212_復讐の物語?
【23】
【復讐の物語の続きのようなもの】
【マリオン】
マリオンを、救う。
そう口にしたうえで、キョウは不殺の剣を抜いていた。
「ううん? ボクを、救う?」
マリオンは不思議そうに首をかしげていた。
それにつられてか、その下に立つ少女人形も同じ角度で首を曲げている。
マリオンも人形も、異端審問官や聖女たちを追う気配を見せていない。
「あれ? 君って聖女サマを救いたいんじゃなかったの?」
「そうです……!」
「でも、放っておくと、アレ、殺されちゃうんじゃないかな?」
「恐らくは、そうです」
「でも、それを置いておいて、ボクに構うの?」
「はい!」
そう迷いなく言うキョウに対し、マリオンはやはり納得いかないようで、
「うーん、よくわかんない。
君、何がしたいの? ボク、君のことが何だかわからない。
もっと単純明快で、わかりやすい人だと思ってたのに」
マリオンはどこかおどけた口調でそんなことを言う。
「私は!」
そんな人形遣いに対して、キョウは声を張った。
「私はただ! 目の前で人が死んでほしくないんです!
だから救えそうな人がいたら、意地と暴力でそこに介入します」
かつて“たまご”でマルガリーテの指摘されたことの、再確認のようなものだった。
ここにはリューはいない。
矛盾を正面から指摘したマルガリーテもいない。
因縁あるロイだって先に行ってしまった。
だから、ここでキョウは一人で自分の個性を示さなくてはならない。
「それ……」
マリオンが眉を
「……ボクが死にそうってこと?」
「はい!」
キョウは頷いて言った。
「だって! マリオンさん! 自分のことが、不安で不安で仕方がない人じゃないですか!」
と。
一切の逡巡を見せず、彼女はそう言い切って見せた。
途端、ダダ、と何かが跳ぶ音がする。
キョウもまた跳躍をし、襲い掛かってきた人形を『ネヘリス』で受け止めた。
「話を聴いてください!」
「なんで!」
「ここが大事なところだからです!」
人形をけしかけてきたマリオンに対して、キョウはキッと睨んで言った。
「マリオンさん!
貴方、あの聖女様と会ったことあるんでしょう?」
「は?」
「だって聖女を殺すのが任務と言っておきながら、全然やる気がないじゃないですか!」
先ほどの会敵で、マリオンは聖女フリーダを襲おうとはした。
しかしそれも、避けられることがわかっていたかのような一撃のみ。
それ以外は、たとえ異端審問官が駆けようとも、さして興味のなさそうな動きだった。
「私はマリオンさんのこと、全然知りません。
でも、自分で言ってた個性と、マリオンさんの実際の動きは全然違います」
ぐちゃぐちゃの状況をうまく纏め上げる。
どうしようもない状況を、人形遣いとしてギルドに良い形で終わらせる。
そんな腕利きの偽剣使い、それがマリオンであるはずだった。
「──敵である“教会”、それも異端審問官のあの人たちに道を譲るなんて、それこそおかしいんです」
その様子を見たとき、キョウは思ったのだ。
まるで──このあとどうなるか、すべて知っているみたいだ、と。
「何をやっても無駄だと信じている。
だから、あんな振る舞いをするんですよね」
「……まぁね。うん、そうだよ」
そう問い詰めると、マリオンはあっさりと認めてしまった。
「うん、ボクはまぁ、あの聖女に会ったよ。
ここに来る前の段階でさ。
だってそりゃそうだよ、君が聖女戦線からここに来るまでどれくらいの時間があったと思ってるのさ。
君が出発する前の段階ですでに任務に向かってたボクが、一度もあの聖女と闘ってない訳、ないだろう?」
「……そこで、一体何を聞いたんです」
マリオンはそこで──少しだけ寂しそうな顔を浮かべた。
「ボクはもう、自分を取り戻せない」
……人形遣いのマリオンは、人の言語に干渉する。
それはつまり、己の構成さえも変えてしまうことができる。
「ボクはこの偽剣で自分を変えてきた。
自分の性格を、嗜好を、名前を、己の個性を改ざんしてきた。
そういうことを繰り返してきたからこそ、この時代を生き残ることができた。
でも──そうしているうちに、自分というものがわからなくなってきた」
“──こうしちゃえば、もう死んだも同然。
最初の目的、その個性の成り立ちを改ざんしてしまえば、もうそれは別の存在。
そうだよね……うん、まったく”
“復讐の物語”にて、人形を改ざんするときマリオンが漏らした言葉。
あれはきっと、自嘲に近い何かだったのだろう。
「最初ははっきりしていたはずなんだ。
ボクがどんな奴だったかなんて、考えるまでもない。
任務の間、ちょっと性格を変えているぐらいなら、なんてことないだろう?
でも、そうこうしているうちにに、なんだか変なことになってきた。
自分で、自分がつかめない。分裂しそうになる。
……ギルドのみんなも、ボクがどんなやつなのか、知らない感じだから」
声色は徐々に小さく、震えたものになっていく。
先ほどまでの自信に満ちた言葉に比べれば、豹変に近いありさまだった。
その言葉の震えこそ、マリオンの不安定な自我を示しているようだった。
「だからせめて、ボクはギルドのために闘った。
腕利きの、人形遣いという名前を、とりあえず自分のものにしたんだ。
でも──やっぱり、これ、ボクじゃない。ボクじゃない気がする」
今度は表情を消し、首をかしげてみせた。
心の底から不思議そうに思っているような、そんな表情だった。
「ボクが闘う理由が、絶対に敵わないって言うんだ。
そしたら、なんだか、なんだか、どうししたらいいのか、わからなくなって。
無理やりこんな個性にしてみたけど、なんか力が出ないんだ」
……おそらくは、とキョウは思う。
この劇場におけるマリオンと、普段のマリオンの間には大きな乖離がある。
マリオンの闘いは、自分を手に入れることにあったのだと思う。
生き残るために、自分自身を改変していくうちに、何もかもが信じられなくなった。
その恐怖を和らげるためにギルドの中に居場所を求め、闘い、結果としてさらに自分がわからなくなる。
それでもいつしか安寧を得られると、そう自分に言い聞かせて闘ってきたに違いない。
だが、それは絶対に届かないものであると、マリオンは断言されたのだろう。
“未来”を視る第三聖女の言葉は、必ず正しいものになる。
その奇蹟を知っている者にとって、聖女の言葉はいかなる刃よりも重いものになるだろう。
「──そんなマリオンさんを放っておいたら、死んじゃいそうだなって、そう思ったんです!」
「へ?」
「だから、とりあえず今は貴方を優先しました」
「……それだけ?」
「ええ、それだけです。
放っておいたら死にそうな人を優先するのが私です」
と、そこで迫るキョウに対し、立ちふさがるものがいた。
人形だった。
マリオンにいじられた人形は、キッとにらみつけるように、キョウの前に立っている。
その瞳は──あの復讐の物語の主人公のような、激しい色をしていた。
「……変わり果ててしまっていても、残るものもある、ということでしょうか」
そう言ったのち、今度はキョウはまた孤独を感じさせる表情を浮かべた。
「でも、ロイ君は──きっともう大丈夫ですから、私なんて、いなくとも……」




