213_エンディング拒否
【25】
【第三聖女、討伐】
【エンディング】
「──終わらせない」
聖女フリーダへと偽剣を突き立てながら、ロイはカーバンクルへ告げた。
カーバンクルの最後の問いかけ。
“フリーダ”の正体。
それを知る聖女を、ロイは今ここで殺してしまおうとしている。
『ニケア』の美しい剣身が赤く汚れている。
フリーダは無機質表情で、すでに視たのであろう台詞をロイへと漏らしていた。
「私たちは決して自由ではない。
私たちの過去はほんとうの意味では存在しない。
私たちの未来はすでに語られている。
私たちの現在とは、定められた言語を読み進めることと何ら相違はない。
知って──いた?」
その台詞をロイは受けながら、応えてみせた。
「ああ、知っていたよ」と。
そう、ほかでもないこの聖女が、ご丁寧にネタバレしてくれた事実だ。
彼女の言葉通りに、すべての事実は進むだろう。
“未来”の奇蹟を覆すことはできない。
その事実を誰よりも痛感していたのは、きっとこの聖女自身だ。
だから、自分が死ぬような行動をし続けた。
据えられたこの結末通りに、必ずロイが動くようなことを。
「お、おい」
カーバンクルは目を見開き、言葉を震わせていた。
ロイの唐突な行動に、理解が及んでいないようだった。
「ロイ君。私はまだソイツに聞きたいことが──!」
「どうでもいいだろう、そんなことは」
さらりと、ロイは言ってのけた。
「アンタのことは全部知らされたよ。
なんでアンタが異端審問官になったのかも。
なんで“聖女狩り”なんてものをやることになったのかも。
なんでアンタが──あの時、俺に目をかけたのかも」
しかし、この身の一部である8《アハト》という人間は、なるほど相当に邪悪な人間だったようだ。
わざわざカーバンクルの目の前で、“転生”してみせるなんてことをしたのだから。
そんなことを思いながらも、ロイは言葉をつづけた。
「──だけど、そんなことは俺には関係ない」
「何言ってんだ、喧嘩を売っているのかい? ロイ君。
そいつは私自身の──この百年、ずっと気になってた、最後の鍵を持っているんだ」
カーバンクルは淡々と、どこか冷たい声色でロイに言葉を投げかけていた。
そのさなか、聖女フリーダの身体がゆっくりと倒れていく。
真っ赤な血が、舞台を染め上げていく。
降り始めたばかりの雨の勢いでは、この色彩を拭うには弱すぎた。
「何故、それを阻む。私と君の仲だろう?
私は今まで、君の目的──あの東京での話だって協力してきたんだ。
それくらい──」
「ああ、そうだ。
そのことはそうだな……本当に」
そこでロイは一瞬言葉を噤んだ。
ほんの少し、それを口にするのが気恥ずかしかったからだ。
ああ、何時ぶりだろうか。
こんな想いを抱くのは。
あの“現実”からこちらに転移して、“転生”して、何度も血にまみれて──ようやくまたこんなことを考えるようになった。
それでも、言わなければならないだろう。
「ありがとう。俺に生きる力と場所を、この“現実”でくれたんだな、アンタは」
「……殊勝な口ぶりだな、らしくもない」
カーバンクルは苛立ちをにじませた口調で言う。
「応えろ! 第三聖女、“フリーダ”の真実を!
今ならまだ間に合うだろう! 私のほんとうの名は──」
「──言わせない」
ロイはそこで彼女の言葉を阻んだ。
そして同時に倒れ伏す聖女を見た。
答えを見せさせないため、ここで彼女は必ず殺さなくてはならない。
今までこれまで打倒してきた五人の聖女の誰よりも、ロイはこの第三聖女を討つ必要があった。
そうした見た聖女の顔には──初めて明確な感情らしきものを見えていた。
「お前は!」
ついに『リヘリオン』を抜いたカーバンクルに対し、ロイは即座に跳躍。
劇場の中を、二つの剣が交錯する。
瞬間、ロイはなぜかあの“雨の街”で、キョウと相対したときのことを思い返していた。
「何をしている……! 私の、過去を知っている最後の聖女だぞ」
「アンタだって……!」
ロイは剣を交わしながら声を上げた。
「アンタだって! どうでもいいと思ってるだろう!
ほんとうの自分だって、元々自分に与えられた願いなんて!」
「──何?」
「俺の知るアンタは、アカ・カーバンクルアイは、フリーダなんて名前、ロクに出しはしなかった」
紅い瞳がロイの目の前で揺れていた。
その瞳には──激しい感情を見せる自らの姿があった。
「昔のアンタのことは知らないさ。
ただエリス、アマネ、ミオ、トリエ、ニケア。
どの聖女との闘いでも、俺の前でアンタはそんなものを求めるそぶりは見せなかった」
3《ドライ》やハイネは確かに口にしていた。
だが、カーバンクル自身が、その名を求めていた素振りは今まで一度もなかった。
「──そんなもののために、全部賭けるなんて、やっぱりおかしい」
脳裏にはあの図書館での“記憶の物語”があった。
司書である彼は、思った通り、最後、自らの物語を見つけた。
最終章はロイの予想した通りになった。
これまで語り部だった彼は、自分の物語と向き合い、すべて終わらせる。
それは定められた物語だ。
台本により、創られた物語。
最後に司書が主人公になったのだという、そんな結末だ。
だが──思うにやはり、あの物語の中心にいたのは、司書ではない。
物語の大部分は別の少女人形が見せた罪でできている。
彼女らがいたからこそ、司書の結末は成り立っていると。
自らが演じた舞台を、そういうカタチで受け止めていた。
台本とは定められたものだ。
その通りに人形たちは動き、ロイもまた大きな流れに従っていた。
だが──定められたものだとしても、意味がないものではなかった。
少なくともあの舞台があったからこそ、ロイは今、カーバンクルと相対できているのだから。
「初めから用意されていた命題がなんだ!
そんなもの! 忘れてしまったっていいだろう。
何時も不真面目なアンタなんだ。そういうところだけ、真面目になるな!」
その言葉は、明確にロイの願いであった。
“フリーダ”とは誰であったのか。
それがカーバンクルが、果たさなくてならない問いかけだといことはわかっている。
それを果たす唯一無二のチャンスが、第三聖女だったということもすでに何度も聞かされた。
「俺は──」
その言葉を口にするよりも先に──眩い光が、背後からやってきた。
「え」と小さく声が漏れる。カーバンクルもまた動きを止めていた。
振り返るとそこには──虹色の蝶の翅を広げた、血まみれのフリーダが佇んでいた。
「……それでいい。
それで、あなたたちはきっと救われる。
だから──安心して終幕まで、持っていける」
その言葉と共に、フリーダはその身から強烈な幻想を劇場へと叩きつけていた。




