221_10~愛しながらの戦い~
架空神聖領域。
その名をつけられた“冬”の塔、最上層は美しく、穏やかな庭園であった。
純白の壁、純白の床、純白の彫像……そして、流れ落ちる水のせせらぎ。
白い色彩で塗り固めれた庭園の中央には、凝った装飾が施されてた噴水が据えられ、その周りを取り囲むように木々が立っている。
澄んだ空の下、薄紅色の花が静かに待っていた。
その花の正しい名前を、ロイは知らなかった。
だが、その淡く儚く、それでいて鮮烈な色彩を見ると、自然と郷愁が湧いてくるのだった。
まるで桜のようだ、と。
「この場所、この贅をつくした楽園こそ、第七聖女が幽閉されている聖域」
降り立った四季姫は辺りを見渡し、ひどく平坦な口調で言った。
「広く、そして静かな場所ね。
こんなところに一人でいるのか。第七聖女は」
「さぁ? アレが普段何をしているかなど、下手したら父たるエル・エリオスタ殿すら知らないだろうよ」
カーバンクルが周りを見渡しながら言うと、四季姫はため息を吐いていった。
彼女の同行について、四季姫は何も口をはさみはしなかった。
彼女自身、諦めていたのかもしれなかった。
もはや事態は、なるようにしかならないのだと。
「……この奥にいるんだろう?」
「ああ、そのはずだよ。最後の聖女、アル・エリオスタはここから出ることはないからな」
「そうか、じゃあとにかく今のうちに進むべきだろうな」
……今、現在“教会”の目線は、聖女軍との和睦へと向いている。
マルガリーテ・グランウィングが聖女軍を代表して乗り込んでいる今、この聖域を注意するものはいない。
父たるエル・エリオスタが、こちらへやってくることもない今こそ、聖女と接触する絶好の機会だった。
裏を返せば、このような動きをこそこそとしないといけないほど、四季姫の立場は揺らいでいるといえるのかもしれない。
「とにかく案内を頼む。
俺たちはこの場所のことを、何も──」
知らない、とそう言おうと思った瞬間だった。
彼は見つけてしまった。
舞い散る花の向こう側に、誰かが立っていることを。
その瞬間、彼は声を喪っていた。
それは──何時か見た顔だった。
そのどこか投げやりで、疲れたようで、だけど精一杯微笑もうとしている表情。
昔からその顔を見てきたのだ。
だからこそ■■たいと思ったのだし、ここまでやってくることができた。
大切な、大切な──幼馴染の顔。
「────」
ロイは思わず、その名を呼ぼうとした。
だが、しかし、自分の心の中の何かがそれを阻害した。
それは力強く、ロイの中で暴れ出し、苦しみと共感の色を交錯させながらも、その名を呼ぶことを押しとどめたのだ。
「アイツ……!」
隣で同じように気づいたカーバンクルが、驚いたような顔を見せた。
そして、向こうもまた、こちらに気づいていた。
「──来るぞ! ロイ君、アイツは」
その言葉を聞かずとも、彼はわかっていた。
だからこそ偽剣を抜いていた。そして向こうもまた──猛然と駆け抜けてきた。
先ほど見せた懐かしい表情は消え去り、ロイが知る彼女のものへと既に切り替わっていた。
そうして二人の剣は交錯するのだった。
甲高い音が、穏やかな楽園に響き渡った。
「──10《ツェーン》」
剣身ごしに、その薄紅色の瞳を見据え、ロイはそう口にしていた。
◇
何故彼女がここにいるのか、本当は理由を描く必要があるのかもしれなかった。
さて、どうしようか。
エル・エリオスタに言われていたから、にしようか。
四季姫の行動が、どこかしらから漏れていたから。
それか──あの娘が関わっていることにした方がいいかもしれない。
そのどれがいいだろうか。
わたしにはそれを選ぶ力と、権利、そして義務がある。
──だが、と思う。
彼女がここにいる理由など、本質的にはどうでもいい要素に過ぎないだろう。
どのようなものであれ、彼女がここに居合わせるに足る、物語を持っていたはずだから。
物語さえあれば、理屈は、あとからついてくるものだ。
わたしはその物語──彼女がどうしてここに来ようとしたのか、その動機へ干渉する権利を持たない。
彼女の想い、心を捻じ曲げることは、わたしにだって許されないだろう。
そんなことをすれば、ほかでもないわたし自身が、わたしを許さない。
10《ツェーン》。
その薄紅色の少女は、人斬魔の幼馴染のために、こんな場所まで来ることになった。
その物語を持つがゆえに、彼女はここで、ロイ君を待ち構えていなくてはならない。




