表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構転生//  作者: ゼップ
きっと救われる物語の奴隷たち
193/243

192_1と8、何度目かな


【3】



【導入部:会話】


糸繰人形劇場マリオネット・ステージ 到着前】




言語船テクストシップに揺られながら、ロイは欠伸をかみ殺していた。

対面に座るカーバンクルもまた退屈そうに窓の向こう、幻想リソースのきらめく空を眺めている。


「…………」

「……暇だ」

「うん、そうだねぇ、田中君。暇な時は仕事がうまく行っている証左という考え方もあるが、まぁそれと感情は違うのもまた事実」


第三聖女討伐の任務に繰り出されて既に一週間。

その間に三台の言語船テクストシップを乗り継いだが、未だに目的地は辿り着かない。

このあと一度“教会”の別動隊と合流したのち、また別の言語船テクストシップに移る必要がある。

その後、僻地の拠点にて降りた先は徒歩だ。


観測された場所を鑑みても非効率的な動きだった。

とはいえ“教会”全体のことを考えるなら仕方がない面もあった。


──聖女戦線での一大決戦と、同時に起こった怪現象、そして不可解な決着。


“はじまり”にして最強の聖女であったニケア。

“教会”側の最高戦力である絶世の騎士、エル・エリオスタ。

その二つの力の激突によって長きに渡る戦争に決着がついた。

結果的に聖女ニケアは討ち取られた。

彼女を核としてまとまっていた聖女軍は当然急速に勢力を低下。

今なお抵抗自体は続けているが、あちらとしても士気が大分下がっているのか、それまでと一転して講和の動きが出ているらしかった。


あの戦争は一つの決着を迎えたといえるだろう。


もっとも、その決着の仕方は非常に特異なものであった。

ニケアとエル・エリオスタの激突により層転移現象が引き起こされた、という報告が上がっている。

それはロイからすれば、あの“現実”への帰還を意味していた。


あの東京が何であったのか、ロイはいまだに答えを出しきれてはいない。

少なくとも彼が最初にいたはずの、桜見弥生という少女がいた東京ではなかった。

しかし非常に近しい街であり、そこで彼は“ロイ田中”とも出会った。


そして、結局こちらの世界に帰ることになった。


巻き込まれたのはロイたちだけではなかった。

両陣営共に三割近い行方不明者が出たという話もある。

その混乱は非常に大きかったが──しかし先述のようにニケアの討伐によって、事態は半ば強制的に収束していった。

この“現実”に返ってきた以上は、起こったことを受け入れるほかないのだ。


「……第一聖女が消えた以上、“教会”のシステムもまた大きく変わると思うよ」


不意にカーバンクルが口を開いた。

視線は窓に向けたまま、ロイのことを見ることもなく彼女は言葉を続ける。


「“教会”の対聖女戦力は聖女軍、つまりは第一聖女にほぼ向けられていた。

 それが収束した以上、組織が大きく再編されることは間違いない」

「……再編して、どうするんだ」

「そりゃ新しい秩序構築よ。そのために“教会”は存在してるんだから」

「そのお題目、本当だったのか」

「さぁ、誰も信じちゃいなかったかもしれないけど、それ以外やることないんだから、まぁやるんじゃない」


やる気なさげにカーバンクルは言い、そして再び場に沈黙が訪れる。

元々は部隊のブリーフィング用として存在したであろうフロアだ。

二人ではいささか広すぎる。

異端審問官に与えられたこの一室に、正規軍が近づくこともない。


「……もうじゃあ、“聖女狩り”は終わりか」

「うん?」


ロイが呟くと、カーバンクルは顔を上げた。


「すでに“教会”は“聖女狩り”の次に目を向けているということだろう?」

「うん、まぁね。

 残っている聖女のうち、第七は既に“教会”が確保しているし。

 あとは何かとしぶとかった第三を討てば、それでおしまい。

 あ、まだ第四が“転生”してくる可能性もあるのか」

「いや、それはどうだろうな」

「うん?」


第四聖女。

“正義”の奇蹟を体現するあの聖女は、確かにロイは逃してしまった。

手首に巻かれたソードリストには彼女の言語テクストだけは刻まれていない。

それゆえ、再びあの奇蹟の力がこの世界に降り立つ可能性は確かにあった。


だがロイは、あの東京にてニケアが告げたことを思い出していた。


「……もう聖女は“転生”しないかもしれない。

 たとえ、俺が終わらせなくとも」

「ほう、それはなんで?」

「……もう誰も、それを望んでいないからだよ」


そして、それを叶える太母グレートマザーの存在も既にない。

もちろんそれが理屈になっていないこともわかっていた。

あの東京でニケアが語った“はじまり”については、結局誰にも報告していない。

どこまでほんとうで、どこまでが虚構なのか、誰にもわからなくなるような、そんな話だったからだ。


なので当然、カーバンクルはロイの言葉の意味を理解できなかったはずだが、しかし彼女は、ふむ、と漏らし、


「聖女専門家の田中君の見解が言うなら、まぁそうなのかもね。

 とはいえ万全を期すためにも、第三聖女は殺してもらうよ。

 まぁ君の場合、言わずとも勝手にやってくれうだろうが」

「それ、もう、止めたよ」

「え?」

「田中のこと」


ロイはそこでふっと微笑んだ。


「田中って、こっちの世界じゃ変な名前だろう?

 だからもう、止めた。新しい名前を考えるのも面倒だし、とりあえず今後はロイで通していくよ。

 こっちで生きていくと決めた以上は、割り切った方がいい」

「……ふうん、なるほどね」

「それと──」


彼はそこで一瞬言いよどんだ。

あらためてこれを口にすると、どうしても笑ってしまいそうになる。


「聖女との闘いの後もことも、考えないとな。

 聖女を皆殺しにして──それで全部終わりじゃないんだから」


そう言うとロイは、少しだけ、穏やかな心地になっていた。

あるいはもしかしたら、もう聖女を殺すことなどないかもしれない、と思うほどに。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ