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虚構転生//  作者: ゼップ
雨、邪悪なる理想の聖女
19/243

19_ゆっくりと苦しみをもって


……それから、ほんの少しだけ、その奇妙な平穏が訪れた。


「しばらくここにいて構いませんから」


アマネは田中とキョウに対し、そう言ってのけた。

宿代も食費も何も要らない。行く場所に困っているのならばここを使うといい、と。

そうして案内されたのは祈祷場近くの石造りの建物で、客人を通す部屋がそこにあるとのことだった。


当然その申し出に、二人は面食らうことになった。

その厚意自体はありがたいものであったが、何故彼女がそこまでしてくれるのかがわからなかった。


「何故って、困っているのでしょう? 貴方がたは」


そう尋ねると、さも当然、という風に聖女アマネは答えた。

何故田中たちが疑問に思うのかがわからない、という風ですらあった。

困っているから助ける。そんな単純な理屈を、彼女は語るのだった。


その申し出に戸惑っていた田中たちだったが、しかし実質一文無しの田中はもちろん、とりあえず彼の落ち着ける場所を、ということで着いてきてくれたキョウにしてみても願ってもない話だった。

それ故に、二人は迷いつつもその申し出を受け入れることとなった。


ざざ……と柔らかくも鋭敏な雨音が途切れなく鳴り響く。

数日経っても、雨は変わらずに降り注いでいた。

本当に、この街の雨は止まないのだった。


「……カーバンクルさん、どこに行っちゃったんでしょ」


雨の中にあって、キョウが不安そうにそうこぼした。

田中とキョウはそれぞれ一室ずつ与えられていたが、時おり彼女は田中の様子を窺いに来る。

まぁ――ここに来るまでの彼の情緒不安定さを思えば、放ってはおけないのだろう。


そしてカーバンクルはここにはいなかった。

あのとき街に着いてはぐれて以来、彼女は姿を消していた。


「うーん、何度かあのあと探しているんですが、カーバンクルさん、街の宿屋とかも使ってないみたいで」

「わからないな」

「そうなんです、わからないんですっ!」

「いや、違うんだ。なんでキョウさんが、あの人を探しているのかが」


田中の言葉に、キョウはきょとんとした顔を浮かべた。


「俺たちは、何となくで一緒に居合わせただけだろう?

 俺が、その……色々危なかったからキョウさんはついてきてくれた訳だけど、あの人は違った」

「ええ、何かの組織にロイ君を入れたいとか言ってましたけど」

「そうだ。つまり、キョウさんとカーバンクルさんは、それぞれ目的が違う。

 だけど、貴方は本気であの人のことを心配しているし、探してもいる。

 俺が言うのもなんだが、少しそれが、不思議だ」


そう言うとキョウは、うーん、と腕を組んで漏らした

本気で考え込んでいるらしかった。


「いや私にとっても不思議なんですよ、実は。

 なんでか知らないんですけど、あの人も放っておけないんです。

 こう、田中君と同じ匂いがするような、しないような……」


その言葉に田中は思う。

確かに、殺人者、という意味では一緒であると。

もしかすると、キョウはカーバンクルにも、田中と同じ血の匂いをかぎ取ったのかもしれなかった。

そっと彼は己の掌を見た。エリスの今わの際の表情がフラッシュバックする。

あの時の感触を、初めて人を殺したときのぬめりとした感覚は、今もなおこの掌に――


「大丈夫です」


そっとキョウが田中の手を握りしめていた。

振るえる手を彼女は押さえてくれていた。熱を帯びた掌に、彼女のひんやりとした指先が絡む。


「ここにいる限り、大丈夫です」


ニッコリと笑ってそう言った。

田中は息を吐いた。大きく吸って、もう一度吐いた。

そうしていると、心が再び落ち着きだした。


「ん、落ち着きましたね」


田中の様子を見てキョウはそう言ってくれた。

大丈夫。その言葉が今はひどくありがたかった。


「とりあえず今しばらくはここに厄介になりましょう。

 ロイ君の細かい事情は聴きません。ただ今は落ち着いて療養です。

 安心してください。私は、貴方が危ない奴である限り傍にいますから」


その言葉に田中はこくりと頷いた。


「その……ありがとう、キョウさん」


そしてそう礼を述べた。

思えば今まできちんと礼を言えていなかった気がする。


「んん?」


すると今度はキョウが座り悪そうに頭を捻った。


「どうかしたのか?」

「いや、なんだか珍しいなって」

「私もそう思うよ」


と、そこで霊鳥のリューが飛んできてキョウの肩に止まった。

彼はそのつぶらな瞳で田中を見ながら、


「この娘が“人殺しを止めろ”といきなり戦場に顔を突っ込んだところで、感謝なんかする者はそうそういないからだ」


そう告げた。


「さて、キョウ。今日も稽古の時間だぞ。いつまでも田中君の部屋で油を売っている場合ではない」

「あ、そういえばそうですね」


バツの悪そうに、キョウはその手首に巻いた装飾品を見た。

そう言えば同じようなものをカーバンクルも巻いていたことを田中は思い出す。

この世界においての時計なのだろうか。


田中はキョウがここ数日、一日中部屋で剣の稽古をつけていたことを知っていた。

昨日も、はっ、はっ、という機敏な声が窓から聞こえてきた。

他にやることもないのだろう。彼女は一日みっちりと剣を振るっているようだった。


だから今日も、ということなのだろう。


「じゃ、ロイ君。私は行ってきます。

 目を離している間に人殺しに走っちゃだめですよ」

「ああ、キョウさんも頑張って」


そう言葉を交わし、二人が退席していく背中を田中はじっと見ていた。


「……落ち着いてくれよ、俺」


その最中彼は再び震えだした掌に対し、語りかけた。

今度は過去のフラッシュバックではなかった。

キョウのことを想うと、自然と彼の中の内なる声が囁くのだ。


×したい、と。


先ほどの会話のさなかも、湧き上がるその衝動を必死に田中は押さえていた。


「色々と……遠そうだ」


額に汗を浮かべながら田中は窓の外を見た。

案内された建物は街の中にあって高層に辺り、街の中央から全体を一望できる高さがあった。

ガラスとも違う奇妙な結晶が当てこまれた窓を、降り注ぐ雨粒が、つう、と垂れていく。


そこから見下ろせる祈祷場に、アマネがいるのが見えた。

灰色の街の中枢、四角く切り取られた広場にて彼女は一日の大半をそこで祈りを捧げている。

それこそが自分の役目であると、平坦な口調で彼女は語った。

そのために生きている、とも。


カーバンクルはここに呼ばない方がいいかもしれないなかった。

“聖女狩り”の異端審問官である彼女が、アマネの存在をどう思っているかなど、考えるまでもなかったからだ。



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