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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
227/243

226_11~終わりの数字~


3《ドライ》。

本来の名をユゼフという彼が異端審問官に流れ着いたのは、言ってしまえば自業自得であった。

彼が隊長を務めていた部隊の一つが、管理を任されていた兵站を紛失させた。

その責任を取る形でいくつもの前線に送り込まれ、最終的には異端審問官にまでなってしまった。


身寄りと呼べるものは気づけばいなくなり、すでに年齢的にもギリギリ。

組織における上がり目はなく、異端審問官の中でさえ不真面目な者と揶揄されてきた。


それでも生き残ったのだ。

上出来だろう、と3《ドライ》はそれなりにポジティブに己の境遇を捉えていた。


理不尽な目に遭ったことは事実だ。

今でも納得がいっていないことの方が圧倒的に多い。

言っても誰にも信じてもらえないかもしれないが、昔はこれでもそれなりに勤勉に生きてきたのだ。

その仕打ちがこれが、とかつて思ったことも事実。


とはいえまぁ、そんなことはこの世に生きる人間、ある程度は被ることなのだ、とも思っている。

異端審問官として、それなりに長い間世界を見てきたが、自分より不幸そうな人間を見つけるのは存外簡単であった。

今に満足しているわけではないが、かといって、現状に声を上げるほどの意地もない。

そんな風にして3《ドライ》はここまで闘い、結果として、この暗黒時代を生き残ることができた。


「10《ツェーン》殿にだまくらかして来たものの、これ、協力したら不味いよなぁ」


3《ドライ》は頭をかきながらぼやく。

10《ツェーン》からは、1《アイン》と8《アハト》のうらぎりとよばれ、こんなところに待機を命ぜられた。

とはいえ、どうもそう単純なことではなさそうだ。

内ゲバ──というよりは10《ツェーン》という女のヤケに巻き込まれてしまったような気がしてならない。


眼下ではカーバンクルと11《エルフ》の死闘が続いている。

因縁の対決である。3《ドライ》はその二人の因縁をよく知っている。

なんなら、全異端審問官で一番よく知っているのではないか。


3《ドライ》は現在まで生きている異端審問官の中で、唯一、代替わりする前の1《アイン》を知っている人間だった。

魔術師にして異端審問官アーノルドと、その彼の人形ペットであった紅い瞳の少女。

少女、と言いつつ実際は自分よりはるかに齢が上だったことには驚いたが、しかし3《ドライ》があったころの彼女は、間違いなくただの人形だった。


意味のあることを言いはしない。

話すたびにその口調が、人格が変わってしまう。

唯一共通しているのは“フリーダ”という名だけ。

そんな固定化されないキャラクタを備えた彼女を、魔術師アーノルドは大切に、大切に守っていた。


それはなんだ、と一度アーノルドに直接聞いたことがある。

すると奴は答えた。「娘だぜ」と。臆面もなく、そんなことをのたまった。


──そして、しばらくして奴は死んだ。


魔術師アーノルドが死んだのは、確か数世代前の第三聖女との闘いの最中だった。

随分とあっさり死んだものだ、と意外に思った覚えがある。


魔術師アーノルドはその技量もさることながら、“聖女狩り”に対する執念もすさまじかった。

3《ドライ》のような、適当に生きている人間からは理解できないほどの熱量があった。

言ってしまえばそれは生きたいという意志に繋がる訳で、少なくとも自分よりは長生きしそうだと思っていたのに。

とはいえ、アーノルドは死に、3《ドライ》はまだ生きている。

それがすべてといえばすべてだった。


「……あー、本当。

 どっかで言っときゃよかったな。

 1《アイン》殿、あれたぶん忘れてるよな」


1《アイン》、アカ・カーバンクルアイ。

彼女が、今の彼女を得たキッカケは間違いなく──その瞬間だった。

魔術師アーノルドが死に、人形である彼女だけが残された。

それ以来、カーバンクルの意識は、見違えるほど鮮明なものになっていた。


まずそのことを認識しているかは怪しい。

まぁ自我の芽生えがいつなど、そんなものを応えられる人間はそうはいないが。

そして恐らく──その物言いが、男性口調が明らかに非常にアーノルドの影響を受けていることも気づいていない。


「──1《アイン》殿。アンタ、何をしようとしてたんだが」


もはや真実はわからないが、3《ドライ》は思ってしまうのだ。

アーノルドがわざわざ己の身を投げた理由は、それこそカーバンクルのためにあったのではないか、と。

彼女の個が定まらない理由を、常に隣に立つ自分がいたからと気づいた。

だから、あっさりと姿を消すことを選んだ。

3《ドライ》はあるとき、そんなことを考えた。


だとすればそれはまぁ、グロテスクで、独りよがりな話のようにも思えた。

だがその傲慢さが魔術師アーノルドらしくも感じられた。

創り上げてしまったものに対して、自分が責任を持たなくては、という意識は彼の言動の端々に見えたから。


ともあれもう真実は闇の中だ。

カーバンクルとアーノルド。

その二人の生き方を見てきたのは、もう3《ドライ》ぐらいしか残っていないのだから。

真実がなんであれ、ただ一人にしか通じないのであれば、それはただの妄想と相違ないだろう。


「……さて、どうするものか」


眼下では、カーバンクルと11《エルフ》の闘いが続いている。

カーバンクルは舞うように闘い続けているが、死を知らない11《エルフ》を前に徐々に追い詰められている。


そんな闘いを前に、3《ドライ》は無言で偽剣ソードレプリカ『クィンネル』を構えた。



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