222_舞い散る桜のなかで①
「……本当は、ずっと、ずっと前からこうしたかった」
その言葉は、静かなものであったが、僅かに震えており、奥に炎ごとく苛烈な想いを感じさせた。
薄紅色の偽剣『リフィエシオン』。
細身の剣をロイへとぶつけながら、彼女は目を見開き、声を出す。
「お前と会った瞬間から、殺してやろうと思った。
お前という存在そのものを認めたくなかった。
厭だった! 全部、全部!──全部!」
その言葉は、何時もの冷静で、冷徹な10《ツェーン》のそれとはまったく違う、激情だった。
「お前がアイツの名を冠していることが厭だった。
お前がアイツの席にいることが厭だった。
お前がアイツと同じように剣を振るうことが、ときおり同じように強さを見せるところが──」
叫びに近い、ヒステリックな叫びを上げながら『リフィエシオン』をふるい続ける。
ロイはその剣戟を受け止めながら、苦痛に顔を歪ませた。
10《ツェーン》の剣自体はさして、脅威ではない。
何時もの彼女ならばいざ知らず、今の彼女の剣は冷静さを失っている。
剣も、跳躍も、すべて直線的でひどく読みやすい。
だから『エリス』を使い、冷静にその剣を受け止めていけばいいだけだ。
だからつらいのは、剣ではない。
剣ではなくて──
「お前がアイツの同じように危うくて──その度に、手を差し伸べようとしてしまう私が厭だった!」
──彼女の言葉が、心の奥を軋ませる叫び声が、否応なしにロイの胸の奥深いところを突くのだった。
力任せに振り放たれた『リフィエシオン』を、ロイはもはや反射的に受け止め、そのまま跳躍。
そして反撃を狙うのではなく、距離を取ることを選んでいた。
「な、なんだ? 何でここに別に異端審問官が?」
事態についていけない四季姫が目を丸くしているのが見えた。
10《ツェーン》の突然の強襲の意図を掴みあぐねているようだった。
「どうしたんだ、らしくないぜ。10《ツェーン》……とは、言えないか」
そんな四季姫を構うことなく、カーバンクルは10《ツェーン》に呼びかけていおた。
「むしろ、このうえなく“らしい”よ、10《ツェーン》。
さすがはもともとは“夏”の血族のお嬢様でありながら、すべての地位を投げ捨て、幼馴染たちとここまで出奔してきただけのことはある」
苛烈なる10《ツェーン》とは対照的に、彼女は冷静な様子を見せていた。
「今度は“教会”内でのすべての立場を投げ出してでも、ロイ君を殺そうと来たか。
そうだよな? このタイミングを逃してしまったら、もしかすると手が出せなくなる。
新たな秩序が出来上がる前に、どうしてもお前はケリをつけたくなったんだ」
「──私を、理解したつもりかぁ!」
10《ツェーン》はカーバンクルに対しても、烈火のような敵意を見せた。
──ああ、懐かしい顔だ。
その表情を見て、ロイはどうしてかそんなことを想っていた。
「私はお前も嫌いだった。
何もかも諦めた風にしながら、本当はすべてに女々しい未練を抱いているお前のことが」
「……まぁ、ね。アンタほど私は強くない。
己の運命を受け入れることも、かといってすべてを放り投げることもしなかった」
だけど、と言って、カーバンクルは一瞬ロイをみた。
「今度ばかりは、私も負けられないな。
死にたくない、じゃない。生きたいんだ。
そこのロイ君と一緒に、生きてみたくなったんだ」
そしてその手には偽剣『リヘリオン』が握られていた。
「……だから、闘うよ、10《ツェーン》。
今回ばかりは、どっちつかずじゃあいられない」
「アンタ──」
「惚れてもいいぜ? ロイ君。そこのヒステリー女とか、どこぞの不殺女より私の方が面倒くさくないのは確かだ」
カーバンクルはそう冗談めかして笑ってみせた。
ロイはなんと返したものか、一瞬だけ笑ったが「ありがとう」と一言返した。
ここは素直な気持ちを伝えるのが一番だろう。
「ああ──」
ロイとカーバンクルが並んだのを見て、10《ツェーン》は大きく息を吐いていた。
「──わかっていたさ。
お前たち二人が、ここに並ぶことぐらい。
アカ・カーバンクルアイ、お前があの第三聖女と共に死ぬことを選ばなかった、その時点から」
酷薄な笑みを浮かべたまま、彼女はそう言ってのける。
第三聖女フリーダ。
恐らく彼女が、カーバンクルをわざわざあの作戦に加えたのは、彼女の死という結末を望んだからだろう。
「だからこそ、私も用意してやった。
何時まで経っても“終わり”から逃れ続ける、往生際の悪い女に向けた──この上ない結末を!」
──その瞬間、戦闘によって研ぎ澄まされていたロイの感覚が、何か恐ろしいものが近づいていることを告げた。
それは後ろから、猛然と迫ってくる者で──
「カーバンクル!」
咄嗟にロイは彼女を庇うように跳んでいた。
『エリス』でやってきた影を受け止める。
──ぎりぎりのところで、彼女を狙っていた凶刃を受け止めることができていた。
「こいつは……」
ロイは、現れたその影を見て、目を見開いた。
灰色のカソックが、揺らめく。
その存在のことをロイは知っていた。だが、その名を、結局誰も教えてはくれなかった。
「……11《エルフ》?」
だから、あえてそれを呼ぶとしたら、その番号しかなかった。
“十一席”において、一言も発せず、ただ椅子に座り続けていた、不気味な男。
それが今──こうして襲い掛かってきている。
だが、一体こいつは──
「アーノルド」
背後から、声がした。
「え?」とロイは思わず声を漏らしていた。
「アーノルドを──動かしたのか」
カーバンクルの声は、ひどく震えていた。
その震えで、ロイは思い出していた。
アーノルド。
その名は──あの糸繰人形劇場にて、彼女が一度だけ呼んだ名前。
かつて一つの悲劇を否定し、紅に輝く瞳の少女を創って見せた、魔術師の名だった。




