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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
175/243

174_誰でもいいから私だけの ⑤


「…………」

「そう警戒するなよ。

 別に売りとばしゃしないよ。

 売る相手もいないような時代なんだぜ」


ははは、と彼女──アカ・カーバンクルアイは笑って言った。

初めてその名を聞いたとき、ヘンテコな名前だと、子供心に思ったものだった。


「いや、君なんか強いらしいんじゃん

 いや、保護リストの備考見たら、妙に面白いこと書いてあったから来てみたんだけど」

「保護……?」

「うん? 保護だよ、捕虜じゃない。

 別に君たちの村、“教会”の敵だった訳じゃないしね。

 聖女が近くにいたんで乗り出したら、なんかお互い警戒して戦闘に入っちゃったってだけで」


それは──なんとなく察していた。

あの日、“教会”が村を襲いにきたわけではなかった。

聖女軍も“教会”も、村も、混乱の中殺し合ったというのが正しいのだろう。

そして村はあっけなく潰れてしまった。


よくある話だ。

善も悪もないこの時代、このようには溢れている話だ。


しかし、そのことを面と向かって告げられた時、ハイネは言葉にできなかった。

母も父も、もうすでにいない。守ろうとした妹だって──


「──でさ、君、これからどうするんだい?」


そこで、カーバンクルはこちらの心情を読んだかのように、


「だが今の君は宙ぶらりんの立場だ。

 なんとなしに保護されはしたが、だからといって今後“教会”に君をどうしようというプランがある訳でもない。

 今は治療中ということで、なんとなくこの病院にいることができるが、完治したあとどこに行けばいいんだろうな、君は」


カーバンクルはそこで、ふふ、と笑って見せ、


「だがしかし、君には剣の腕がある。

 そして“教会”にはちょうど、常に人手不足の部署があってね。

 正規軍とはまた違う、汚れ役だが、職場の雰囲気は悪くないよ、うん。

 まぁさすがに君は子供だから、五年ほど下積みがいるかなぁ」


……そうして案内されたのが、異端審問官であった。


その誘いに抵抗がなかったといえば嘘になる。

直接ではないとはいえ、村が壊滅する切っ掛けとなった“教会”に力を貸すことになるのだから。

しかしその迷いも一瞬のことだった。


どんな手を使ってでも生き抜け。

かつて母が告げたその言葉が、ハイネの選択を後押ししてくれたのだった。


……それから、数年後にはハイネはもう灰色のカソックを身にまとっていた。


五年は下積み、と言われていたが、

彼はその倍の速さで、異端審問官として活躍することになる。

異端審問官は元より正規軍より成り手の少ない場所だ。

その有望なホープとしてカーバンクルが育てたというのも大きい。


子どもとして場に潜入し、諜報活動を行いつつ、場合によっては暗殺さえも行う。

幼さをむしろ武器として使いつつ、ハイネは“教会”内にて確かな地位を築いていった。


そうして、生きること、生き抜くことは問題なくできるようになっていった。

だが問題は──何のために生きるか、だった。


守ってくれた人も、守りたかった人ももういない。

手に入れたいものもない。権力も名声も、今の時代さして役に立つとも思えない。

だからといって安息の場所などもっとないだろう。


「……聖女戦線」


着実な地位を築き、異端審問官の2《ツヴァイ》という名を得たハイネは、カーバンクルに対し告げた。


「僕は第一聖女を討ちたいんです。

 あの因縁の場所にいる。あの人を終わらせたい」

「それは……何故?」

「僕の過去を、終わらせるため。世界の秩序を乱す聖女を討つためです。“教会”が再び築こうとしている社会システムにおいて、邪魔な存在だから」


嘘だった。


第一聖女ニケア。

彼女への憎しみなど、正直なところ一切なかった。

彼女の存在がハイネの故郷を焼く遠因になったのは事実だ。

だがならば“教会”の方がよほど直接的にかかわっている。

そんなことは正直なところどうでもよかった。


だから本当のところは──未練だった。

聖女戦線。

雪降り続ける村を襲った戦争は、まだ続いていた。

そこにもう一度足を踏み込むことで、探したかった。

かつて失ってしまったものの残滓を。

もうすでに喪われてしまったものに、女々しくしがみつくように。


忘れるべきだと思った。

でも諦めることができなかった。

ハイネでない、本当の名前をまた誰かが呼んでくれることを──



──そして、奇蹟は起こった。







「──お前なんか! お前なんか!」


クリスは叫びと共にハイネに襲い掛かっている。

彼が反撃してい来ないことを悟ったからか、彼女の剣戟は目に見えて雑になっている。

ひたすら力押しの、技の感じられない攻撃。

それは、彼女の感情の昂ぶりを示すような、乱れた剣だった。


「────」


だが、当のハイネはそれを淡々と処理するのみだ。

言葉一つ発してはいない。

彼はクリスを見つつ、同時にあたりにも気を配っているようだった。

それは恐らく、クリスに害をなすものが、横から現れないかを警戒しているのだ。


この異世界で、クリスと戦いながら、ハイネは彼女を守ろうとしていた。

その様を見たとき、キョウは一つ、決断を下していた。

ダッ、と跳躍ステップの音がした。


「……っ! キョウ? アンタ!」

「もう、やめてください」


キョウは、気づけば二人の間に割り込んでいた。

『ルゥン』を『ネヘリス』で受け止めるキョウ。そんな彼女をクリスを見上げている。


「キョウ! 邪魔!」

「いい加減気づいてください。その人はきっと──」


背中にいるはずのハイネの表情は見えない。

きっと彼は表情一つ変えていないだろう。

そしてキョウが少しでもクリスを傷つけようとしたら、迷わず剣を向けてくるだろう。


その重みを背中に感じながら、キョウはクリスへと言葉をぶつけようとした。


「その人は──貴方の本当の家族なんです!」





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