211_終わらせない
【15】
【記憶の物語:後編】
【ロイ司書】
物語は続いていた。
図書館において、ロイは与えられた役割通りに舞台を進めていく。
舞台に設定された台本によって時は流れていく。
無数の少女人形たちが、オムニバス的に現れては、消えていく。
ここは多層神域図書館、魂の牢獄。
一度命を落とした魂たちが、己の罪を見つける場所である。
この舞台はだから、一つの大きな縦筋のあるシナリオではない。
一つ一つのキャラクターごとのエピソードが、一話完結的に流れていくような構成だ。
人形たちはそれぞれ何か欠落を抱えて司書ロイの下へとやってくる。
──忘れているものがある気がする
──誰か、大切な人がいた気がする
──自分が、なんでここにいるのかがわからない
それを司書という立場から見る。
司書は、すべての物語に登場し、しかし主人公ではない。
彼女らの語る言葉、悩み、苦悩、葛藤こそが物語だ。
であるから、主人公たるのは彼女らの方であり、司書はあくまで添え物なのだ。
それが──ロイが足を踏み入れた“記憶の物語”の構造だった。
「……ありがとう、司書さん。ここまで来てくれて」
人形σは微笑みを浮かべて言う。
その瞳には、つう、と涙が滲んでいる。
手にした罪本に書かれた事実に、彼女は打ちのめされ──同時に救われていた。
長らく追い求めていた過去を手に入れたこと。
そこに書かれていた罪はつらく、切実で、向き合うのも大変だった。
だがそれでも彼女は笑おうとしている。
その感情の複雑さこそ、この舞台の描こうとする命題なのだろう。
「俺は、ただ役割を果たしているだけだよ」
そう認識しながら、ロイは与えられた台詞を口にした。
物語の構造はすでにみえていた。
だから彼は悟っている。すでにこの物語の終わりが近いことを。
あと何か一つ、オチとなる展開が入り、この舞台は終わるだろう。
そうすれば、この舞台の先、聖女との闘いへと赴くことができるはずだった。
きっとそこにはカーバンクルもいるだろう。
彼女よりも先に、そこにたどり着きたいと、そう考えていた。
──カーバンクルはこれから聖女へと迫るだろう
第三聖女から聞かされた言葉を反芻する。
アカ・カーバンクルアイ。
彼女に残された最後の伏線。
それは“フリーダ”という名前についてだという。
それを知った時、彼女は自分の名前を終わらせようとする。
そう突きつけるだけ突きつけて、そのまま聖女はどこかへ行ってしまった。
追いつかなければならない。
ロイは自然とそう思ったからこそ、こうしてこの“記憶の物語”を進めているのだった。
だが──彼自身、どうすればいいのか、答えが出ているわけではなかった。
追いついて、聖女の物語を終わらせて、そして──どうする。
フリーダとカーバンクルの相対はもはや避けられないだろう。
そこで一体、どんな選択をすればいいのだろうか。
わからなかった。わからないまま、しかし、ロイは何かに突き動かされるように、物語を進めていた。
「……ありがとう、司書さん」
人形σはそう言って、もう一度頭を下げた。
その所作一つ一つにも、人形とは思えない感情を感じさせた。
だがそれも──すべては定められたものだろう。
台本によって、決められ、流れを計算された感情の動き。
それは決して自由などではない。
物語の奴隷として、彼女ら少女人形はこの舞台に存在している。
それから、彼女はロイ司書への台詞をいくつか並べた。
このエピソードの〆としての言葉だった。
これが終われば、また次のエピソードが始まる。
もしかすると、それがこの物語の最終章になるかもしれなかった。
「……でも、いいの? 司書さんはここにいて」
そんな折、人形σはロイに語り掛けてきた。
「うん?」
「司書さんは、これまでいろんな娘たちの“終わり”を見てきたじゃない。
つらく悲しんでいた人も、満足していった人も、全部司書さんが見てきた」
「……ああ」
「でもじゃあ──司書さん自身は誰が見るの?」
「俺、自身かい?」
人形は問いかける。
「だって──司書さんだって、きっとあるんでしょ?
自分の物語が書かれた本。
この図書館のどこかに、たぶん、きっと、いや絶対」
泣きはらした瞳で、人形σは司書への想いを言葉にする。
「俺自身の本──か」
「そう、それがないと、司書さん、ここから出られないじゃない。
ずっと、ずっと、ここで誰かを見続けるしかない。
そんなの──」
それは定められた台詞だろう。
そう認識していたが、少し考えてしまった。
この司書という役割のことを、ずっと主人公ではないと考えていた。
だけど──そうか。
この物語の結末は、たぶん司書の物語の向こうにある。
ロイは察することができた。
ここまでの物語の流れから、次にどんな展開が待ち受けているのか。
最終章が、どのような展開になるのかを。
きっと、司書は気づくのだろう。
ずっと彼は、自分のことをこの図書館の管理者だと思っていた。
だがそれは間違いなのだ。
彼自身も、ここに囚われた魂と同じ存在。
あまりにも長く迷い続けていたせいで、司書のような立場になってしまっただけだ。
そのことに気づいたことで、司書は己の本を探すだろう。
この広大な図書館で、彼は今までずっと、自分じゃない誰かの本だけを探していた。
だがここに来て彼は、自分の本を探し、そして──見つける。
ずっと自分は主人公でないと思っていた彼が、実のところ、すべて自分の物語だった気づくこと。
きっとそれが、この物語の結末だ。
「……ああ、わかった」
そう、この物語の未来が視えたとき──司書ではない、ロイとして己が取るべきものを見つけることができた。
──終わらせない、と。




