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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
177/243

176_誰でもいいから私だけの ⑦


「でも、いや、だからこそ──許せないの! みんなを殺したこいつが!」


え、とキョウの口から声が漏れる。

クリスは、キョウからぶつけられた言葉から逃げることなく叫びを上げる。


そこに浮かぶのは怒りの表情であり、憎悪の表情でもあり、そして悲しみの表情であるようにも見えた。


「────」


その表情を見たハイネは何かに打ちのめされたかのように、目を見開いていた。


「殺したって……! でもこの人が兄なら、クリスさんの家族を殺すって、そんなこと……!

「私が怒ってるのは、そんなことじゃないの!

 私が言っている“家族”は、私が言っているみんなは──」


なんでわからないの、とクリスは漏らす。

そう告げる相手は、キョウなのか、あるいはハイネなのか。


「私が言っているのは、今の私の家族!

 私を、クリスティアーネ・ブランミッシェルを創ってくれた私の家族」

「それは……」

「全部忘れたわけじゃない。

 執着していないわけじゃない。

 でも今の私が、私であるために一番大事ことは、あの人たちなんだ!

 メロン将軍、レイリー、ティムおじさん……私がすきなあの人たち!」


クリスは言う。言い続ける。

ハイネに向けての、心の底からの糾弾を。


「戦場で初めてコイツと会った時、私だって……! わかったんだよ?

 家族だって──ずっと忘れてた家族だって!

 もううっすらとしか覚えていないと思ってたのに、わかったの。わかっちゃったの」


今度は、ハイネが顔を歪める番だった。

忘れられた。だから拒絶されたと彼はかつて語っていた。

だがそれは──間違っていた。


「でも、コイツ! 私と再会した時、コイツ、何をしたと思う?

 こいつは──聖女軍の兵士を斬ってた。

 悪戯好きのリックと、私より力持ちだったエミリィを殺した。

 血はつながってなかったけど、でもあの人たちだって、私の家族だった!

 私が愛した人たちだったんだ!」


また会えてよかった。


本当に、本当に良かった。


生きていてくれて、本当に幸せだ。


■■■■■。


「そんなことを、あの人たちの死体を踏んづけて言うんだ。

 いいよ、戦場で人が死ぬのは、別にいいよ!

 私だって、あの人たちだって、それくらいのことは覚悟している。

 でも、こいつは嬉しそうだったんだ。

 本当に幸せそうな顔をして、血まみれで、そんなひどいことを……!

 こいつが、幸せそうな顔をして、殺してた。

 私のだいすきな人たちを、私の家族を──そんなの、だから!」


クリスの瞳からは、すでに聖女の碧の色彩は消えていた。

代わりにあったのは、ただ一人の少女の、涙だった。


「それなのに……コイツ、笑って言うんだ。

 よかった。よかった。

 幸せだ、奇蹟だって……言った。

 ……やだよ。

 そんなの、私は何も幸せじゃない。幸せなんかじゃない!

 だから言ってやった! お前なんか家族じゃないって……!」


同時にキョウへと向けられる剣は徐々にその力を喪っていく。


「そしたら何?

 私が、全部忘れてると思って、守ろうとしてきた。

 敵なのに戦場でストーカーみたいにくっついてきて、危なくなったら勝手に守ってくる。

 すぐに気づいた。

 勝手に一人で納得して、勝手に一人で傷ついて──それでいい気になってるんだって!」


クリスはすでにキョウを見ていなかった。

その向こうに立つハイネに向かって、剣よりもずっと鋭い言葉を投げつけている。


「そんなに傷つく自分が気持ちがいいの!?

 私を守るって言って、私の家族を殺し続けて、あなたはそれで満足だったの?

 私のことを── 一度でも見た?

 闘う理由になるのなら、誰でもよかったんじゃないの?」

「……っ! それは!」


ハイネはうめくように言った。「違う」と。


「僕は、違う。

 僕はお前を守るために──そうでもしないと生きていられなかったから」

「ほらやっぱり、私のためじゃなかったんだ!」

「たとえそれが誰のためでもいい!

 お前にはただ──生きていてほしかったんだ!」

「うるさい!」


そう叫びをあげて、クリスは再び剣をふるった。


キョウがそれを阻もうとするが──しかし、それをハイネが背後から襲った。

「──え?」とキョウは声を漏らす。

予期せぬ方向からの攻撃に態勢を崩し、クリスの突破を許してしまう。


「死んで! お兄ちゃん!」


そう叫びをあげて『ルゥン』が振るわれる。

その刃に向かって、ハイネは飛び込むように跳躍ステップしてた。

その瞳には何も映ってはないない。

これまでずっと闘い、苦しんできた彼は、その瞬間、すべてを捨てようとしたのだ。


「やめろよ」


──その行いこそが、田中には許せないことだった。


ずっと事態を傍観していた彼の足は、その時自然と動いていた。

『エリス』を抜いた彼は、ハイネを庇うように前に立つ。


「お前! 異端審問官!」

「……やめろよ」


ハイネはもしかすると、気づいていたのかもしれない。己の行いが決してクリスのためではないことも。

だがそれでも、きっと彼は闘い続けるしかなかった。

すべてを喪った彼が、彼として生きるためには、他に道はなかった。


クリスがハイネを許せないのもまた、当然のことだった。

彼女にはもう過去とは違う、新たな生き方があって、そのためには譲れないものができていた。

それを踏みにじる者を許すことはできないだろう。


ハイネとクリス。

彼らのどちらが間違っていたのか、あるいは何が間違ってしまったのか。

田中は言うことはできない。きっと誰にも言う権利はない。


「それでも、お前たちはまだ、同じところに立っているんだろう」


だから、田中はその胸に渦巻く複雑な想いを押し殺す。

ただそれでも、言わなければならないことがあった。


「確かにぐちゃぐちゃで、捻じれてしまって、目を背けたいだろうけど!

 でもお前たちは、まだ終わってないだろう」


母がいて、父がいて、自分がいて。

その物語は、気づかないうちに終わりを迎えていた。

この東京という現実に、田中の居場所はなくなっていた。

しかし彼らはまだ、何もかも終わったわけじゃないはずだ。


「 ハッピーエンドでなくてもいい。大団円なんて気軽に言うもんか。

 でも──こんなどうしようもない結末に逃げ込むのだけは、やめてくれ」


その声音は、懇願に近いものに聞こえた。

崩れる“現実”の中で、彼はせめてもの願いを口にしていた。


「そう、ですよ」


立ち上がったキョウは静かに語り掛けた。


「クリスさん、ハイネさん。

 貴方たちがつらいのはわかります。

 でもここで全部おしまいにしてしまうなんて、やっぱり駄目ですよ。

 だって、私が許しませんから。

 そんな簡単に終わらせるなんて、私が許さない」


なんて理不尽な言葉だろう。

だが、そうエゴイスティックな言葉と共に『ネヘリス』を向けるキョウは、どこまでも強く見えた。


「キョウ、アンタ」


クリスはかすれた声でその名を呼んだ。


「……クリスさん。

 言ったでしょう? 絶対に殺させないって。

 私がいる以上、ここで全部終わらせちゃうなんて無理なんです。

 だから、諦めてください」

「そんな、理不尽──」

「理不尽ですよ! でもそういうもんじゃないですか! 今までだって、これからだって!」


そう強く語るキョウを動かすことは無理だろう。

田中は知っているし、きっと同じ隊にいたクリスだって知っている。

どれほどここで終わらせてしまうことを望んでも──許してはくれないと。


からん、と剣が落ちた。

『ルゥン』がクリスの手から滑り落ちていた。


「……じゃあ、一体どうしろって……」


そしてそのまま彼女は倒れ伏した。

元より疲労困憊だったのだろう。

気が一瞬抜けただけで限界が来て、動けなくなってしまったようだった。


「────」


そして、もう一人の少年は──



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