207_クライマックス①
【18】
【上層へとつながる、最後の階段】
【キョウと聖女】
本来あるべきはずだった復讐の舞台を抜けた先では、奇妙な階段が待っていた。
それはまっすぐな階段ではなく、かといってきれいな螺旋階段という訳でもない。
少しずつ曲がっていたかと思えば、突然直角にカーブを描いたり、昇っていたはずなのに突然下り階段になったり、と嫌がらせのような構造にさえキョウには思えた。
艶のある銀で固められたその階段は、ひどく無機質な印象を与える。
壁にはところどころ丸だったり、三角だったり、幾何学的なオブジェが装飾として飾られているのも、その奇妙な印象を助長している。
「本来なら、ここ、相応の演出が入ってたみたいだね。
壁の言語とか見るに、クライマックスを盛り上げるための、複雑な機構になってたのかも。愛と希望と涙、スパイスにはらはらドキドキ、みたいなものがあったのかもね、ホントなら」
でも今回はあっさり終わりって訳だ。
マリオンはさらりとそんなことを言った。
「じゃあ……私たちがずるしちゃったから、こんな風に見えるってことなんですか?」
「うーん、どうだろうね。
ボクも別にそんな派手にぶっ壊したわけじゃないし。
単にまだ未完成だったのかも」
マリオンは頭をひねりながら言った。人形Xがかこんかこんとぎこちない動きでついてきている。
未完成。
キョウはマリオンが口にした言葉を、内心で反芻していた。
この糸繰人形劇場は、人形によって未だ自動生成され続けている。
そういう意味では、最深部に近いこの場所がまだ完成していない可能性はあった
「……完成、するんでしょうか。いつか、本当に」
「さぁ、ボクらにはわからないね。
そもそも、あの人形たちにきちんと“終わり”が設定されているかも怪しい」
そう話しながら、キョウは思う。
あの“たまご”と、そういう意味では逆の場所だと。
天空墓標の異名の通り、あの場所はもう、完全に終わってしまった場所だった。
それに対し、ここは終わることがいつまで経ってもできないものたちの舞台なのだ。
そのことに対して、キョウはほんのすこしだけ感傷的な気持ちになっていた。
だが、そんな想いも、次の瞬間には吹き飛んでいた。
「……待っていた。端役たち」
そこには──聖女が立っていた。
「あなたたちは、本来この舞台においては、どうでもいい存在。
それ故に、ある意味で自由である。
そう……少しだけ、うらやましい存在」
すっ、とその碧色の瞳で、聖女はキョウとマリオンを視る。
その色彩、髪こそ短くなっているが、アマネ、ニケアとひどく似ていること、そのことから彼女が聖女であることは一目でわかった。
「ええと! 聖女さん!」
あまりにも突然の登場であった。
だが、キョウはすぐさま思考を切り替えて前に出ていた。
彼女が直接聖女と関わるのはこれで三回目だった。
聖女らの破天荒さには、キョウはすでに慣れていたところがあった。
だからすぐに前に出て、息を吸って、
「“私はあなたを守りにきました”」
それはキョウの口から出た言葉ではなかった。
彼女は目を見開き、そして、
「“あっ! 台詞の先取り!
流石に噂通りです!”」
……それも彼女の言葉ではなかった。
──読まれている。
自らの台詞を一拍聖女に先取りされてしまった、キョウは本能的にそう感じていた。
「ごめん。
これは手品のようなもの。
私の力をわかりやすく伝えるための」
「ああ、いや! 別に大丈夫です。
私、もうそろそろ聖女様方のそういうちょっと失礼寄りの行い、もう慣れてきているので」
「君もたいがい失礼な物言いな気がするけどねぇ」
後ろでマリオンが呆れたように言った。
彼ないし彼女は、現れた聖女に近づくことなく、その手首の鞘に触れている。
「ええと、それで聖女──」
「フリーダ」
「フリーダさん!」
「もう無理。それはどうやってもできない」
「へ?」
「私の護衛ということは不可能。
あなたはそもそもそれが可能なほどの立ち位置を、今回の舞台では持ち合わせていないから」
こちらが言わんとしていたことを、完全に先回りされた物言いだった。
“未来”の第三聖女、としてキョウが何故ここに来たかも、完全に把握しているようだった。
「ただ……そう、でも、だから、あなたは自由な立場にいる。
かりそめの、限られた中での、自由だけど」
聖女は、キョウを見据えて言う。
キョウが何かを考えるよりも早く、まるで与えられた台詞を読み上げるかのように、彼女の言葉は続くのだった。
「私を救うことはできないと思う。
私の結末はすでに書かれてしまった事実。
だが、この場で別に救うことができる人間が、一人だけいる。
物語において、どうでもいいからこそ、その人だけは、あなた次第だろう」
「それってもしかして、ロ──」
「──私はその問いには答えない。答えないことに、なっている」
きっぱりと言われてしまい、キョウは言葉に詰まってしまった。
「ねえねえ、じゃあボクは!?」
そこに割り込んだのは、マリオンであった。
彼ないし彼女は、きゃはは、と甲高い声を上げたのち、
「ボクも端役だって言うの? ねぇ!」
「……あなたは」
しばらく聖女はその碧の瞳をしばたいたのち、
「あなたはまず私を殺そうとする」
「へぇ」
「あなたはこの舞台を終わらせにやってきた。
そしてあなたの本当の任務は、結果的には成功するだろう。
なぜならば、私は、死ぬから」
え、とキョウは声を漏らす。
対するマリオンは、変わらぬ表情で口端を上げていた。
「貴方は失敗を埋める者。
もうどうにもならなくなった任務にだけ現れる鬼札。
だからそう──」
「そう、ボクここに来たのも──どうしようもない失敗がこの舞台であったから」
マリオンと聖女は淡々と言葉を投げ合う。
聖女は変わらぬ調子だし、マリオンは聖女がすべてを把握していることを読んでいたのだろう。
「聖女軍も一枚岩じゃない。
後釜の聖女を求めていた勢力もいれば──ニケア様の代わりになど、絶対にあってはならないという存在もいる」
ひょい、と人形遣いのマリオンは指を動かした。
虚空に何かきらめくもの──糸が見えた。
「ボクの任務は成功するんだろう!
そう、貴方を殺害することで!」
マリオンが動いた。聖女は笑みに似た表情を張り付けた。
そして──キョウもまた剣を抜いていた。




