182_希望の花々に結末を ②
ひゅうう、と風が吹き、碧の花弁が舞っていた。
花が風に揺れて波を打つ。どこまでも広がる光の花畑の中で、三人は向き合っていた。
「私はね、知っての通り聖女だ。君たちが生まれるずっとずっと前から、聖女だった」
そう前置きをして、彼女は語り始めた──
どこが真の意味で“はじまり”だったのか、正直なところ私にだってわからない。
ただ会えて言うなら、きっと、父が出ていったあの日だろう。
ずっと昔、クーゼル王朝が崩壊し、時代が今の暗黒期に入ろうとしていた時。
それまでは私はただの少女だったんだ。
何の力もない。剣なんて握ったこともない。奇蹟なんて起こしたどころか、見たこともない。
そんなただの人間だった。
でも、そんな私を置いて、父は出ていってしまった。
私の敵になる、と言い残してね。
そしてそれは本当のことになる訳だが、まだそのときは何も理解していなかった。
理解していたのは父と、そして母だけだろう。
母──ユウカはずっと私の隣にいてくれた。
味方になると言い続けてくれた。
その言葉通り、母はこの百年の間、ずっといてくれたんだ。
父を喪った私は、母に縋り付きながらただ願ったよ。
はやくもっといい世界になってほしい。
あのお伽話でみたような、やさしい世界が来てほしいって。
その言葉はよどみなく語られた。
きっとこれまで何度も何度も、己の中で反芻したからだろう。
私が奇蹟を起こしたのは、それからまもなくのことだった。
ぼうっとね、瞳に光がともったんだ。
君も何度も見ただろう? この碧の色彩だ。
唐突に湧いて出たこの光が、私の奇蹟のあかしだった。
初めて起こした奇蹟がなんだったのかというと、大したことない。
ただの、殺戮だよ。
村を襲いに現れた人間たちを、私はその力で、ぺしゃんこにしてしまった。
どこか奇蹟だ、と思ったけどね、でも私はこの力があったおかげで、ここまで生きることができた。
それから数年のことはあまり思い出したくはない。
今に輪をかけて、ひどい、時代だった。
ただただ私は奇蹟を使い、その中で殺戮を続けていただけだ。
そうして闘って、闘って、闘っているうちに、いつの間にやら仲間ができていた。
今でもはっきりと顔を思い浮かべることができるよ。
ブランミッシェルの猫家系は、いつも愛くるしかったな、とか。
そうそれが──聖女軍の原型になった。
アレはもともと、何か目的があってできた訳じゃない。
何もかもが失われた時代にあって、生きていくために集まった人間たちだよ。
でもうれしかったよ。
私に仲間ができたんだから。
神話の勇者様のように、私は強くて、そこに仲間が集ってきた。
当然そこには私の母もいた。いてくれた。
それが百年以上、昔のことだった。
不思議なことが起こったのは、それからだった。
私たちはずっと戦ってきたんだけどね。
ある時から、私たちを目の敵にして動く組織が表れた。
なんか黒い服をまとった、変な組織がいる。
最初はそれくらいの印象だったんだけどね。
行く先々で会う者だから、これはおかしいなって思ったんだ。
それでそいつらのことを調べてみたら、その頭目というのがね、なんと──私の父だったんだ。
父、エル・エリオスタ。
仮面の騎士なんてやって、ごまかしているけど、あの人もこの百年間ずっと戦っているんだよ。
久々にその名前を聞いた私は、ひどく驚いた。
そして同時に怒りも覚えた。
勝手においていった父が、なんでいまさらになって戻ってくるんだって。
父は、かなり大きな組織を率いていて、いろんなところで悪さをしていた。
怒ったからからこそ、闘いを始めた。
仲間を集めて、みなに号令をかけて、許せない父を倒そうとした。
みんな私の父のことを敵だと思って、一致団結して力を合わせた。
それが……最初の戦争だった。
今だから言うよ、あの闘いが──楽しかったってね。
もうそのころには世界は荒れ果ててたし、やさしい場所ではなかった。
でも、みんなで闘っている間は、決して孤独じゃなかった。
つらいことがあっても、かなしいことがあっても、それを乗り越えていこうって思っていた。
そうして──私は一度勝ったんだ。
確かに戦場で首を取ったんだ、父上の。
一度勝ったから、だから聖女戦線のあの地域には、今でも反“教会”勢力が集まってくる。
何故って──その時、私の敵となった組織こそが、“教会”の前身だからさ。
あの時、勝利した時に見た青空は、今でも忘れないと思う。
だけど、それで終わりにはならなかった。
父を倒したけど、別に世界は平和にはならなかった。
うん、そりゃそうだ。
世界がこうなったのは、別に父のせいじゃない。
だから倒しても、別にすべて片がつくなんて、そんなことになるはずがない。
ただ──私はなぜかショックだったんだ。
父を倒せば、それで全部終わると、勝手に信じていたから。
だって、勇者の物語は、たいていそういう風に終わっていたから。
敵を倒して、平和になって、それで終わり。
そのはずだったのに、まだ続いてしまった。
正直困ったけど、なら、また闘おうと思ったんだ。
そのころにはもう私は自分の力を自覚していた。
この奇蹟の力で、世界を救わないとって思ったんだ。
だけど、うん! 仲間がついてこれなかった。
うん? 別に裏切られたとか、全員死んだとかじゃないぞ。
ただまぁ、こう、あれだ。
時間が経ち過ぎていた。
戦士として一緒に戦える時間は、そんなに長くない。
十年、二十年、三十年とやっていれば、すぐに最初の仲間たちは消えていってしまう。
理由はそれこそ様々だけど、いつまでも一緒なんてことはない。
一緒だったのは、それこそ母上ぐらいなものさ。
母上。太母。ユウカ・グレートマザー。
気づいたら最初の仲間が消えてしまっていた。
私はふととてつもてなく寂しくなった。
もちろん、全員消えたわけじゃない。
でも残った彼らの姿は、もう過去、共に闘ったものとは変わってしまっていた。
彼らの息子だったり、縁者だったりもいたけれど、私だけは何も変わらなかった。
それが寂しくて、ガラにもなく母上に泣き言を言ったと思う。
そして──言ったんだ。
“私と同じような人が、もっとこの世界にいればいいのに”
泣き言さ。
分不相応な力を手に入れた人間の、傲慢な泣き言だよ。
だけどなぁ……困ったことに、母上はそれを叱ってくれなかった。
むしろ私の頭を撫でながら、こう優しく言ってくれた。
わかった。
私はあなたの味方だから、安心して、と。
そして──気づけば現れていたという。
彼女に、ニケアに瓜二つの外見をした、奇妙な力を身に着けた少女たちが。