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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
185/243

184_希望の花々に結末を ④


聖女

“教会”

転生

太母グレートマザー

エル・エリオスタ


そのすべてのはじまりを──ニケアは口にしていた。

暖かなぬくもりに満ちた花畑の中、滔々と彼女は語ってくれた。


「え、え……! それって、つまり」


間に挟まれたキョウが目を見開いている。

語られた彼女の物語が、あまりにも突飛で、すべては理解が追いつかなかったのかもしれない。


「つまり、ニケアさんが、願ったことが全部叶えられていたってことなんですか?」


それでも、そこだけは明確だった。

聖女ニケアの物語は、すべて──彼女の願いから始まっていた。


「ああ、そうだよ。すべての“はじまり”、元凶なんだ、私は」


彼女は、そう静かに語った。

そこに感情の揺れはなかった。ただ果てしない葛藤の末にどこか擦り切れてしまったような、乾いた響きがあった。


しかし彼女がそんな様子を見せたのは一瞬だった。

すぐに真意の読めない微笑みを浮かべて、


「──ふふ。とりあえずは説明したぞ? タナカクン」

「何も、していないだろ」

「ほう?」

「お前の物語はわかったよ。でもじゃあ──俺はなんだ?」


田中はニケアを見据えてもう一度尋ねた。


今しがた語られたニケアの物語。

そこに── 一切ロイ田中の名は出てはこなかった。

彼女がすべての元凶だというのならば、じゃあそこに巻き込まれた自分はいったいなんなのか。


「……ふふふ、そうだな。タナカクン。

 それを語っていなかった」


ニケアはそこで一度目をつむった。

暖かな風が彼女の髪を揺らす。

そうしてまざまざとみると、彼女は、記憶の中の桜見弥生とそっくりだった。

他の聖女と同じように──


「──ねぇ、その話、向こうの世界に戻ってからしない?」


その時、聞き覚えのある声が花畑に鳴り響いた。

田中は空を見上げた。

幾多もの色彩が踊る空に手、ローブを身にまとい、竜の仮面を被った誰かがいる。

太母グレートマザー

ニケアの──ニケアたちの母親が、そこにはいた。


「やはり来てくれたか、母上」

「ええ、もちろん。だって私は、あなたたちの味方ですもの。

 ずっと前から、そしてこれからも、永遠に」


そう言葉を交わしながら、彼女はゆっくりとニケアの隣へと降りてくる。

田中は『ミオ』をぐっと握りしめた。キョウもまた緊張の面持ちで彼女を見据えている。


「そんな怖い顔しなくてもいいのに。

 心外だわ。私、別に貴方たちと戦うも、害する気もないんだけど」


そう言って彼女は大きく息を吐いた


「ま、いいけど。とにかくニケア。そろそろ時間が整うわよ」

「そうか。それはよかったよ、母上」

「ほうら、見て」


太母グレートマザーはそこで指を、つい、と上げた。

途端、花畑に異変が起こった。


碧の花々はそのままに──芝生が透け始めた。

田中は驚き、キョウもまた声を上げていた。


「大丈夫、別に落ちないから」


太母グレートマザーの言葉通り、地面が消えたわけではなかった。ただその下にあるものが──見えただけだった。


「──東京」


足元に見えるのは、新宿の空だった。

灰幻想が渦巻き、幾多もの言語船テクストシップが闊歩している。


そこは東京であり、田中にとっての“現実”であるはずだった。

しかし、今やもう“虚構”に飲まれようとしていた。


「……“現実”をぶち破り、“虚構”の世界へと舞い戻る。

 それがアンタらの当面の目的だったな」

「あら、あの美少年君から聞いたの?

 ええ、まぁ、ちょっと面倒なことになっちゃったから。リセットも兼ねてね。

 そうあの人がいないこの世界で、ニケアの敵になれる存在はいない。

 だから世界そのものに、この娘をぶつけることで、あちらの世界に舞い戻る、というわけ」

「ダメです! そんなの」


揚々と語る太母グレートマザーにキョウが声を上げていた。

彼女にしてみれば、それは許されることではないだろう。


「あら、ダメ?

 だってこの世界、私たちからしてみれば、どうでもよくない?

 ただの虚構フィクションの世界じゃない」

「何を言っているんですか。ダメなものはダメに決まっています」

「ふふふ……貴方はそうなの。そう言い切れるの」


太母グレートマザーはそこで視線を田中へと向けた。


「でも田中君、あなたは違うでしょう?」


彼女は手を広げ、眼下に広がる燃え盛る“現実”を示した。


「貴方、こんな思っていたでしょう?

 こんな“現実”燃えてしまえばいい。崩れてしまえばいい。消えてしまえばいい、って」

「何を!」

「わかるわよ。だって──弥生も同じことを思っていたから」


その名に田中は言葉に詰まる。

あの病室で、周りから弾かれた場所で──あの時は二人は何を思っていた?


あの時、窓の外から見えた新宿の街と、今こうして見下ろしている新宿の街に──違いはあったか?


様々な思いが脳裏を駆け抜けていく。

かつて病院で共に小説を読んでいたあの時のことから、あの海で聖女に拒絶されたときのこと。

そしてその中には、崩れ行く新宿を、頬を紅潮させてみていた雪乃の姿もあった。


「……そう思っていたから、私は全部、やってあげたのに」


“弥生が“転生”して産まれたのが聖女。

 あの娘の自己否定の結果として、この荒れ果てた世界に奇蹟が降り立ったのだから──”


あの時、“雨の街”での言葉がよみがえる。

弥生が──願っていたというのか。

かつて聖女ニケアが願ったように。


「本当にわがままな娘たち。でも、いいわ。

 私はずっと味方だから、全部叶えてあげる。

 ずっと“理想”の自分であり続けたいという願いだって、自分を“犠牲”にしてでも健やかな世界が欲しいということだって……」


やれやれ、とあきれたように彼女は肩をすくめるのだった。

あたかも子供のわがままに頭を悩ませる母親のような、そんな所作だった。


「……さて、ニケア。とりあえずここから戻りましょう。

 すでに十分、幻想リソースは溜まっているし、このまま放つだけでたぶん、戻れるわよ」


田中の葛藤を尻目に、太母グレートマザーはニケアへの肩を叩いた。

そんな太母グレートマザーに、ニケアは「ありがとう」と礼を言った。


「何時もありがとう、母上。

 ずっと前から、何時だって私の味方をしてくれて」

「ふふふ……いいのよ、別に。だって私は、あなたの母親なんですもの」

「ああ、そうだ。

 母上は優しくて、きれいで、私のわがままを聴いてくれたものな。

 私の──味方として」


言いながら、ニケアは前に剣を携えて前に一歩出た。

そして『パルスマイン改・3rd』に猛然と光が収束していく。

その碧の色彩はバチバチと音を立てて迸り、花々の燐光を吹き飛ばしていった。


そして、ゆっくりと剣を掲げていく。

その様を前にして田中は動けなかった。キョウもまたその圧倒的な光の前に、動くのを躊躇しているようだった。

ただやみくもに突っ込んだところで、止めることはできない。

ニケアもだが、背後に太母グレートマザーが控えている。

キョウはそう判断しているが故の静止だろうが、しかし田中はまた違った。


「──さて、タナカクン。

 私がこれを下にたたきつけると、何が起こるかわかるかい?」


その想いを見越してか、ニケアがそう問いかけてきた。


目の前で、あの“現実”が壊される。

ずっとかみ合わっていなかった、あの気持ち悪い“現実”が、一振りで破壊されようとしている。

それを──


「わかっているはずだ。この“現実”をつき破り、元の世界に戻ることができる。

 父上という敵がいない今、最短で元の世界に戻る方法だ」


そこでニケアは──微笑んだ。


「ふふっ、気づいているかな? 実はもう一つ方法があることを。

 父上のほかにもう一人だけ、私の敵たりうる存在がいることを」


その言葉と共にニケアはその剣を振り払った。

くるっ、とその身をよじり、彼女の後ろに立っていた──太母グレートマザーへと向けて。


「もう終わりにしよう──お母さん」





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