223_舞い散る桜のなかで②
「10《ツェーン》! お前……!」
カーバンクルは声を震わせ、佇む10《ツェーン》へと詰問した。
「アーノルドを、使ったのか?
ただ私たちだけを殺すために」
「ああ、そうだよ! そのために稼働させたさ!
奴こそ秩序ができれば無用の存在。せめて最後に役目を果たせてやろうと思ったなんだ」
10《ツェーン》はそこでけたけたと哄笑してみせた。
その精神の不均衡をにじませた笑い声に、ロイの胸が軋みを上げていた。
彼女をここまで追い込んだ理由は、ほかでもない、ロイ田中という存在そのものなのだ。
だがそんなロイの葛藤など、10《ツェーン》は顧みはしない。
目を見開き、カーバンクルに対し敵意のにじんだ叫びをあげる
「喜べ! お前の放置してきた過去を、目を背けてきた因縁を、私がここまで持ってきてやったんだ。
何もできないお前の代わりに、この私が!」
「……バカが、不愉快だ」
カーバンクルは感情を押し殺した声を漏らした。
と、同時にカーバンクルはまた跳躍。
ロイと剣を交える11《エルフ》の背後に跳んだ彼女は、迷わずその背中に剣を突き立てようとする。
だが11《エルフ》はそれになんなく反応。
巨大な、刀身のねじ曲がった異様な偽剣を振り払い、ロイとカーバンクル、二人の剣を力づく押しのけて見せた。
「zm@oituwo@h[ib
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s@o0ibjw09t5
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そのさなか、11《エルフ》の口元から奇怪な声が漏れ出していた。
それは決して意味のある言葉ではなかった。
その無秩序で混沌とした音は、間違いなく異形のそれだった。
「アーノルド。アーノルド・龍……かつて“十一席”を創り上げた、最初の1《アイン》」
10《ツェーン》と11《エルフ》。
最後の聖女へたどり着く前に、二つの脅威が待ち構えていた。
どうやらこの二つの凶刃を退けなければならないようだった。
「その名を持つ魔術師が、私を創ったんだ。
前に、話したわね」
「ああ、だが、もう──その人は」
「そう、アーノルドは死んだ。聖女との闘いの中で、奴は命を落としている」
ロイとカーバンクルは互いに背中を合わせ、言葉を交わしていた。
背中越しに互いの体温が伝わってくる。目の前の因縁に対する昂ぶりと、ほんの少しの恐怖を、二人は今共有していた。
「それは間違いないさ。
だから、あそこにいるのは、彼、ではなく、あれ、なのさ。
そう──そういうことなんだ」
11《エルフ》。
そう呼ばれるべき存在を、“十一席”の誰もが人間として扱おうとしなかった。
その理由は単純で──本当に人間ではないからだった。
「……訳あってね。アーノルドは、“果て”に還ることなく、あんな風になっている」
「そうか──アンタにとっては、無視できないものか」
「そう、あれは私が残した因縁だ。
10《ツェーン》が言う通り、私が無視して、そのまま終わらせようとしたものだ。
可能なら、忘れたまま生きていってしまいたかった。
残念ながら、そう都合よくはいかなかったが」
そう言葉を交わしながら、ロイは目の前にやってきた10《ツェーン》と相対する。
苛烈な想いの炎を纏う彼女は、決してロイを逃がしはしないだろう。
彼女の物語において、ロイという存在は、それほどまでに大きなものを占めている。
そしてきっと、カーバンクルにとってのアーノルドもまた──
「どうやら、最後に行く前に、こいつらを片付けなければならないみたいね」
カーバンクルは自嘲的な、しかし決然とした口調で言ってのけた。
彼女らしからぬ──前向きな色が、その言葉からは感じられた。
「ああ、俺も──いろいろと言いたいことがある」
剣を強く握りしめる。
10《ツェーン》。
薄紅色の髪と瞳を持つ、少女。
その本当の名を、ロイは知っていて、だが呼ぶことができないでいた。
だから、ここまで来てしまったのだろう。
「やれやれ、お互い面倒な過去を持ってしまったものね」
「いいさ。そうでなくては、出会えなかった」
「ふん、まぁ、そうね──」
そこでカーバンクルはふっと笑い、ロイの前へと跳んでみせた。
そして──そっと唇で、触れ合った。
「────」
その瞬間、軋みを上げていたロイの胸の奥に、穏やかなものが広がっていった。
安堵に似た、だが、もっと強い力を感じさせる感情だった。
「──だから、また全部終えて、また会おうじゃないか。
私は一緒に生きたいのよ、君よ」
それは瞬きすらできないほど、短い間に出来事だった。
紅い瞳は閃光のように現れ、重なり、気が付けばすでに去っていた。
彼女に残された、最後の因縁と決着をつけるために。
「……俺も、生きたいよ」
屈託のない微笑みを浮かべて、ロイは顔を上げ、剣を握りしめた。
絶対にまた会おう。そう心に刻み込みながら。




