200_人形遣い
【9】
【説明】
【人形遣いのマリオン】
人形遣いのマリオン。
その所属は旧王朝軍を母体とする傭兵ギルドにあり、その中でもある種の鬼札的な立ち位置にいた偽剣使いだ。
通常の仕事において、まずマリオンは出てこない。
他の所属メンバーが失敗、逃亡、あるいは依頼主とのやり取りに不備が生じたときに、ようやく引っ張り出される。
それはマリオンが、どれほど困難な任務をも完遂可能な実力者あったから──というのは一面的な話だ。
腕利きの精鋭ならば、組織のほかにも大勢いた。
だが、もう失敗してしまった任務にしか出てこないような奇妙な存在は、マリオンしかいない。
ある時はすべての責任を逃げ出した兵士に押し付ける形で丸く処理。
怒り心頭の依頼主に対して、マリオンがその指を、つい、と振れば事が収まるのだという。
途中で投げ出され、人間関係的にこじれてしまった案件をも、マリオンはすべてきれいに片をつけるのである。
ギルドの汚れを落とすのがボクの役目、というのがマリオンの口癖であった。
鬼札といえば聞こえはいいが、要するに組織全体を敗戦処理を任されているに等しい。
とはいえマリオン自身は、そのことを厭がっている様子はなかった。
むしろどこか楽しんでやっているような、不敵な笑みを浮かべているのがこの人形遣いなのだった。
そして、マリオンの出自を知る者は、実のところあまりいない。
マリオン自身、自らの語ろうとはしなかったし、誰も聞こうとはしなかったからだ。
どこで生まれて、どこでその特異な技能を身に着けたのか、それはギルドメンバーでさえ把握していなかった。
それでも嫌われていたという訳ではない。
その奇矯な言動とは裏腹に──多くのものは意外に思うのだが、マリオンはギルドにおいて相当な古株であり、ギルドからの離反などは一切していない。
古参のメンバーが口を揃えて「いつの間にか居た」と述べる存在であった。
マリオン自身は意外なほど義理硬く、組織にとっての面倒な処理を好んでやってのける貴重な人物であり、結局のところ、それさえはっきりとしていれば何者であろうとも問題なかったのである。
とはいえ──マリオンについて、もう一つ、ギルドの人間たちが言うことがある。
“アイツとだけは絶対に組みたくない”
と。
実力も、人格も、確かに信頼されてはいたのだが、マリオンと一度でも任務を共にした者は、必ずそう言うのだった。
例外はギルドの中でも腕利きにして、マリオンと並ぶ変人として知られていた一人の“ガンマン”だったのだが、彼は彼で単独での行動を好んだので、結果的に、マリオンは何時も一人で任務をこなすしかなかった。
……実のところ、マリオン自身は、そのことについては、少しだけ寂しいと思っているのだが、あまりそれを前に出したことはない。
仕事をこなすのは、一人で十分といえば十分だったからだ
ただ、組む相手がいるのならば、全力で“遣って”あげることもやぶさかではなかった。
◇
舞台に飛び込んだキョウを待っていたのは、月と妖精による、復讐の物語であった。
空に浮かぶ二つの月と、白妖精・黒妖精の物語。
キョウは目をぱちくりとさせながら、狂言回しとしてそんな物語へ飛び込んでいた。
「早く、この物語を終わらせて、聖女サマに会わないと──」
そう声を漏らしつつ、キョウは薄暗い月面を駆けている。
と、いってもどのような台本なのかは、キョウだって知らない。
だから足を急いだところで何も意味はないのかもしれないが、それでも逸る心を抑えられなかった。
今頃ロイとカーバンクルも、それぞれ別の物語を演じている最中のはずだ。
そう思うと、足を止める訳にはいかなかった。
ちなみに翼を広げることはできなかった。
キョウに与えられた、この物語における役割に合致しないから、となんとなく考えていた。
また偽剣を出すこともできなかった。
そういう意味では今の状況はあの“東京”と同じだった。
とはいえ彼女にとって何もかもわからない異世界だったあの場所に比べると、ここは王朝時代の安全弁が効いているので、身の危険という意味では小さいだろう。
そう自らに言い聞かせることで、キョウは努めて落ち着いて進むことができていた。
──あの“東京”へ転移したことで、ちょっとやそっとじゃ動じなくなっているのかもしれません。
と、そうして月を歩いていた、そのときだった。
ぱりん、と硝子が割れるような音がして、転がり込んでくる影があった。
「きゃは!」と甲高い声が上がる。
氷を思わせる青白い髪。美女とも美男子ともつかぬ容貌をした人間が、唐突にキョウの前に現れていた。
「いったいなぁ、もう。この時代の言語いじるの難しいんだよねぇ、あーいやいや」
え、とキョウは声を漏らす。
そう、目の前の誰かは、明らかに人間だった。
この物語の登場人物たちは、舞台に飛び込んだ狂言回し以外は人形のはずだった。
しかし、この誰かは当たり前のようにキョウの前に現れている。
その事実に、キョウはとっさに剣を抜こうとしたが──しかし、偽剣は抜けない。
「……うん、あれ? 君誰?」
動けないキョウに対して、誰かはひどく面倒くさそうに声をかけてきた。
が、キョウが何かを口にするより早く、誰かは「あーなるほどなるほど」。
「うんうん、この舞台の正しいお客さんってことね。
ボクみたいな不真面目な方法じゃなく、真正面から乗り込んできたってわけだ。
だから稼働している物語がもうあったんだぁ、いやぁ、助かったなぁ。おかげでここまでが楽だった」
「え、ええと……」
「あれ? でも何でわざわざこのタイミングで、こんな僻地の舞台に?
ううん?」
立ち上がった誰かは、ずい、と顔を近づけてきた。
まずキョウの顔を見て、次に腕を見て、足を見て、そして衣装の腕部に縫いつけられていた聖女軍の紋章を見た。
「あ! もしかして君!」
ぱっ、と誰かは表情をほころばせた。
「ボクの味方なんだね!」
人形遣いのマリオン。
その異名を持つ彼あるいは彼女こそ、聖女軍からの依頼により派遣された偽剣使いなのだった。
200話到達




