197_やっぱりいた
【8】
【逃げ込んだ聖女を追った異端審問官と、不殺剣士が出会い、レギュラーキャラクター勢ぞろい】
【糸繰人形劇場、エントランス】
見上げるほどに巨大な扉であったが、言語が刻んであるのか、扉は触れると同時に自動稼働した。
ぎぃ、と悲鳴のような音を響かせながら、扉はゆっくりと開いていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
カーバンクルが警戒の声を滲ませて言う。
先ほどの接敵の際、聖女フリーダは事前に用意していたか──あるいはそこにあると見えていたのか──空間を穿つ秘密通用口を通り、劇場へと逃げ去った。
そうである以上、ロイたちは彼女を追って劇場へと飛び込むしかない。
──どのみち、自分たちに選択肢はないのだ。この劇場に入らないで闘いを終わらせることは、もうできない。
そんな確信を持っていたからこそ、聖女が万全の準備をして待ち構えているとわかっていても彼らは足を踏み入れた。
途端、扉が開いた時と同じ音を立てながら、ゆっくりと閉じていく。
視界から陽の光が途絶え、世界が切り替わる感覚があった。
扉の向こうにあったのは、広大な入口だった。
赤い絨毯がひかれ、ところどころに据えられた燭台が幻想を燃や、揺らめいている。
数世紀単位で放置されている場所であるはずなのに、埃っぽい空気は一切なかった。
床も、壁も、調度品も、あれだけ遠くに見える天井も、すべてぴかぴかに手入れされており、そこに流れる空気は決して過去の遺物のそれではない。
それを示すかのように、侍女服の服をまとった人形たちが、せわしなく入口を動き回っているのだった。
「糸繰人形……あれがこの劇場の」
「ああ、そうだ」
ロイのつぶやきに、カーバンクルは頷いた。
「あれが少女人形。機械信望者の、夢みたいなもんさ」
目を細めてそう呟く。
その口調には、ずっと前、この劇場を創り上げたであろう人間たちへの呆れが滲んでいるようでもあった。
だがその言葉に対して、人形たちはまったく反応しなかった。
それぞれが箒だったり、お盆だったりを携え、各々に与えられた役割をこなしている。
どの人形もロイの腰ほどの高さしかない。
小鬼より一回り小さいほどの人形たちの造形はどれも精巧な少女の面持ちをしている。
一つとして同じ顔のものはいないが、しかし受ける印象はどこか統一したものがあった。
「どこぞのギルドの処刑人形の方よりも出来がよさそうだ。
流石、人間時代の黄金期の人形たちだ。
売れれば結構な値がつくだろうよ」
「ならなんで、盗賊だのなんだのが来ないんだ」
「そりゃ、手を出せばこの劇場すべてが敵になるからさ」
カーバンクルは脅かすような口調になって、
「命なき無数の人形たちが、あらゆる手段を使って殺しにかかる。
人形だけじゃない。この劇場の塵一つにいたるまで、刻まれた言語に従って殺しに来るんだ。
そして仮にそれを退けることができたとしても、人形は外に持ち出された瞬間、内部に刻まれた自殺言語に従い自爆する。
セキュリティは万全なんだよ、この舞台は」
「……だから異形もいない、と」
「ああそうだ。静かなもんだろう? ここ」
そう話している間にもロイとカーバンクルは、人形たちとすれ違う。
彼らはロイとカーバンクルには目もくれず、黙々と作業をこなしている。
「大丈夫さ、私たちが善良な客であるうちは、向こうは何もしてこないよ」
「客ね」
「ああ、この劇場は私たちをもてなしてくれるはずだよ。
まずはチケット売り場に行って、そこで相応の対価を渡せば──」
ふとそこでカーバンクルは言葉を切った。
不審に思ったロイがその視線を追っていくと、彼もまた動きを止めた。
無数の人形たちが動き回る中、一つだけ、寝転がっている者がいた。
その者は偽剣を抱きしめるように、すやすやと寝息を立てている。
絨毯の上で寝がえりを打ったのか、その長い髪は癖がついてしまっていた。
不殺剣士のキョウだった。
ロイとカーバンクルは一瞬顔を見合わせたのち、ロイの方が一歩足を踏み出した。
途端──彼女は飛び起きた。
文字通り、翼を広げて少し飛び上がり、ロイへと剣を向けていた。
「────」
そして彼女はその色素の薄い瞳をしばたいたのち、
「──ううん、ロイ君たち、ついたんですか?」
剣を向ける手はそのままに、ひどく眠そうな声でそう返したのだった。
彼女が何故そこにいるのか。
ロイとカーバンクルには当然わからなかったが、しかし驚きはなかった。
何せ先ほどの劇場前でフリーダがそう言ったのだ。
不殺剣士も来ている、と。
“未来”の奇蹟を宿した聖女がそう言った以上は、必ずいるに違いない。
「やっぱりいた」
だからロイはその光景を、ある種当然のように受け止めていた。
まぁそうでなくとも、今までだって聖女の近くには必ずいた存在なのだから、そう驚きはなかったかもしれない。