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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
223/243

222_舞い散る桜のなかで①


「……本当は、ずっと、ずっと前からこうしたかった」


その言葉は、静かなものであったが、僅かに震えており、奥に炎ごとく苛烈な想いを感じさせた。

薄紅色の偽剣ソードレプリカ『リフィエシオン』。

細身の剣をロイへとぶつけながら、彼女は目を見開き、声を出す。


「お前と会った瞬間から、殺してやろうと思った。

 お前という存在そのものを認めたくなかった。

 厭だった! 全部、全部!──全部!」


その言葉は、何時もの冷静で、冷徹な10《ツェーン》のそれとはまったく違う、激情だった。


「お前がアイツの名を冠していることが厭だった。

 お前がアイツの席にいることが厭だった。

 お前がアイツと同じように剣を振るうことが、ときおり同じように強さを見せるところが──」


叫びに近い、ヒステリックな叫びを上げながら『リフィエシオン』をふるい続ける。

ロイはその剣戟を受け止めながら、苦痛に顔を歪ませた。


10《ツェーン》の剣自体はさして、脅威ではない。

何時もの彼女ならばいざ知らず、今の彼女の剣は冷静さを失っている。

剣も、跳躍ステップも、すべて直線的でひどく読みやすい。


だから『エリス』を使い、冷静にその剣を受け止めていけばいいだけだ。

だからつらいのは、剣ではない。

剣ではなくて──


「お前がアイツの同じように危うくて──その度に、手を差し伸べようとしてしまう私が厭だった!」


──彼女の言葉が、心の奥を軋ませる叫び声が、否応なしにロイの胸の奥深いところを突くのだった。


力任せに振り放たれた『リフィエシオン』を、ロイはもはや反射的に受け止め、そのまま跳躍ステップ

そして反撃を狙うのではなく、距離を取ることを選んでいた。


「な、なんだ? 何でここに別に異端審問官が?」


事態についていけない四季姫が目を丸くしているのが見えた。

10《ツェーン》の突然の強襲の意図を掴みあぐねているようだった。


「どうしたんだ、らしくないぜ。10《ツェーン》……とは、言えないか」


そんな四季姫を構うことなく、カーバンクルは10《ツェーン》に呼びかけていおた。


「むしろ、このうえなく“らしい”よ、10《ツェーン》。

 さすがはもともとは“夏”の血族のお嬢様でありながら、すべての地位を投げ捨て、幼馴染たちとここまで出奔してきただけのことはある」


苛烈なる10《ツェーン》とは対照的に、彼女は冷静な様子を見せていた。


「今度は“教会”内でのすべての立場を投げ出してでも、ロイ君を殺そうと来たか。

 そうだよな? このタイミングを逃してしまったら、もしかすると手が出せなくなる。

 新たな秩序が出来上がる前に、どうしてもお前はケリをつけたくなったんだ」

「──私を、理解したつもりかぁ!」


10《ツェーン》はカーバンクルに対しても、烈火のような敵意を見せた。

──ああ、懐かしい顔だ。

その表情を見て、ロイはどうしてかそんなことを想っていた。


「私はお前も嫌いだった。

 何もかも諦めた風にしながら、本当はすべてに女々しい未練を抱いているお前のことが」

「……まぁ、ね。アンタほど私は強くない。

 己の運命を受け入れることも、かといってすべてを放り投げることもしなかった」


だけど、と言って、カーバンクルは一瞬ロイをみた。


「今度ばかりは、私も負けられないな。

 死にたくない、じゃない。生きたいんだ。

 そこのロイ君と一緒に、生きてみたくなったんだ」


そしてその手には偽剣ソードレプリカ『リヘリオン』が握られていた。


「……だから、闘うよ、10《ツェーン》。

 今回ばかりは、どっちつかずじゃあいられない」

「アンタ──」

「惚れてもいいぜ? ロイ君。そこのヒステリー女とか、どこぞの不殺女より私の方が面倒くさくないのは確かだ」


カーバンクルはそう冗談めかして笑ってみせた。

ロイはなんと返したものか、一瞬だけ笑ったが「ありがとう」と一言返した。

ここは素直な気持ちを伝えるのが一番だろう。


「ああ──」


ロイとカーバンクルが並んだのを見て、10《ツェーン》は大きく息を吐いていた。


「──わかっていたさ。

 お前たち二人が、ここに並ぶことぐらい。

 アカ・カーバンクルアイ、お前があの第三聖女と共に死ぬことを選ばなかった、その時点から」


酷薄な笑みを浮かべたまま、彼女はそう言ってのける。

第三聖女フリーダ。

恐らく彼女が、カーバンクルをわざわざあの作戦に加えたのは、彼女の死という結末を望んだからだろう。


「だからこそ、私も用意してやった。

 何時まで経っても“終わり”から逃れ続ける、往生際の悪い女に向けた──この上ない結末を!」


──その瞬間、戦闘によって研ぎ澄まされていたロイの感覚が、何か恐ろしいものが近づいていることを告げた。

それは後ろから、猛然と迫ってくる者で──


「カーバンクル!」


咄嗟にロイは彼女を庇うように跳んでいた。

『エリス』でやってきた影を受け止める。

──ぎりぎりのところで、彼女を狙っていた凶刃を受け止めることができていた。


「こいつは……」


ロイは、現れたその影を見て、目を見開いた。

灰色のカソックが、揺らめく。

その存在のことをロイは知っていた。だが、その名を、結局誰も教えてはくれなかった。


「……11《エルフ》?」


だから、あえてそれを呼ぶとしたら、その番号ナンバリングしかなかった。

“十一席”において、一言も発せず、ただ椅子に座り続けていた、不気味な男。

それが今──こうして襲い掛かってきている。

だが、一体こいつは──


「アーノルド」


背後から、声がした。

「え?」とロイは思わず声を漏らしていた。


「アーノルドを──動かしたのか」


カーバンクルの声は、ひどく震えていた。

その震えで、ロイは思い出していた。


アーノルド。

その名は──あの糸繰人形劇場マリオネット・ステージにて、彼女が一度だけ呼んだ名前。

かつて一つの悲劇を否定し、カーバンクルに輝く瞳の少女を創って見せた、魔術師の名だった。




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