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虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
205/243

204_ネタバレ③



【21】



【決戦前】


【ロイとカーバンクル】




びゅうびゅうと風が吹いていた。

カソックをはためかせる風を浴びながら、ロイとカーバンクルは並んで最後の舞台へと望んでいた。


舞台は、今にも雨が降りそうな、曇天の中にあった。


最上層、天蓋の取り払われた舞台こそ、この劇場の中枢であった。

この舞台のクライマックスを演出するために、数百年かけて建造された舞台だ。

完成したころにはすでにこの劇場から人間は去っていた。

がらんとした無数の客席は、結局一度も使われることもなかった。


人形たちと踊り終えたのち、糸繰人形劇場マリオネット・ステージにおける、最大の劇場において、二人は今、第三聖女と相対しようとしている。


下の階層では不殺剣士のキョウが、あの人形遣いの偽剣使いと交戦しているはずだ。

彼らが闘っている間に、すべてのケリをつけてしまいたかった。


「……覚えているかい?

 “たまご”の第二聖女のこと。

 あの聖女さ、私を見て変なこと言ってただろ?」

「なんだったっか。よく覚えていないな」


ミオ。

第二聖女。

不意にカーバンクルは懐かしい彼女のことを話に出した。

半世紀以上に“たまご”のなかで渡って歌い続けた、あの穏やかな聖女のことを。


「いやだからさ。

 あの聖女、私を見て言ったろ?

 どこかで私に会ったことないかって」

「……そんなこともあったような気がする」


それを人違いだと、カーバンクルは切り捨てたはずだ。


「あれね、まぁ、そのなんだ。半分くらい嘘なんだ、実は」

「…………」

「私のこと、もう知っているんだろう?

 半世紀以上も前、あの聖女が“たまご”に籠る前に、私はあの聖女の討伐に向かったことがある。

 “教会”の一員として、1《アイン》──“十一席”の1《アイン》に連れられて、第二聖女ミオを殺そうとした。

 だからあの聖女の記憶違いではないんだ。

 ただ殺し損ねて、五十年越しに再会していたんだよ、私はあの時。

 アレだぜ。ちょっと実年齢を言うのが恥ずかしくてね」


それは奇妙な表現であった。

ロイの知る1《アイン》とはカーバンクルのことであった。

だがその口ぶりでは、まるでその当時には別の1《アイン》がいたかのようだった。


“我らが1《アイン》殿はね、その昔は第三聖女に異様に執着していた時代があったのさ。

 そうだな──あの紅い女が先代の人形ペットだった時代は特にそうだ”


出発前に聞かされた、3《ドライ》の下品な言葉が脳裏によぎった。


「ただまぁ、半分はやはり本当だな。

 そのときの私は──人形のようなものだったから」


カーバンクルはロイを見ようともしなかった。

ただ淡々と語るべきことを語る、といった風な口調だった。

何時もの不敵で、楽し気な彼女の口ぶりとはまったく趣が異なるように、ロイには感じられた。


……舞台の最上層では、故障した思しき無数の少女人形マリオネット・ヒロインが転がっている。

精緻に創られたモノでも、数百年も稼働し続けていれば、どこかで綻びが出てしまう。

彼らは幻想リソースの風に救われることもなく、半端にカタチを残し、今日まで至っている。


そんな彼らを踏みつけながら、ロイとカーバンクルは並んで歩くのだ。


「……虐殺され、死んだ街すべてをひとまとめにして“転生”した少女がいた。

 カーバンクル

 そう名付けられた少女は、しかし、最初まともな意識などありはしなかった。

 あらゆる自我をぐちゃぐちゃに混ぜたところで、当然それらは反発する。悲鳴を上げる。無限の苦しみを発露する。

 虐殺という地獄から生み出された少女。その器の中身も当然、地獄だっただろうよ。

 君も──覚えがあるだろう」


“転生”の苦しみは、ロイ自身よく知っている。

彼は思わず己の胸を抑えていた。

8《アハト》。あの人斬魔ブレードハッピーが自分に施した“転生”。

それによってロイは己に眠る全く異なる個性キャラクタに苦しめられた。

今でこそ落ち着いているが、あの自分自身すべてが揺らぐ感覚は、これからも忘れることはできないだろう。


たった二人の人間が混ざり合っただけでも──そうなのだ。

千もの自我とその死を一つのモノに詰め込めば、果たしてそれはどうなるのか。

自我や意識、と呼べるものは、そこに生まれるのだろうか。


「……よく、覚えていないんだ。

 人形だったころの私が何を考えていたのか。何を語っていたか。何を想っていたか。

 目に見えるすべてがぐちゃぐちゃでさ、矛盾してるんだぜ?

 空は青いとか、ここはどこかとか、アイツは許さないとか、全く繋がりのない連想が絶え間なく溢れてくるんだ。

 死にたいとすら思わなかっただろう。いや、思っていただろうが、その自殺衝動すら、圧倒的な雑音にかきけされるんだ。

 当時の私は、意味の分からない言葉しか喋らなかったらしいよ、本当に。

 それも出てくる声色が毎回違う。

 獣のようなうなり声を出したり、ヒステリックに甲高かったり、逆に突然理性的な喋りをしたり……」


この癖は、未だまだ克服できてないんだ。

カーバンクルはそう、男性口調で言った。


「私が気になるのは、あの人──先代の1《アイン》がそんな私を見て、何を思ったかだ。

 悲劇を悲劇として認められず、無様な延長戦を望んだあの人は、私がどんな人になると思っていたのだろう。

 どんなモノが顔を出すと思っていたのだろう?

 その期待に──私は答えられたのかな?

 いや、冗談でも言ってやろうかと思ったんだ。お父様、とね。

 言ったらどんな顔をしたか! それを妄想するだけでも楽しかったのに、その前に奴は死んだ。

 聖女に殺された。悲しい話だね、まったく」


淡々としていたはずの彼女の口調は、いつの間にか激しいものになっていた。

饒舌な、しかし何時もの余裕を持った喋り方とは全く違う話し方だった。


「私を拵えたあの人が、私を守ろうとしたのもお笑い草だ。

 生み出してしまった以上は、責任を取らなくてはならない。

 とんだ──とんだ善意だよ、まったく!

 あの1《アイン》が、エル・エリオスタ様と出会った。

 そして異端審問官、“十一席”が生まれた。

 ──私のためにだ!」


かつん、かつん、と靴音を立てながらカーバンクルは続ける。


「私に虐殺の遠因になった聖女を殺させることで──アイツは私を救おうとした。

 虐殺という悲劇を、復讐譚として無理やり続けさせようとした!

 それで一応のハッピーエンドだろうと! そう思ってだ」


その言葉と同時に、舞台の中心に、パシン、と音を立てて照明が灯る。

赤、青、黄、橙、と重なる色鮮やかな色彩たち。

幻想リソースによって作られた光の中心にて、聖女がその碧の瞳でカーバンクルを見下ろした。


“未来”の第三聖女。

彼女に対し、カーバンクルは与えられた台詞を言うのだった。


「私はね──どうやらそのために生み出されたらしいんだ。

 そんな物語を背負わされてここにいる。

 それが私の生まれた意味で──ほんとうの、私なんだ」




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