205_ネタバレ④
【17】
【ネタバレを終えて】
【ロイと聖女】
「……アカ・カーバンクルアイについての情報の開示。
ここであなたは知る。
今まで、当たりのように隣にいてくれた、あの紅い人について」
ほの暗い図書館の中、第三聖女フリーダは、語り終えた。
アカ・カーバンクルアイがいかにして生まれ、何のために闘ってきたかを。
それは果たして、本当に“未来”のことなのか。
彼女が“転生”して生まれたということも、
その存在が、異端審問官の設立の切っ掛けになったということも、
ロイの知らない事実を、聖女は当たり前のように語ったのだった。
未来を断片のように細切れにして、過去形でこの聖女は語った。
「……どれも、俺にはわからないことだ。
悲劇だとか、復讐だとか、そういう背景をあの人は俺の前では、特に語らなかった」
「そしてあなたはそれを気にしようともしなかった」
聖女は言葉を続ける。
「一方であの人もまた、貴方の抱えていたもの──桜見弥生との再会──について、さして気にも止めていなかった。
もともと貴方とあの人は、何の因縁も繋がりもない人」
「勝手に言うがいいさ。
それなりにもう、長い付き合いになるんだ。
同じ血と雨を浴びた仲なんだぜ」
ロイは落ち着いた口調で言った。
カーバンクルアイについての事柄については、衝撃を受けていないといえば嘘になる。
しかし同時に納得もしていた。
あの時、8《アハト》として“転生”したロイに、彼女が何故手を差し伸べてくれたのかを。
「俺とあの人の背景には何も繋がりはない。
それ故に、こう返してみせるさ──だから、何だ? と」
「そう、そういう、考えもある……だから、私はさらにこれを告げなくてはならない」
聖女はそこまで、笑みに似たぎこちない顔を浮かべた。
「貴方は、この物語をあなた自身の物語だと思っている。
だけど、見ようによっては、あのアカ・カーバンクルアイの復讐譚でもあった。
その場合、あなたはただの剣に過ぎない」
「それがどうした!」
ニケアの顔が思い浮かぶ。
互いに利用し合う舞台装置。あの花畑で告げられた言葉。
──そんなことは、もう言われるまでもなくわかっている。
「あの人も、あなたの物語の共通点は一点。
私を、聖女を皆殺しにすること。
それだけは、完遂されなければ、ならない。
貴方だってそのつもりでしょう?」
「……さぁね。それ以外の方法をとれるらしいね、もう」
七の聖女のうち、五の言語を接合すれば、弥生へと繋がることが可能かもしれない。
その可能性が提示されている今、この聖女を殺すことはもはや必定ではない。
「それはできない。
貴方はもう、私を殺すという物語を見せてしまっている。
そうである以上、あなたはいかなる方法をとってもあの結末に行きつくだろう」
「だったら、ここで!」
「そのための動機も、今ここで私が与える……」
聖女はそこでわずかに間を創り、ロイを見た。
碧の瞳がロイを見据える。深く深く澄んだその瞳にはロイが映っているはずだった。
だが、本当にそうか?
この聖女が視ているものは、この“現実”でなく、もっと遠い──
「アカ・カーバンクルアイは、私を殺して、それで死ぬつもり」
「……何?」
「あらゆる自我が混ざり合い、人形と化していた彼女が、どうして今のような人間になれたのか。
反発していた意識は、どうして曲がりになりにも一つの像を結んだのか。
それは──彼女の中のもの、そのすべてが、一つの想いを抱いていたから」
──もう、“終わり”にしてしまいたい。
「彼女の中の、すべてが次第にその想いの下に統一されていった。
そこからが、彼女の狂乱は引いていき──彼女が、アカ・カーバンクルアイという個性が生まれた。
悲劇をを定するために生まれた彼女は、その想いの下で、ずっと闘い続けてきた」
「“終わり”にするということは、すべての聖女を殺しつくすということだろう。
ならば、お前が最後ではない」
ロイが叫ぶと、聖女はゆっくりと首を振って、
「いいや、違う。
あなたにしてみればそうかもしれないが、あの人にしてみれば、私が最後になる」
「どういうことだ」
「聖女という存在はもう終わりが視えている。
ロイ、聖女の天敵ともいえるあなたが生み出された時点で。
だから残されていることはあと一つしかない。
あの人の物語を終わらせるための最期の鍵は──私が握っている」
だから私はフリーダを名乗った。
そう、聖女は言ってのける。
「放っておけば、私があの人に“フリーダ”の答えを告げれば、その時点で彼女の物語は終わる。
そうすればもう──彼女は、この世界にいる意味を失うだろう」
その結果として──彼女は何を選ぶのか。
「アカ・カーバンクルアイにまつわるそんな結末を防ぐために、あなたは私を殺すしかない。
一秒でも早く、彼女に、私が終わりを与える前に……」
その言葉と共に、ゆっくりと聖女フリーダの身体が消えていく。
ロイは目を見開き「待て」と声を上げた。とっさに剣を抜こうとするも、出現しない。
暗がりの図書館という舞台に張り付けられたロイでは、物語的な上層に位置する聖女に手は届かない。
「……すべて、私の言葉ではない。
私はただ、こう語る、という未来を視た。
その未来に従っているのみ……あなたたちと同じように……」
反響する言葉と共に、聖女は消えた。
同時に、ロイに彼女を何としても追う理由が生まれてしまった。
そのためにも物語を進めなくてはならない──




