、何を使おうとも、生き残る──そして。
「そして! 君と闘い続けてやろうじゃないか! 11《エルフ》。
君は死なない。だが、私も死なない。
君が私を地の果てまで追うというなら、私はその向こう側まで逃げ続けてやろう」
笑いながら、カーバンクルは言う。
その間にも彼女の身体は堕ちていく。ここから彼女が生き残れるとすれば、それこそ奇蹟のようなものだろう。
だが奇蹟くらい起きるさ。そう彼女は不思議な確信を持っていた。
「だから! 11《エルフ》。君との因縁は、まだまだ続く!
私の闘いはこれからだ。
ここで──ここで終わりになど、しないぜ」
彼女はそこで、空を見た。
堕ちていく中、遠く離れていく楽園がある。
そこでまだロイは闘っているだろう。そこに手を伸ばしながら、彼女は言った。
もはや彼女が生き残る可能性はわずかしかない。
しかも生き残ったところで、無限に追いかけてくる最強の敵がいる。
──それでも君なら付き合ってるくれるだろう? ロイ君。
◇
堕ちていく彼女の姿を、男はただ眺めていた。
結局何もできず、何も選ばなかった彼は、しばらく無言で空を眺めていたが、しばらくし、そっと背中を向け舞台から去っていった。
彼はそのあとも生きていくだろう。
だが彼の現実に、もはやカーバンクルと11《エルフ》の姿はない筈だ。
彼と彼女らを結ぶ縁はここで切れ、これからは何も関係のない者として生きていく。
その事実に対し、3《ドライ》は虚無的なものを抱いていはいたが、同時にどこか清々しいものも感じでいた。
──最後まで笑っていたんだ、あの女。
彼女の物語において、ただ一人観客であり続けたその男は思う。
その生を悲劇でないと否定するには、その一点だけで十分だった、と。




