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虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
196/243

195_出発前


【1】



【導入部:主題となる彼女について】


【“教会”の塔、異端審問官のフロア】




「第三ねぇ……私はアレの相手、苦手なんだけど」


告げられた任務概要に対し、カーバンクルは頬をかきながら不満を漏らした。


「正直、私じゃ手に余るよ、あの聖女は。

 そりゃ一番強いのは第一だったし、一番ハタ迷惑なのは第四だったけど。

 それでも一番関わりたくないのは第三だった」

「とはいえもう他に人がいないのですよ。ご理解のほどを、1《アイン》」


対する10《ツェーン》は変わらず冷めた面持ちで彼女のことを見返している。


「3《ドライ》や4《フィア》は以前、第三聖女の確保に失敗していますし、あまり使いたくないのが本音です。

 9《ノイン》はいま別に任務を行っていますし、2《ツヴァイ》に至っては──」

「まぁ、それはわかっているよ。

 アレの場合、下手に大人数で行っても事故になるだけだ。

 だから少数精鋭で、ささっと終わらせてしまいたい」

「ええ、アレは別に抵抗はしない聖女です」


だから、と10《ツェーン》は薄く笑った。

薄紅色の瞳を細め、カーバンクルの後ろに立つロイに一度だけ視線を向け、


「だからここで終わらせてしまえばいい。

 アレの一番厄介なところを、そこの8《アハト》ならば無視できるでしょう」


ロイは答えなかった。

答えを求められていないことは自明だったからだ。

10《ツェーン》は今になってなお、彼と不必要な言葉を一切交わそうとしない。

時おり向こうから話を振ってくるくせに、答えると憎悪を滲ませるのである。

その頑な態度は“教会”に所属してから今になって、一切崩れる前兆はなかった。


「……わかったよ、とりあえず準備が整い次第、第三聖女討伐のために出撃する。

 場所は? こうして話を持ってくるということはわかっているんだろう?」

「ええ、もちろん」


彼女はそこで後ろの球体を指先で操作する。

透き通る水晶が形成され、そこに像が刻まれる。


それは──異様な建物であった。


木でできた、縦に高く伸びた建築物のようだった。

壁には細かいあしらいが施されており、あたりに置かれたオブジェも芸術的な造形となっていた。

だが異様なのは、その建物に張り付いた人形だった。


再現された像の中で、無数の人形たちが動き回っている。

ある人形は壁に張り付き、ある人形はオブジェをいじくっている。

少女の姿をした小さな人形たちが、建築物を整備しているように、ロイには見えた。


「……糸繰人形劇場マリオネット・ステージか」

「ええ、“冬”の辺境に形成された、冗談のような遺跡です」

「遺跡、というのには、まだ現役で稼働していると聞くがね。

 8世紀に機械信望者によって建造され、自動稼働する人形によって整備され続ける舞台。

人形たちの耐用年数は999年という話で、それが本当なら死ぬのはずっと先の話だ」


10《ツェーン》は首を振って、


「盗賊たちでさえ、踏み込まない舞台です。

 誰も見るものがいない舞台、それに何の意味が? すでに死んでいると同義でしょう」

「……さて、ね。 

 それはそうと、こんな場所に今の第三聖女はいるのか。そりゃ名前だけなら有名な場所だが、今や何もないし安全とも言い難い」

「第三聖女の動向は、ほかの聖女と比べても特別に意味不明なものです。

 考えたところで意味はないでしょう」

「もっとも明確に、わかりやすく発狂している聖女、か」

「ええ、何故かこの聖女は今この舞台に滞在していると報告を受けています。

 まるで、何かを待ち構えているように、と」


ロイはニケアの言葉を思い出していた。

もしかすると、第三聖女も──自分を利用としているのだろうか。

舞台装置として、己の物語に終止符を打つために。


「……まぁ、承知した。

 とりあえず第三聖女討伐に向かうさ」

「ルートはこちらで指示します。おそらく複数の言語船テクストシップを乗り継ぐ形になると思いますが」

「へいへい、ま、あの辺に正規軍がそう用事もないだろうしね。

 聖女軍との講和も含めて忙しい時期だろうし……」


カーバンクルは言いながらロイの肩に、ぽん、と手を乗せた。


「六回目になる“聖女狩り”だ。

 まぁ、今回もよろしく頼むよ」


そしてまた、ニッ、と悪戯っぽく笑うのだった。








そうして任務が下ったロイは、出撃前の装備を整えるため工房に向かうことを選んだ。

加えて工房に向かったのは、それに加えて以前から打診していた計画──聖女の言語テクストの接合についても聞くためであった。


この世界を“現実”として生きていくことを決めた今でも、桜見弥生に再会することを諦めたわけではない。

これからどう生きていくにせよ、避けては通れない命題であるような、その想いをロイは抱いていたのだ。


「──おっと、我が精鋭エース。さっそくまた仕事かい?」


その途中、ロイは声をかけられた。


「えらいねぇ……まぁあの10《ツェーン》ちゃんがお前に休みなんかよこさないだろうけど。

 全く女の機嫌一つで仕事量が変わるんだから、たまったもんじゃねえよなぁ……お互い」

「……3《ドライ》」


その野太い声の正体を察し、ロイは平坦な声で応えた。

3《ドライ》はこの党にあっても仮面を被っている。

どうやら彼はあの東京への転移に巻き込まれなかったらしく、それもあってか聖女戦線を生き延びることに成功したようだった。


彼について、ロイはまだよく知らなかった。

直接任務で同行したことは今まで一度もないはずだった。

とはいえカーバンクルやハイネから伝え聞く彼の評判は、あまりいいものではなかった。


「相手はなんだ? まぁもう第三ぐらいしか残ってないか。

 ほかはもう、ほとんどアンタが倒しちまったからなぁ」

「……第四だけは、取り逃した」

「なんだ気にしてんのか。それくらいの失敗いいだろう、別に。他に十分な戦果を挙げてんだから。

 いや10《ツェーン》の奴はいろいろグチグチ言ってくるかもしれんよ。

 そりゃほら、振られた女の八つ当たりみてえなもんだから聞くに値せんよ」


だが彼はいやになれなれしい態度で絡んでくる。

壁によりかかり、砕けた口調で喋りながら、しかし仮面を取る素振りはなかった。


「で、今回のパーティは? 

 ハイネの奴は謹慎食らっちまったし、俺には声かかってねえし……」

「また1《アイン》とのパーティになる」

「1《アイン》殿も働きものだねぇ! まったくもってリーダーたるもの、もう少し構えていればいいものを」


3《ドライ》はそこでわざとらしく驚いた素振りを見せ、けたけたと下品な声で笑ってみせた。

そんな彼を、ロイは無言で見返すのみだった。


「1《アイン》殿も、なんか割り切ったのか最近えらい落ち着いているしな。

 笑っちまうねぇ……昔はあんなにフリーダフリーダうるさかったのに」

「……フリーダ?」

「おう、知らないか?」


ロイの反応に、3《ドライ》は、面白いものを見つけた、というように手を叩いた。


「我らが1《アイン》殿はね、その昔は第三聖女に異様に執着していた時代があったのさ。

 そうだな──あの紅い女が先代の人形ペットだった時代は特にそうだ」



ひどく下品な男だ。

ロイは3《ドライ》に対してそんな印象を受けた。





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