199_復讐の物語<上>
【10】
【復讐の物語:前編】
【キョウとマリオン】
「ふんふん、なるほどぇ。キョウちゃんは聖女戦線からわざわざ来てくれたんだ」
キョウの言葉を受けて、マリオンは「わかるわかる」としきりに頷いていた。
「なるほどなるほど、涙が出そうな理由じゃないか。そんなつらい過去があったなんて……」
「ええと、そんな別につらい話でもないんですが」
「あれ? そうだった? でもボクがそう思ったから、それはたぶん悲しい話なんだ」
そう言って、きゃははは、とマリオンは歯を見せて笑ってみせた。
その顔は口にする言葉に反してひどく楽し気であり、無邪気な少年のようだった。
と、言ってもマリオンはキョウよりも幾分か齢が上のはずだ。
この人形遣いは、聖女軍から送り込まれた特別な偽剣使いであり、卓越した技量を誇るのだと、ホワイトから事前に聞いていた。
「いや、でも仲間と合流出来てよかったよ。
聖女軍の人らもボク一人でやれなんてケチィこと言ってて、ボクは正直寂しかったんだよねぇ。
やや至極恐悦ありがとう!なんてハッピーエンド!」
きゃはは、とまたしてもマリオンは笑い、さらには、くるり、と一回りして見せた。
身体にフィットした伸縮性の高い衣装を身に纏っていることもあり、その線の細い体躯に目が行ってしまう。
氷を思わせる青白い髪が短く切り揃えられていることも、その中性的な印象を助長していた。
「いやいや、ボクはもともと一人が多かったけどねぇ。
なんで知らないとギルドの連中、ボクと一度組むと二度とやりたくないっていうんだよねぇ。
不思議だぁって思っちゃう。ボクと組んだらまず任務失敗もしないのにね。
あー、アイツぐらいだよ、ホント。あの猫好きの電波ガンマンくらいしかボクとやってくれないんだよなぁ。
アイツもあの性格じゃあボク以外とは組めないだろうし、ベストパートナーなんだよな。アイツがさ、結局、うんうん」
マリオンはキョウを置いて先を行きながら、早口で次々と言葉を巻くしてていく。
よく通るきれいな声ではあるが、そもそもキョウへ向けたものかさえ判然としない内容で、口を挟むことができない。
猫好きのガンマン、といった言葉が少し気になったが、それを聴く前にマリオンは先に行ってしまう。
「あ、待ってください。ちょっとここよくわからないんで……」
そう言ってキョウは月の地面を蹴った。
……これは何時か来るかもしれない未来の話。
姿を消してしまった妖精は、実は月に住んでいたのです。
二つの月のうち、明るい月に住んでいる妖精は、白妖精と呼ばれ、
暗い月に住んでいる妖精は黒妖精と呼ばれていました。
その二つの妖精たちは、同じ妖精符丁を共有してはいましたが
お互いのことを決定的に違う存在と考えていたのです。
そこは暗い月の上であった。
あたりはほのぐらい闇に包まれていた。
闇以外に何があるのかは判然としない。
空を見上げればもう一つの大きな月が、ぼんやりとした明かりをこちらの月に与えてくれる。
「……暗い方の月、なんでしょうか?」
今日は与えられた舞台設定を思い返していた。
糸繰人形劇場に足を踏み入れた者は、必ずこうした演目に参加させられる──らしい。
先の入り口にてチケットを買った際、カーバンクルが説明してくれた。
“この劇場はお客さまには優しいのさ。
だから嘆息するには真正面から入って、チケットくださいと言えばいい。
もちろんお金は取られるがね”
その点はキョウも抜かりはなかった。
王朝時代まで使われていた通貨が必要だと聞いていたので、マルガリーテに頼んで用意してもらったのだ。
マルガリーテは諸々のキョウの行動に面を喰らったようだったが、しかしキョウの頼みならと微笑んで用意してくれた。
“聖女サマはこの劇場の奥まで引っ込んだらしくてね。
私たちはそれを追うから、舞台に立たざるを得ないんだけど──どうせ君も来るんだろう? 不殺剣士”
と、いう訳でキョウも自然と舞台に立っていた。
ロイもカーバンクルも、どうせ来るだろうという反応だったのは記憶に新しい。
とはいえ──誤算だったのはこの舞台の仕様だ。
この糸繰人形は、観客にもっとも臨場感のある世界を見せる。
演目ごとの台本に従い、物語世界がこうして生成され、観客にも役割が与えられる。
観客は狂言回しとして、舞台に実際に立たされるのだ。
そして──そうした性質故に、原則としてそれぞれの物語には一人の観客しか参加できない。
たとえ同じ演目であったとしても、別々に同じ世界を見せられることになる。
それ故に当然、キョウはロイたちとはぐれてしまったのだ。
「ううん、とりあえず聖女サマにたどり着くために、この舞台を終わらせないと駄目なんですが……」
呟きながらキョウは、あたりをきょろきょろと見渡す。
このほのぐらい舞台で、どこかに行ってしまったマリオンを見つけるのは難しい。
「──う、うぅ……」
と、代わりにキョウは別の存在が倒れていることに気が付いた。
人形であった。
キョウよりもずっと小さい人形が、苦痛を示した表情を浮かべて、倒れている。
「ゆ、許さない……! 絶対に、アイツらを」
それは人形──人形Xであると、キョウは自然と理解していた。
台本に従い与えられた舞台設定と同じように、それこそが主人公である少年を演じる少女人形であると、はっきりと認識したのだ。
この糸繰人形劇場において、観客は主人公ではない。
観客はあくまで一歩引いた場所から物語を眺める狂言回しなのだ。
主人公やヒロイン、悪役たちは、用意された人形たちが演じる。
そうして配置されている役者こそ、少女人形である。
「俺は──俺はあの白い妖精どもを決して許さないんだ」
人形Xは澄んだソプラノの声で、そう力強く言い放った。
かの主人公は台本では少年として設定されている。
そのため少女型であることを誤魔化すために、人形Xは髪や体型に力を入れて飾られていることがわかった。
とはいえ、それでも妖精としてはいささか大きすぎる体型だ。
まぁそのあたりは舞台だから、人形が演じるためにある程度デフォルメされているのも仕方がないかもしれない。
──ええと、この人形が主人公、でいいんですよね?
白妖精への怨嗟の声を漏らす黒妖精、X。
この物語はすべてを奪われた彼が、その元凶たる月に吠える復讐譚のはずだった。
だからキョウはここで彼に言葉をかけなければならない。
狂言回しとして、物語をスムーズに進めることができれば、早く聖女フリーダにたどり着くことができる。
そう思い、彼女は頭に浮かんだ台本通りの台詞を口にしようとしたが──
「──ああ、それが人形ちゃん?」
それを台本にない台詞で阻んだ者がいた。
その瞬間、きらり、と何かが見えた。
そのきらめきは怨嗟の声を漏らす人形Xをからめとり、静止させた。
「じゃあ、とっとと書き換えちゃおうか──ボク好みにさ!」
人形遣いのマリオンは、ニッと笑みを浮かべていた。
ちょっと更新が一週間ほど空くかもしれません




