208_クライマックス②
【19】
【同じく最後の階段】
【キョウ】
剣と剣がぶつかり合う音が響き渡った。
偽剣の剣身が幻想の斥力をまとい、互いを押し合っている。
聖女の前に割り込んだキョウは、マリオンの『アルマイナー』と不殺剣『ネヘリス』を交えていた
「きゃはは! ボクの味方でしょ? 君」
「言ってません! 貴方は勝手にそう呼んだんです。
私は最初から──」
「聖女サマを守る、だよね。うん、知ってた」
あっさりとマリオンは言うのだった。
人形遣いのマリオン。
ギルドにおいて、彼ないし彼女に声がかかるのは、それが失敗した時だけだ。
失敗して、ぐちゃぐちゃになって、どうにもままならなくなった時、すべてを強引にまとめあげるためにマリオンはやってくる。
──今回もまた、同じだった。
聖女軍は当初は、第三聖女を迎え入れようとした。
そのためにギルドに依頼し、連携をとったが──拒絶された。
かの第三聖女との対話は没交渉の一言だった。
そう判断した聖女軍とギルドは次に、彼女の確保を狙い──それもまた失敗した。
聖女軍は聖女の奇蹟を知る者たち。
聖女という存在が、制御におけるものでないことも、彼らは知っている。
そうした中で、とある声が上がった。
制御できないものであるのならば──今の代の聖女は一度排除してしまおう、と。
その声に、聖女軍においても過激な一派が結びついた。
第一聖女ニケアを絶対視する一派にしてみれば、ほかの聖女は紛い物に等しい。
それ故にギルドに対し、聖女の殺害命令などのも下った。
無論、穏健派というべき派閥もあり、そちらからは全く逆の連絡も来ていた。
そうした動きはニケアという柱を喪ったことで、聖女軍が分裂しかかっていることを示していた。
そんな状況であったからこそ──マリオンが引っ張り出されることになったのだ。
「そりゃ別に勘違いはしていないよ。
君が聖女軍、聖女信望派っぽいのはハナシを聴けばわかるし」
彼ないし彼女は、その細身な身体を躍らせる。
「違います! そういうんじゃなりません!
私は聖女というか、目の前の人が死ぬのだけはイヤなんです」
「うん? それが君の個性?
この時代、すごいことを言うんだなぁ……」
互いに跳躍を挟みつつ、二人は言葉を交わす。
そのさなか、間に挟まれていた聖女フリーダは微動だにしていなかった。
彼女にはきっと、見えているのだろう。すべてが。
「第一、マリオンさん! 貴方、あの聖女を殺せると思ってるんですか?
全部見えているあの人を」
マリオンはそう問いかけると、ふふん、と笑ってみせて、
「──さぁ? でも結末は決まってるんじゃない?
本人が言ってるんだよ? 私は死ぬって」
そう言ってのける。
その口調には疑いを一切挟んでいない、自信があるのだった。
「──全部決まってる。
だからボクは安心して、全部行えるんだ」
そう声を上げる。
同時にマリオンは跳躍を果たしていた。
小型ゆえに取り回しのいい『アルマイナー』の機動性は高い水準であった。
「見えます!」
が、それでもキョウには届かない。
彼女は背後から襲ってきたマリオンを振り返ることなく、背中に向けた『ネヘリス』で剣戟を受け止めていた。
マリオンの腕は悪くない。
少なくともマリオンが聖女戦線にいれば、精鋭を張れるだけのセンスと力量があるだろう。
「貴方、私よりも弱いんですから! 止められますよ!」
しかし、そう分析したうえでキョウは力強く言い放っていた。
腕は悪くない──だが、剣があまりにも、差があった。
たとえ上等な模倣品であろうとも、その性能はあくまで魔術師用の実験騎。
『アルマイナー』では、キョウを捉えることは絶対にないだろう。
「──うん、勝てない。ボクだけでは勝てないよ。
だからさ……」
圧倒的な差であろうとも、マリオンは一切取り乱す様子はなかった。
キョウと剣を押し愛ながら、どこかたのしげな口調で言うのだった。
「味方がいるんだ」
その言葉と同時に、キョウの視界の隅で何かが動いた。
ガガ、と音がする。
同時にその人形が──跳躍してやってきた。
それは──マリオンが改変してしまった“復讐の物語”の主人公であったはずの人形だった。
ふっ、と現れた人形がキョウの眼前へと迫る。その細い腕は幻想がきらめいている。
収束した幻想に抉られれば、それだけで人体には十分な一撃となるだろう。
「反応!」とキョウは自分でもよくわからない声を漏らしていた。
と、同時に考えるより早く身体が動き、跳躍に跳躍を重ねる。
ジグザグとした連続の跳躍により、人形も、それに合わせてやってきていたマリオンの追撃も彼女は交わしていた。
「……うん、ほんと、君って強いなぁ」
「────」
ぼやくマリオンの隣に、少女人形がのっそりと立つ。
主役であったそれは、すべての要素をはぎ取られていた。
妖精の衣装も、少年であったことも、暗く瞳の中で燃えていた復讐心も、その人形からは感じられないのだった。
「ここの人形はほんとうにいじりやすい。
人形遣い、なんて言われているボクにしてみれば、本当に最高の場所だ」
そう言って彼ないし彼女は笑う。
『アルマイナー』により言語に干渉することで、人形は当初の台本から離れた存在になった。
「でもまぁ! 経験だけでいうなら、人間相手の方が多いんだよね」
……人形遣いのマリオン。
その異名は、この糸繰人形劇場以外の場所でついたものである。
当然、その成り立ちに少女人形は関わっていない。
「──まぁ、だから、とりあえず君をボクの味方にするよ! キョウ!」
人間を、人形のように捻じ曲げる。
その想いや個性を根本から変えてしまう。
そうした所業をしてきからこそ、マリオンは人形遣いと呼ばれているのだった。




