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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
176/243

175_誰でもいいから私だけの ⑥


──それは、まさしく奇蹟だった。


異端審問官と化したハイネは、かすかな過去の残滓を求めて戦場に赴いた。


聖女戦線。

時がゆがみ、過去がおかしな形で浮かびあがる場所。

そこでは“神隠し”と呼ばれる現象や、かつての“春”の巫女たちの記憶が踊り続けている。


過去を求めてやってきたハイネにしてみれば、それらの要素は奇妙なほど符号していた。


“でも、こんな場所だから、僕はつい探してしまうんですよ。自分の知ってる過去が、どこかに転がってるんじゃないかって。

 例えば、もう消えてしまったあの村の人たちとか──また、会えたらいいなって”


それは、心からの想いだった。

おかしくなった因果が過去を呼ぶというのならば、視界のどこか片隅に彼らがいてもいいではないか。

ハイネのほんとうの名前を知る、家族たちが。

それを求めて、彼は聖女戦線にやってきたのだった。


しかし、実際のところハイネは既に諦めてもいた。

きっとそこには誰も残っていない。

あの炎の中、誰か一人でも生き残れたはずがない。

自分がやっているのはただの感傷的な行いに過ぎない。

そんな想いに取り憑かれながら、ハイネは黙々と偽剣ソードレプリカをふるっていた。


……そんな彼が、彼女を見つけることができたことを、奇蹟と言わずしてなんという。


闘いの中、ハイネは見つけた。

見つけてしまった。

異端審問官として諜報活動に動いていた時だった。

聖女軍の一員として同伴していた、一人の姿を見た。


姿は当然変わっていた。

かつての彼女はまだ剣など握ってはいなかった。

まだまだ小柄ではあるが、ハイネの記憶の中よりはずっと大きくなっていた。

それでも一目見た瞬間にわかった。

何度も何度も、擦り切れるほど記憶の中で反芻した、大切な人。


その時、仮面で遮られていたが、ハイネは一人涙をしていた。

見つけることができたこと、そして、生きていてくれたこと。

そんなことに比べれば、彼女が聖女軍の制服を着ていたことなど、どうでもいいことだった。


■■■■■。


彼はだから、その名を呼んだのだ。

雪降り続ける戦場で、その魂に刻まれた名を呼んだ。


しかし──


「……許さないから」


駆け寄ったハイネを、彼女は憎悪のまなざしと共に見返してきた。

そんな表情をする■■■■■は、ハイネの知らない誰かだった。







新宿の街を襲う混乱は、徐々に物理的な破壊へと近づいていった。


展開された言語船テクストシップたちは、しばし戸惑うようにそこに浮かんでいた。

だが──彼らはまだ戦場にいるのだ。


転移した言語船テクストシップは聖女軍のものが多かったが、しかし“教会”の戦力だって零ではなかった。

そこが聖女戦線であろうが、この東京であろうが、もはや関係ない。

共に空にある以上、引き金を引く意味があるのだった。


だから、空には眩い閃光ビームが走っていた。

空より降り注ぐ光は炎となり、地上に張り付いた灰色のビルに降り注ぐ。

そこに至って、人々は初めて事態の重大さを把握したのかもしれない。

多くの人々は叫びを上げ、空に渦巻く碧の光から逃げようとしていた。


碧の光がみるみるうちに光を強めていく。

きっとあれは──聖女ニケアの光だ。


崩れ行く東京にあって、ハイネとクリスの闘いは、あまりにもちっぽけなものだった。

みんな空を見るのに手いっぱいで、誰も彼らの闘いには目を向けていない。


見ているのは、田中だけだった。


「その人は──貴方の本当の家族なんです!」


二人の間に割り込んだキョウは、クリスに向かって言う。

それはきっと──正しい。


田中は知っている。

聖女戦線から転移する直前の、ハイネの悲痛な言葉を。


“──再会、だったんです”


“この戦場で、ようやく会えたのに。

 妹に、たった一人の肉親にです!”


“僕のことを、彼女は忘れていた。会っても、僕が兄だと、お兄ちゃんだと認めてくれなかった。

 だから──こうして守るしか、なかったんだ!”


あの時のハイネの声は、いつものよく通る穏やかなそれとはまったく異なっていた。

心の奥から絞り出した、震える声だった。


「……この人は、クリスさんのために、ずっと戦っていたんです。

 見たでしょう? 敵である貴方を何度も、何度も救ってきたところを」


剣を交わしながら、キョウがクリスへと告げる。


田中の剣を止め、瓦礫から彼女を守った。

そしてクリスのために、元の世界に戻ることを躊躇わなかった。

あらゆる力を使って、彼はクリスを守ろうとしていた。


「なんで──まだ気づかないんですか?

 忘れてしまったんですか? この人のこと、本当に……」


クリスはキョウをキッと睨みつけた。

その感情の昂ぶりに釣られたか、瞳に一瞬だけ碧の色彩が灯る。

その色を見たとき、田中ははっとした。


聖別。

クリスがその小柄な身体で力を発揮できるのは、聖別という特殊な処置を受けたからだ。

それは弥生の小説で読んだことのある設定だった。


聖女の言語構成を模倣した特殊な言語テクストを書き込む特異な技術。


聖女軍の兵士たちの多くは、この聖別によって戦力を増強していた。

だが聖別も万能ではない。

特に初期の聖別実験においては、寿命の減少や記憶の欠損、果てには拒絶反応による異形バアバロイ化まで見られたのだという。


──記憶の、欠損。


田中はその可能性に行きついた。

もしかすると、クリスの意固地なまでの拒絶は、聖別が原因なのではないかと。

だとすれば、あるいは──


「……気づいていない訳、ないでしょ」


──しかし、クリスははっきりとした口調で言った。


「その人が! その人が本当の兄だってことくらい! 気づいてるわよ!

 ええ! 覚えているもの! おぼろげでも、全部忘れるなんてこと、ある訳ないじゃない。

 忘れたくても……忘れられないくらいなのに!」


クリスの叫びにキョウは目を見開いていた。


「でも、いや、だからこそ──許せないの! みんなを殺したこいつが!」




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