196_聖女フリーダ
【4】
【六人目の聖女について】
【糸繰人形劇場、入場直前】
劇場は、丘の上にぽつんと存在している。
かつて平和の時代には、ここから発展した街を見下ろすことができただという。
だが当にそんな街は死んでしまっていた。
この暗黒時代に入ると同時に、街は火に焼かれ人は消えた。
あるのは乾いた幻想を含んだきらめきが降り積もる廃墟だけ。
そんな場所にあって、この劇場だけはまだ稼働していた。
自動稼働する少女人形たちによって、ぴかぴかの劇場が維持され、さらには増築まで行われているのだという。
そんな劇場の前に、およそ戦闘向きではない、ゆったりとした服装を纏った聖女がいた。
──その聖女は報告に会った通り、ロイたちを待ち構えていた。
切り揃えられた髪の向こうから、ぼう、と碧の色彩が浮かんでいる。
「……ようこそ。待っていた」
彼女は、自分を殺しにやってきた異端審問官たちに目をくれることもなく、そう抑揚のない口調で言い放った。
まるで、そのタイミングに必ず二人が到着することを、知っていたかのようだった。
すべて見通していたからこそ、誰もいない劇場の前で、ずっとここに立っていた──ようにも見えた。
「久々だな、第三聖女リュシエンヌ!」
待っていた聖女を認めるなり、カーバンクルがその名を呼んだ。
その手にはすでに偽剣『リヘリオン』が握られている。
刀身は紅く変化しており、完全なる臨戦態勢へと移行しているようだった。
それに対して、呼びつけられた聖女はやはり視線をこちらに向けることなく、
「今の私は、その名前ではありませんよ。
異端審問官“十一席”、1《アイン》」
「知っているさ。
だって前のアンタは私が討伐したんだぜ。
あの時はもっと背が高くてスタイルが良かった。
ちんちくりんになったな! はっ!」
「それは、三代前になります」
「あん?」
「あの時の私はご存じリュシエンヌ」
聖女は淡々と述べる。
「貴方に殺されて、まずカティアになった」
次にリズ、と彼女は繋いで、
「リュシエンヌ、カティア、リズと続き──今の私になった」
「ふふん、まぁアンタは、敵を作りやすい聖女だ。第一や第四と違って、どこに行っても嫌われる」
出撃前にカーバンクル受けた説明をロイは思い返していた。
──第三聖女、その聖痕は“未来”。
それはもっともわかりやすく、もっとも狂った形で発言した奇蹟だと、彼女は語っていた。
その奇蹟は単純明快であり──未来を予知することだという。
── 予知なのか、預言なのか予言なのか、まぁわかんないけどね。
とにかく彼女が告げた言葉は何があろうとも絶対に実現するのだという。
外れるということはあり得ない。
たとえば、いかな苦境に立つ人間であろうとも、彼女が生き残ると言えば必ず生きる。
逆に彼女が明日死ぬと言った人間は必ず死ぬ。
そして第三聖女は、問われたことには必ず答えるのだという。
自分の運命を問われれば、それを包み隠さず教える。
その結果として──避けられぬ運命を知った人間に逆上され、殺される。
そのような形での報告が相次いだ聖女だった。
「まぁでも、アンタの場合、自分が死のうが、生きようが関係ないだろう。
“転生”した瞬間、今までの記憶も自我も、全部見えるんだから」
そう。
第三聖女の奇蹟は、未来だけを見通すものではない。
過去も、現在も、あらゆるものを見通す力だ。
未来を問われることが大半だったがゆえに、“未来”の名を関することになったが、しかし過去も同様に視ることができるだという。
──たぶんアレにしてみれば、過去も、未来も、そしてもちろん現在も、区別なんてないんじゃないか。
そして、その副産物として、第三聖女は完璧なる“転生”を果たすのだという。
その奇蹟を受け継いだ瞬間、次の聖女はすべてを知ることになる。
過去も、未来も──その中には当然、今までの聖女の行いもすべて知ることになる。
一度も“転生”をしなかった第一聖女ニケアとはまた違った形で、第三聖女は永遠を体現しているのだった。
「しかしアンタももうここで終わりだよ。
何といっても今日はね、我が“教会”の精鋭を──」
「──私には視える。
私はここで殺される。
私という自我は、ここで終わりを迎える」
カーバンクルの言葉を引き継ぐような形で呆気なく彼女は言ってのけた。
ここで終わりになる、と。
「……そう異端審問官8《アハト》は私を殺し、そして最後の聖女と相対することになる」
己の死を茫洋と語る彼女に冷たい感情を抱きながら、ロイもまた剣を抜いていた。
「でもその結末は、ここではない。
まず雨が降っていた。
そこでロイが私を突き刺し、血まみれになった私は言葉を吐く。
あのシーンは必ず来ることになっている。
だから、私はここは生き延びなくてはならない」
なおも第三聖女は変わらず淡々と語った。
果たしてそれは、誰に向けた言葉であったのだろうか。
ロイも、カーバンクルも、全く理解の届かない理屈だった。
「──ああ、そう」
不意に、唐突に彼女は顔を上げ、カーバンクルを見据えた。
「これを言っておかなければならない。
今の私の名は、フリーダ」
そう告げられた時、カーバンクルが目を見開いたのがわかった。
「他はどうでもよかった。
でもこの名だけは、決まっていた。
この名をもって、私はあなたたちに殺されなければならないから」
◇
ああ、と付け加えるように聖女フリーダは言った。
「あと二人、この物語にはキャストがいる。
一人はあなたたちもよく知っている人間」
機械的に、彼女は告げるのだった。
「不殺剣士キョウもすぐにこの場にやってくる」