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虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
214/243

213_エンディング拒否



【25】



【第三聖女、討伐】


【エンディング】



「──終わらせない」


聖女フリーダへと偽剣ソードレプリカを突き立てながら、ロイはカーバンクルへ告げた。

カーバンクルの最後の問いかけ。

“フリーダ”の正体。

それを知る聖女を、ロイは今ここで殺してしまおうとしている。


『ニケア』の美しい剣身ブレイドが赤く汚れている。

フリーダは無機質表情で、すでに視たのであろう台詞をロイへと漏らしていた。


「私たちは決して自由ではない。

 私たちの過去はほんとうの意味では存在しない。

 私たちの未来はすでに語られている。

 私たちの現在とは、定められた言語テクストを読み進めることと何ら相違はない。

 知って──いた?」


その台詞をロイは受けながら、応えてみせた。

「ああ、知っていたよ」と。

そう、ほかでもないこの聖女が、ご丁寧にネタバレしてくれた事実だ。


彼女の言葉通りに、すべての事実は進むだろう。

“未来”の奇蹟を覆すことはできない。

その事実を誰よりも痛感していたのは、きっとこの聖女自身だ。


だから、自分が死ぬような行動をし続けた。

据えられたこの結末エンディング通りに、必ずロイが動くようなことを。


「お、おい」


カーバンクルは目を見開き、言葉を震わせていた。

ロイの唐突な行動に、理解が及んでいないようだった。


「ロイ君。私はまだソイツに聞きたいことが──!」

「どうでもいいだろう、そんなことは」


さらりと、ロイは言ってのけた。


「アンタのことは全部知らされたよ。

 なんでアンタが異端審問官になったのかも。

 なんで“聖女狩り”なんてものをやることになったのかも。

 なんでアンタが──あの時、俺に目をかけたのかも」


しかし、この身の一部である8《アハト》という人間は、なるほど相当に邪悪な人間だったようだ。

わざわざカーバンクルの目の前で、“転生”してみせるなんてことをしたのだから。


そんなことを思いながらも、ロイは言葉をつづけた。


「──だけど、そんなことは俺には関係ない」

「何言ってんだ、喧嘩を売っているのかい? ロイ君。

 そいつは私自身の──この百年、ずっと気になってた、最後の鍵を持っているんだ」


カーバンクルは淡々と、どこか冷たい声色でロイに言葉を投げかけていた。

そのさなか、聖女フリーダの身体がゆっくりと倒れていく。

真っ赤な血が、舞台を染め上げていく。

降り始めたばかりの雨の勢いでは、この色彩を拭うには弱すぎた。


「何故、それを阻む。私と君の仲だろう?

 私は今まで、君の目的──あの東京での話だって協力してきたんだ。

 それくらい──」

「ああ、そうだ。

 そのことはそうだな……本当に」


そこでロイは一瞬言葉を噤んだ。

ほんの少し、それを口にするのが気恥ずかしかったからだ。


ああ、何時ぶりだろうか。

こんな想いを抱くのは。

あの“現実”からこちらに転移して、“転生”して、何度も血にまみれて──ようやくまたこんなことを考えるようになった。


それでも、言わなければならないだろう。


「ありがとう。俺に生きる力と場所を、この“現実”でくれたんだな、アンタは」

「……殊勝な口ぶりだな、らしくもない」


カーバンクルは苛立ちをにじませた口調で言う。


「応えろ! 第三聖女、“フリーダ”の真実を!

 今ならまだ間に合うだろう! 私のほんとうの名は──」

「──言わせない」


ロイはそこで彼女の言葉を阻んだ。

そして同時に倒れ伏す聖女を見た。

答えを見せさせないため、ここで彼女は必ず殺さなくてはならない。

今までこれまで打倒してきた五人の聖女の誰よりも、ロイはこの第三聖女を討つ必要があった。


そうした見た聖女の顔には──初めて明確な感情らしきものを見えていた。


「お前は!」


ついに『リヘリオン』を抜いたカーバンクルに対し、ロイは即座に跳躍ステップ

劇場の中を、二つの剣が交錯する。

瞬間、ロイはなぜかあの“雨の街”で、キョウと相対したときのことを思い返していた。


「何をしている……! 私の、過去を知っている最後の聖女だぞ」

「アンタだって……!」


ロイは剣を交わしながら声を上げた。


「アンタだって! どうでもいいと思ってるだろう!

 ほんとうの自分だって、元々自分に与えられた願いなんて!」

「──何?」

「俺の知るアンタは、アカ・カーバンクルアイは、フリーダなんて名前、ロクに出しはしなかった」


紅い瞳がロイの目の前で揺れていた。

その瞳には──激しい感情を見せる自らの姿があった。


「昔のアンタのことは知らないさ。

 ただエリス、アマネ、ミオ、トリエ、ニケア。

 どの聖女との闘いでも、俺の前でアンタはそんなものを求めるそぶりは見せなかった」


3《ドライ》やハイネは確かに口にしていた。

だが、カーバンクル自身が、その名を求めていた素振りは今まで一度もなかった。


「──そんなもののために、全部賭けるなんて、やっぱりおかしい」


脳裏にはあの図書館での“記憶の物語”があった。

司書である彼は、思った通り、最後、自らの物語を見つけた。

最終章はロイの予想した通りになった。

これまで語り部だった彼は、自分の物語と向き合い、すべて終わらせる。


それは定められた物語だ。

台本ブックにより、創られた物語。

最後に司書が主人公になったのだという、そんな結末だ。


だが──思うにやはり、あの物語の中心にいたのは、司書ではない。

物語の大部分は別の少女人形マリオネット・ヒロインが見せた罪でできている。

彼女らがいたからこそ、司書の結末は成り立っていると。


自らが演じた舞台を、そういうカタチで受け止めていた。

台本ブックとは定められたものだ。

その通りに人形たちは動き、ロイもまた大きな流れに従っていた。


だが──定められたものだとしても、意味がないものではなかった。


少なくともあの舞台があったからこそ、ロイは今、カーバンクルと相対できているのだから。


「初めから用意されていた命題がなんだ!

 そんなもの! 忘れてしまったっていいだろう。

 何時も不真面目なアンタなんだ。そういうところだけ、真面目になるな!」


その言葉は、明確にロイの願いであった。

“フリーダ”とは誰であったのか。

それがカーバンクルが、果たさなくてならない問いかけだといことはわかっている。

それを果たす唯一無二のチャンスが、第三聖女だったということもすでに何度も聞かされた。


「俺は──」


その言葉を口にするよりも先に──眩い光が、背後からやってきた。

「え」と小さく声が漏れる。カーバンクルもまた動きを止めていた。

振り返るとそこには──虹色の蝶の翅を広げた、血まみれのフリーダが佇んでいた。


「……それでいい。

 それで、あなたたちはきっと救われる。

 だから──安心して終幕まで、持っていける」


その言葉と共に、フリーダはその身から強烈な幻想リソースを劇場へと叩きつけていた。




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