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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
187/243

186_希望の花々に結末を ⑥


光の翅と共に、ニケアと田中は飛び上がっていた。

眼下にはキョウがいて、ひび割れた仮面を被った太母グレートマザーがいて、その向こうには彼のよく知る東京の街が見える。


そんな中、二人はともに同じ空を飛んでいた。


「終わりにしろって、それは──」

「ああ、私を討つということだ。殺して、この身を貫く言語テクストを抜き去ってくれ」

「そんなことを──」

「うん、何故躊躇うんだ?

 ずっと君は聖女を殺して回っていたじゃないか。

 それが自分だと、自分を示す唯一の個だと言い聞かせながら」

「気づいたからだ」


田中はニケアの顔を見上げて言った。

脳裏に浮かぶのは──ハイネの闘いだった。


「殺して、殺して、殺して回って、またアイツに会おうとする。

 そんなものは、俺じゃない。それだけが、俺じゃない。

 忘れている間に、俺は“現実”で帰る場所をなくしてしまった」


三月。夕香。

父と、母。

“ロイ田中”であり続けようとするなら、そこで悩むべきだった。

でも今まで──そんなことを考えようともしなかった。


「だからもう──いいんだ。

 俺は、お前たちを殺したい訳じゃない。殺すために生きてきたんじゃない。だから!」

「──いや、違うな、タナカクン。

 君は私たちを殺して回るために生まれたんだ」


「え……」と声が漏れた。


「先ほど、私は君のことを語っていなかったね。

 だから教えよう。君は、私が創ったんだ──たぶん」


ニケアは再び淡々と語り始めた。

それは先ほど中断されてしまった、彼女の物語の続きだった。


「──私だって馬鹿じゃない。

 聖女が生まれて、“教会”ができて、戦争が続いて、そうしているうちに、すべてが私が願ったことだと気づいたさ。

 そして悩みもした。

 私は今まで闘い続けてきた──だが、それは結局のところ、私自身が願ったものなのだ。

 多くの人々を私は守ろうとした。でも、同じくらい、私は多くの人を傷つけている。多くのものを歪めてしまっている」


でも、と彼女は言った。


「私は闘いを終わらせることができなかった。

 お母さんがいて、お父さんがいて、みんながいて……その日々を続けたいとも思っていた。

 私が闘いの元凶なのに──それでも、私はみんなと一緒にいたかったんだ。

 そんなことを続けていたら……もう百年も経ってしまった」


──だから、願ったんだ。


「私を、終わらせてくれる者が来てくれるのを!

 この物語に結末を与えてくれる誰かを!

 私は願った。ずっとずっと強く願った。

 そしたら──君がきた」


繰り返される聖女の“転生”。

それが終わらない闘いを生み出していた。

だが、田中だけは違った。

彼は聖女を本当に意味で殺し──終わらせることができた。


「だから君は、私が創ったんだよ。君のような存在を私は願ったんだ」

「そんなの! 知るもんか!」


田中は思わず叫びをあげていた。

ニケアの想いはわかった。その痛切な願いも、過去も、理解はしよう。

でも──それがすべてだと認めたくなかった。


「そんなのは、お前の物語だろう。

 お前にはお前の物語があるだろうけど、でも、俺は──」


“貴方には、貴方なりの物語があったのかもしれない”


“でも、私には、私の物語があって、現実があった。

 だから、ここで貴方に殺されるのだけは厭”


あの海で告げられた言葉が、再び脳裏に浮かんだ。


「うん、そうだよ。

 だから言ったんだ。私たちは、お互い利用し、利用される関係だと」

「そんなの!」

「だから──タナカクン。君は、私も使うんだ。

 私の力を、私の奇蹟を使えば、君はあの街を守ることができる」


あの街──新宿。

何時もの病院の窓から眺めていた、灰色の街。

誰もかれもが遠くに見えたあの“現実”。


「私の奇蹟を、私のお母さんにぶつけてくれ。

 そうすればきっと、私たち“虚構”の者たちはここから出ていくことになる」

「────」

「私のためじゃない。君のために! 私の剣をふるってくれ。

 それが私の──最後のお願いだ」


そう語るニケアの瞳には、これまで聖女が決して見せたことのない、小さな輝きがあった。


その大きな瞳に映る──“ロイ田中”を見たとき、彼の中で何かが弾けた。







眩い碧の色彩が空に渦巻いている。

圧倒的な破壊の光が乱舞したあとも、光の庭は顕在だった。

舞い上がる花々は永遠に咲き誇る。いかに散ってしまおうとも、ずっと花は咲き続けるのだ。

そう願われたがゆえに、この庭は在り続ける。


「ふふふ……来なさい。ニケア。

 私がまた──抱いてあげるから」


その中心で太母グレートマザーは空を仰いでいた。

光の雲の向こうに、ニケアがいるはずだった。


そこから、彼女に向かって剣を突き付けてくるに違いない。

太母グレートマザーを討つべく、全身全霊をかけてやってくる。

ならばそれを──この腕で受け止めてあげたかった。


ぐにゃり、と空がゆがんだ。

光の重なりの向こうから、ひときわ大きな閃光がやってくるのが感じられた。

竜の仮面ごしに、ニケアの存在が感じられる。

力強い奇蹟の輝きがやってくる。

それをただ、不滅のこの身で抱きしめてあげればいい。そうすれば、きっと──


「──また、これからも、十年後も百年後も、ずっとずっと一緒にいてあげるから!」


その言葉と同時に腕を広げた。

そしてそこに──


「え?」


──やってきたのは、光り輝く大剣を手にした田中だった。

それは、見たこともない偽剣ソードレプリカだった。


まっすぐと長く伸びた両刃の剣だった。

その剣身ブレイドは肉厚で、決して折れそうにもない。

艶々と碧に輝く様は、一点も曇り感じられず、とても美しく見えた。


その姿を見た瞬間、彼女はそのクォードを悟った。

ああ、それは──


「『ニケア』」


そう口にした瞬間、彼女の胸に『ニケア』が突き刺さっていた。

鮮血が舞い、その刀身を赤く染め上げる。

完璧な剣について、初めての汚れ。それは──太母グレートマザーの血となった。


その血が舞う中、光が一斉に放出される──

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