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虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
195/243

194_紅い、からっぽの彼女


【11】



【記憶の物語:前編】


【劇場内:見渡す限り続く本の海】




「司書さま、赤い塩の海の本はどこにあるのですかー?」

「そうそう、“嫉妬”の棚を探しても探してもなかったのだけど! どういうこと!」

「えーγちゃん、司書さんにお願いするときにそんな迫っちゃだめだよ」

「なんでよ! こんな可愛くない男、気を配る必要なんてないじゃない! 可愛いアンタとは違うの!」


人形γが頬を膨らませて言うと、人形αが「あはー」と楽しそうに笑って、


「ごめんなさい、司書さん。γちゃん、こんなのだけど、司書さんのこと、そんなに嫌っていないのです。

 だから罪本を紹介してあげてください。お願いします」


言われたロイ司書は、さてどうしたものかと思ったが、不意に頭の中に言葉が浮かんできて、


「あの本は厳密に言うと罪本じゃない」

「えー?」「なんでよ!」

「あそこに刻まれているのは、地獄の話だからだ。

 地獄は罰を与えるところ、これから君たちが行くところ」

「でも! 私あれを読みたいの!」


口をはさんできたγは言いよどみ、硝子ガラスでできた眼球を動かしたのち、


「だって、その、あれにはたぶん……私の名前が載っているから」


それを聞いたロイ司書は意図的に間を作って、


「そうか……じゃあ、“悲嘆”の棚に行くといい。

 詳しい場所は──」


彼は何故か知っている場所を口にする。

するとαとγは顔を明るくして「行ってくる!」と行って走っていった。

この図書館で走るのはダメだ、というよりも早く。


「…………」


αやγだけでない。

他にも少女人形マリオネット・ヒロインたちが本を探しているのが見えた。

一体や二体ではない。数十の人形たちが、己を人形だと気づくこともなく、与えられた役割を果たしている。



 この多層神域図書館は魂の牢獄である。

 かつて現世で罪を犯した魂たち。

 しかし何が罪でわからなかったため、罰を受けることができなかった魂。

 彼らに対し、天の意志は慈悲を示した。

 この図書館に魂を誘った。ここにはあらゆる記憶が集っている。

 その中から自らの罪を刻んだ本を見つけることで、彼らは外にいけるのだ。



そして、ロイはその図書館の司書を任されていた。

天の意志に誘われ、この図書館にて少女人形マリオネット・ヒロインを見つけてあげる。

それが、彼の役割なのだった。



「……この演目は気に入った?」


不意に聞こえた言葉に、ロイははっとして身構えた。

ソードリストを意識。そこから偽剣ソードレプリカ『ニケア』を抜こうとするが──


「抜けない。神域の司書は、剣なんて持っていないから」

「そういえば、今の俺はそういう立場なんだったな」

糸繰人形マリオネット・ステージはすべてのものに役割と、台本を与える。

 そうして演じられる舞台より、無数の幻想リソースが自動生成される。

 だからこそ、永久に舞台が続く……」


灰色のカソックもいつの間にやら消え去っていた。

彼は今、この奇天烈な立場に誘われ、着た覚えのない臙脂えんじ色のスーツなどを与えられている。


同行したカーバンクルもまたこの場にはいない。

加えてやっぱりついてきたキョウもまた、舞台に踏み込むと同時にどこかに消えてしまっていた。

あの扉をくぐったさきに、この舞台が待っていたのだ。


台本ブックから離れることはできない。

 私たちは、舞台の上の糸繰人形マリオネットと何ら変わらないから」


そう滔々と語るのは、碧の瞳をした少女。

あの東京に確かにいたはずの幼馴染と同じ顔をした誰か。

ロイが対面するのは六人目となる──聖女であった。


実年齢のほどはわからないが、一見して弥生と同年代ほどの年齢に見えた。

だが髪はばっさりと短くなっており、切りそろえられた前髪から除く碧の瞳は無表情そのもので、まるで人形のようだった。

否、この劇場に住まう人形たちの方だ、よほど感情豊かに動き回っていたようにも思う。


「何の用だ。聖女」


ロイは息を吐いて、そう問いかける。

だがまともな答えが返ってくることは期待していなかった。

この第三聖女は、今まで会ったどの聖女よりも言葉が通じない存在だということを、すでに悟っていたからだ。


「さぁ? 私はただ物語構造プロットに、こうする、と書かれていたから、それに従ったまで。

 私は貴方とここで会話することが見えた。

 そしてそれが絶対である以上、私はそれに従わなければならない……」

「そういう迂遠な会話に付き合う気にはなれない」

「ええ、知っている。

 だけど、あなたはここで私と会話し、衝撃を受けることになっている」


ほのぐらい図書館にて、第三聖女は口調を変えずに言った。

笑ってしまいそうな物言いだが、ロイは身を固くする。


耳に蘇るのは、ニケアの言葉だった。

あの闘いの最中、ハイパーネタバレ女、などと呼んでいた聖女がいた。

そしてそれこそが──


「さて、私はここで告げることになっている。

 この舞台において誰がが主役であるのかと、この物語の主題を、この物語の結末を」


ロイはその言葉を遮ることも、耳をふさぐことも間に合わなかった。


「まずは結末、私はここで死ぬ。貴方に殺される」


言葉が続く。


「次に、この章における主人公は──あの紅い、からっぽの彼女。

 アカ・カーバンクルアイ。

 そう名乗っている、あの人」


言葉が続く。


「あの人が、ロイ田中と同じ“転生”した存在であることを示され、その正体が語られるエピソード……」


一切の感情の揺れを見せることなく、“未来”の第三聖女はその台詞を言い終えたのだった。



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