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虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
204/243

203_ネタバレ②


【0】






【百年ほど昔の話】




【回想】




……それは元をたどれば、痛ましくもありふれた悲劇から始まったんだ


その虐殺が起こったのはね。

栄華を誇った王朝が崩壊し、世界が混沌へと猛然と向かいだした時。


一つの街が、一夜にして死んでいたんだよ。

大人も、子供も、妖精も、人狼も、小鬼も、ありとあらゆる種類の死体があったという。

朝、まだ生暖かい無数の死体があちこちに横たわっていた。


街を彩る鮮血が、陽光と幻想リソースに抱かれ──おかしな表現だけどさ──ひどく美しく見えたんだって。


今となっては何が発端でその虐殺が起こったのか、誰が直接手を下したかはわからないし、どうでもいいよ。

その虐殺自体は、歴史の中で語られるような、とっくの昔に風化してしまった過去の出来事なんだから。


とはいえ──そこに一人の魔術が居合わせたことが、別の物語を生み出した。

生み出してしまった、というべきかな。

その魔術師は虐殺があった次の日の朝に、たまたま街にたどり着いたんだ。

その到着が一日でも早ければ、その虐殺は防げたかもしれなかった。


彼は、魔術師としてはおかしなほどの技量を持っていて、そして彼なりの善意を持っていたから。

弁は立つ方ではなかったが、しかしその場に間に合っていたのであれば、間違いなく事態の収拾に尽力していただろう。


でもまぁ……彼は間に合わなかった。

彼が舞台に上がったのは、すべてが決定的に終わってしまった場面になってからだった。


そう、それですべては終わりのはずだった。

時代の過渡期、そのような悲劇があったという事実で、悲劇の幕は下りるはずだったのだ。

悲しいけど、仕方がない話としてね。


でも──その魔術師は思ってしまった。

これで終わりにして、いいのか、と。

本当に……真面目なことに。


常に剣の仮面を被っていたその魔術師は、己が間に合わなかったことを知った。

知ったうえで、何かできることはなかったのか、必死に考えた。


だってさ、彼は善い人だったんだぜ。

悲劇を前に、自分には関係のないことだと見て見ぬ振りをできる人間ではなかった。

己が間に合わなかった事実を、何の感傷もなしに受け入れることができる人間でもなかった。

別に聖人ではなかっただろうけど、それくらいの人間でもあった。


彼はだから──何か自分にできることはないかと考えてしまったんだ。


おびただしい数の死体を前に、歪む視界の中で彼は立ち尽くしていた。

もう明らかに終わってしまったモノに、どうにか手を差し伸べようとした。

それこそが己の使命だと思ったのだろう。

無力感と絶望のはざまに膝をつき、懊悩おうのうの時を過ごした。


……果たして、そんな彼がその決断をするのに、どれほどの時間をかけたのだろうね。


恐らくそこまで長い時間は残されていなかったはずだ。

死んだ人々は幻想の風にさらされ、一秒ごとに“果て”へ回帰しようとしている。

死体がそのカタチを喪ってしまえば、もはや彼らは完全に過去のものになる。

そうなる前に魔術師は決断を下す必要があった。


そして、極限の状況の中──幸か不幸か──魔術師は、一つの手を思いついたんだ。


それは、まともな状況であれば決して思いつかない方法だったと思うよ。

だけど、彼がその手を思いついたとき、迷わず手が動いていた……って言ってたね。

数世紀前より邪法とされていた言語テクストを街全体に敷いた

その場で一から刻むにはあまりにも大規模な魔術であったが、しかしできてしまった。


──“転生”という魔術がある。


それは元々、第二次神剣戦争の時代、暴虐の英雄ユイトが、己の延命のために開発させたとされている。

朽ちていく物質フィジカルを、別の人間ラングのものと接続させることで、新たな存在としてこの世界にカタチを刻む。

“果て”への回帰の否定。言語テクストの改ざん。

生と死の正常な循環を止めかねない魔術として、ユイトの名と共に忌み嫌われていた。

この12世紀という暗黒時代においてさえ──邪法とされるほどに。


当然、魔術師もおいそれと使う気はなかった。

むっかしの魔術だけあって、単純な構成だから、実践はもちろんできたとしても、ね。


……しかし、それしかなかった。

すでに終わってしまった悲劇を、続けるためにはそれ以外の方法がなかったんだ。


ただね、たぶん、邪法を使うことに罪悪感みたいなものはなかっただろう。


魔術師の彼は、その時、これが善であると思って事をなしただろうか。

己が犯した罪を償う唯一の方法とさえ思っていたに違いないよ。


おかしな話だ。

間に合わなかったことも、救えなかったことも、彼は本来、何ら責められる立場にはいなかったはずなのに。


それでも、彼は確信と使命感を持って、その魔術を行使した。

言語テクストを刻み終え、幻想リソースを持って、世界にその事象を描写してみせた。



──そうして、終幕エピローグまで到達していた悲劇は、おかしな形で続くことになったんだ。



その日、街に光が走ったらしい。

仮面の魔術師が言語テクストを稼働させ、街全体を包み込む巨大な魔術を完成させた。

この時、魔術が失敗していればあるいはそれで終わったのかもしれないが、

しかし──男が執念で刻んだ言語テクストは、あまりにも完璧だった。



……そこに転がっていたおびただしい数の死。

数百、いや千以上の存在が、その街では死んでいた。

そのすべてを──彼は“転生”させた。


街の人々は完璧に死んでいたが、それでもカタチは残っていた。

それぞれがわずかに残していたカタチを集積し、接合し──死は否定された。



……そしたらね、出てきたんだ。

一人の少女が“転生”され、生み出されてきた。

あらゆる死を集めて出来上がった彼女の瞳は、さっきまで街を彩っていた鮮血と同じ、ぞっとする美しさを湛えたカーバンクルだったという。




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