表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
188/243

187_希望の花々に結末を ⑦


……田中は、『ニケア』を握りしめていた。


血と光が舞う中、彼は太母グレートマザーへ剣を突き立てる感触が指先から伝わってきた。

これは──彼が自分の意志でやったことだ。

この手に握られているのは確かに『ニケア』だ。

しかし、それはあくまで剣に過ぎない。

剣を振るい、誰かを傷つけているのは、まぎれもない自分だった。


「……ねぇ、田中君。どうしたの?」


剣を突き立てられた太母グレートマザーは、ぎこちなく顔を上げ、問いかけてきた。


その口元には赤い血がこぼれている。

ただの剣ではなく、『ニケア』という最高の偽剣ソードレプリカを突き立てられたのだ。

彼女の死は、もはや決定的であった。


「私を、殺しちゃったら、駄目じゃない。下の、世界が、“現実”が救われちゃうよ?」

「…………」

「嫌い、だったんじゃないの? あそこにいる人たちが、貴方は、ずっと、ずっと前から……」

「嫌いだよ」


太母グレートマザーの問いかけに、田中はついに応えることができた。


「あんな街、燃えてしまえ。なくなってしまえって、何度も思ったと思う。

 たぶん、今でも好きになれたわけじゃない」

「なら、なんで……」


そこで田中は、ふふっ、とひどく自嘲的に笑ってみせた。


「なんでかなって自分でも思ってた。

 でも、たぶんあれだな。あそこに俺がいたからだ」

「……え?」


彼ではない“ロイ田中”が、この下の街にはいた。

それと向き合った時は、何が自分で、何が自分でないかわからなくなった。

だが結局あれは──


「──たぶん、あれは確かに俺なんだろうよ。

 ちゃんと他の人たちと向き合って、多くの偶然にも恵まれて、幸福ハッピーエンドにたどり着いた“ロイ田中”。

 どうすればそんな風になれたのか、俺には見当もつかない。

 でもアイツは頑張ったんだろう。俺にはできなかったことを、“ロイ田中”はちゃんとやってのけたんだ。

 そういう──そういう“現実”もあったかもしれないんだ」

 

だから──ほんの少しだけ、守りたくなった。

全部燃やしてしまえ、なんて言えなくなった。


「今がうまく行かないからって、どうしようもなく見えるからって、全部終わりになんてしたくない。

 あそこにはきっといるんだ。

 俺と違って、苦しくてもちゃんと希望を抱いて、それぞれの生きている奴らがさ。

 それを勝手にぶち破って終わりになんてさせたくはなかった」


ニケアのためではなかった。

自分が捨ててしまった“現実”のために、彼はこの剣を抜いたのだ。


そうだ──自分たちは利用し、利用される関係なのだから。


「ふ、ふふ──」


田中の言葉を聞いた太母グレートマザーは、乾いた笑い声を漏らしていた。

仮面に入ったひびが大きくなっていく。

竜の仮面には亀裂が入り、ゆっくりと崩れていった。


「強いのね。貴方も、あのフュリアって小さな娘も──同じようなことを言っていたわ。

 あの戦場で、こっちの世界に来ないかって勧誘してあげたのに」


“ここでないどこか。誰もかれもが殺し合う、こんなクソみたいな現実を捨てて、違う場所に行こうと思わない?”


太母グレートマザーは、言った。

そう小さな“子”に向かって手を差し出したのだと。


でも──彼女は拒絶したのだという。


「“何言ってんだアンタ。クソだろうとなんだろうと、私には父上パパンがいる場所が結局私の現実になんだよ”って

 ああ、本当──ニケアが気に入るのも、わかる、わ」


その言葉と同時に、仮面は崩れ去り、その向こうから太母グレートマザーの素顔が見えた。

桜見夕香とうり二つの外見をした彼女は、それまでの不敵な表情でなく──


「この剣、『ニケア』……でしょう」

「ああ、そうだよ」

「ふふふ……すぐわかったわ。こんなまっすぐないい剣は、あの娘ぐらいだろうって……」


──寂しさと、嬉しさが同居した、不思議な表情を浮かべたまま、彼女は倒れていった。


途端、ばらばらと花々が舞い上がっていく。

咲き誇る碧の花々が、太母グレートマザーの身体へと積み重なった。

その流れる血をぬぐい、穏やかな眠りを祝福するように──


「──救っちゃったなぁ……世界」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ