215_1~紅い瞳~
【27】
【再び、メインキャラ勢ぞろい】
【エピローグ】
「……私に生きていてほしい、か。
私の、生きる意味を奪っといて、よく言うよ」
カーバンクルはどこか力の抜けた口調で言った。
「私、なんだか疲れちゃったし、そもそも何時死ぬかわからんような存在なんだし、サクッとここで死んじゃダメか?」
そしてそんなことまで言う。
──何時死ぬかわからない存在、か。
あまり触れてこなかった、カーバンクルはその特異な誕生の仕方故、純正な人間とも言い難い存在なのだという。
何しろ街一つ分の存在を凝縮した存在だ。
カタチこそ同じであっても、在り方が違うのはあり得そうな話だった。
とはいえ──こうして語り合う分には変わりない。
そう思ったからこそ、ロイは同じ目線で、同じく楽し気な口調で語り返す。
「ダメだ」
「うん?」
「俺にメリットがないからダメだ」
と。
何時かどこか突き放すように言われたときの言葉を、ロイはそのまま返していた。
「……くくく」
そう告げると──彼女は突然笑い出した。
その様子は、普段通りに、不真面目で、底知れなくて、楽し気な──何時ものアカ・カーバンクルアイだった。
「いやはや、まさか。あの時のやり取りの意趣返しとはね」
「……覚えてたのか」
「忘れるものかい。私にとっても、アレの後輩ができたのはアレが初めてなんだぜ」
アレ、というのは“転生”のことだろう。
確かにこの世界、この時代においてさえ禁忌とされているような術だ。
いかにカーバンクルが長命だったとはいえ、そうそう見かけるものではないのかもしれない。
「……実際のところ、どうなんだ」
ロイは逡巡した末に、問いかけていた。
「アンタは──本当に死にたがっていたのか?」
第三聖女の言葉はすべて真実である。
すべてを見通していた彼女が言うのだから、それは間違いではない。
そうわかっていた。わかっていても問わなくてはならなかった。
「うん、どうだろうね。マジだったような、別にそうでもなかったような」
そして返ってきた答えは、何とも煮え切れらないものだった。
「……あの聖女、今回は私に向けてわざわざ“フリーダ”なんて名乗ってるんだぜ。
そんなの挑発以外に何でもないだろう。絶対に死んでやろうと思った」
冗談めかした口調でそんなことを言う。
「まぁ……でも、執着があったのは本当だよ。
私が──あのバカなアーノルドについて回ってた頃は、本気で探してた」
アーノルド。
それはロイが初めて聞く名前だったが、きっとそれは──かつての1《アイン》なのだろう。
カーバンクルが、憎しみと執着と、未練を込めて“お父様”と呼んでいた存在。
「だけど、あの人があんなことになって、私が“十一席”に座るようになって、セドリックやハイネ、それに君に会った。
まぁその、なんだ、問題児も多くて、そっちに頭が行っていたのも事実だよ」
……それは、肯定でも、否定でもない言葉だった。
きっとカーバンクルが死のうと、ここで終わろうと思っていたのは事実なのだろう。
落ち着いて、目を背けていた、しかしそれでも彼女自身の出自を思えば、決して無視できない因縁があった。
だが、と思う。
それがすべてでもないのだろう、と。
実際、彼女に与えられた“フリーダ”という名前は、彼女がかつて生きるためには必要だったに違いない。
だが今となっては、彼女はもう、そんなものを知らずとも──生きていける。
そう思ってくれたと、ロイは信じていた。
「……“転生”したから、だけじゃないさ」
だからこそ、ロイはもう一言、言っておこうと思った。
「俺は、“転生”する前の記憶も結構濃い。
だからはっきりと断言できるが、人間、そうそうまっすぐには生きていけないさ。
絶対にやらない、と思ったことでも、気づけば手に染めてしまっていることだってある。
その……逆もね」
彼の脳裏には、かつて守ってしまった“現実”が浮かんでいた。
「だからまぁ、ぐちゃぐちゃだったり、ブレブレだったりも、まぁ、許されるさ」
「……よく言うぜ。私より何歳年下なんだ、君は」
「アンタだって、今のアンタになってから、そんな時間も経ってないだろう?」
そう言って二人はなんとなしに笑った。
同じ雨と血を浴びながら、もう少し、この関係が続くことを意識しながら。
「あのー」
……そこに割り込んでくる、不機嫌そうな声があった。
「私の腕につかまりながら、まるっきり無視するってどういうことですか!」
「ああ、ごめんよ。どうやら彼は私にゾッコンみたいで」
「カーバンクルさんがロイ君にゾッコンの間違いじゃないですか!」
「ああ、そうかも。そうそう、だからちょっと黙ってて」
「厭です! 私、なんだか今回よくわかんないまま全部終わっちゃったんですから」
そう怒りながらも、キョウはロイたちを運んでくれる。
えらい不機嫌だが、彼女の性格上、間違っても二人を落とすことはないだろう。
聖女については──彼女も触れていなかった。
彼女も、もう理解しているのかもしれなかった。
聖女という存在について、人間とは根本的に在りようが違うのだということを。
聖女にとって死とは──果たして何を意味するのだろうか。
「あ! マリオンさん! 待ってくださーい! ちょっとまだ話したいんですから」
と、そのさなかキョウが声を張り上げる。
その先には華奢な体つきをした、中性的な外観の人間が立っている。
その隣にはこの劇場のものと思しき人形が寄り添っており、彼ないし彼女はそれをいとおし気に撫でていた。
「……そういえば、さっき、あの階段で君たち闘ってなかったか?」
「もう味方になりました!」
「さすがだね……まったく」
呆れたようにカーバンクルが言う。
同時に遠くで、マリオンと呼ばれた彼ないし彼女は、大きく手を振っているのが見えた。
……糸繰人形劇場は、そうして半壊してみせた。
だが、ここに刻まれた言語はいまだに健在だった。
きっと人形たちは勝手にまた動きだし、この劇場の修復を始めるだろう。
この分では劇場は当初予定していた計画通りにはまず完成しない。
永遠に未完成となるかもしれないが──それでも人形は動くはずだ。
人形に意志があるのならば、それを苦しみというだろうか、それとも──




