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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
173/243

172_誰でもいいから私だけの ③


刃と刃、幻想と幻想が衝突する不快な音が鳴り響いた。

クリスは肉厚の大剣『ルゥン』を、ハイネは片刃の長剣『ピュアーネイル』を、それぞれ交わしている。


「アンタ! 今日! ここでっ!」


クリスはその瞳に烈火のような怒りを灯していた。

突如として現れた異端審問官に、細かい状況の把握が追いついていないようだった。


「────」


対するハイネは黙々と彼女の剣戟をいなしていた。

怒りと憎しみを燃やすクリスに対して、ハイネは感情を窺わせない、冷たい無表情を張り付けていた。

偽剣ソードレプリカの音が東京の街に響き渡る。


空の戦艦に目を奪われていた周りの人間たちも、剣を振るう彼らに気づいていき、声を上げて離れていくのが見えた。

キョウはそんな中、どう動くべきか決めあぐねていた。

聖女軍の戦艦たち、ハイネやクリスによる偽剣ソードレプリカ戦、徐々に溢れ出る幻想リソース


──ここも、私たちの世界みたいに、なっちゃうんですね。


どこか諦観に近い想いがキョウの心の中に溜めていった。

だが今はそれどころではない。まず目の前の事態、クリスとハイネについてどうにかしなければならない。

仮にどちらかが、どちらかを殺そうとするのなら、キョウは迷わず介入するつもりだった.


ただ、この闘いの間には深い因縁があることも──彼女は知っていた。

そして、それはずっと複雑に絡まってしまって、もはや解けないほどのものであることも……


“だから……あの灰色。異端審問官。私は、絶対にアイツを許せないの”


聖女戦線、言語船テクストシップ『リーンアーク』内での会話が、脳裏を過る。

あの時、クリスは深い憎しみを込めて、その言葉を口にしていた。


キョウは思い出す。

あの船にて、彼女が語っていた──絶対に許せない敵のことを。


“……教えてあげる。私と、あの異端審問官の因縁”


YUKINOユキノ隊が異端審問官に最初に敗けたあと。

それまでつっけんどんだったクリスが、初めて心を開いてくれた。

まずキョウの話をした。

喪ってしまった家族リューのこと、翼のこと、田中を追ってここまで来たこと。

パーティの一員として、キョウはなるべく包み隠さず伝えた。

すると、その想いが通じたか、クリスもまたその過去について教えてくれた。


“アイツは、あの異端審問官は私の名前を知っていたんだ”


クリスはその時、淡々としたトーンで語っていた。


“私の──昔の名前。

 戦場であった私に対してさ、突然なんか言ってきたの”


■■■■■、と彼女は言った。

クリスが口にするその音はひどく上滑りしていて、どこか聞いたことのない言語のようだった。


そのあと、クリスは語ってくれた。

クリスティアーネ・ブランミッシェルという名は、あとから自分でつけたものだということ。

彼女が闘う理由を。彼女を救ってくれた過去を。彼女がその名を自ら名乗ることへの覚悟を。


そしてそのうえで──言うのだ。

知ってたんだ、と。


“アイツ、あの異端審問官は、私の昔の名前を知っていた”


戦場で初めて交戦したとき、あの異端審問官はその名を告げてきたのだという。


“私だけじゃない。私の……ほんとうのお母さんとか、お父さんとか、みんな知っていた”

“それは……”

“殺したからよ、アイツが”


クリスは重ねるように言う。


“アイツがみんなを殺したから。

 だから知ってる。異端審問官が知っている理由なんて、それ以外にないでしょう”


クリスはそのとき、あくまで静かな口調で語っていた。

顔をわずかに俯かせ、その瞳に一切の感情の色は見せず、ここにいない誰かを突き放すように、言うのだった。


“みんなを殺した。

 そのうえで、クリスじゃない私の名前を、私の消えてしまった過去を、これ見よがしに突きつけてくる。

 許せない。許せない──絶対に……みんなを殺した奴を!”


クリスはそう語っていた。

だが──キョウは同時に知っている。


クリスが憎む敵、ハイネという異端審問官が、確かにクリスを守ろうとしていたことを。

少なくともキョウが見てきた範囲で、彼は敵であるようにふるまいつつも、決定的な瞬間では迷わずクリスを助けようとしていた。

さっきだってそうだ。

力づくでクリスを止めようとしたキョウを、猛然とやってきた彼が止めていった。


だったら、それはきっと──


キョウの瞳が迷いに揺れる中、クリスとハイネは剣を交わし続けている。

と、いってもハイネは一切攻撃をしていない。

ただクリスが憎しみを持って剣を振るっているだけだ。


「……間に合わなかったか」


そんな中、不意に聞き覚えのある声がした。


「田中君」

「クリスの居場所を伝えれば、すぐに跳んでいったよ」


ロイ田中。

アスファルトの上を跳躍ステップしてやってきた彼は、偽剣ソードレプリカ『エリス』を握りしめている。


「そしたら──やはりこうなったか」

「ロイ君、知っているんですね。クリスさんたちのこと」

「……大体、になるが」


その口調に田中もまた、迷っていることが掴めた。

それはきっとクリスたちのことだけではないだろう。

こちらの世界に来て、田中に何があったのか、キョウは掴んでいない。

だがその表情を見れば、その懊悩を推し量ることはできた。


「ハイネは言った。手を出すな、と」


田中は目を細め、キョウと並んでクリスたちの闘いを見ている。


「……きっとアイツにとっては、絶対に譲れないものなんだ。

 そこを否定されたら、自分が自分でわからなくなってしまうほどの──」


その言葉が届くことなく、ハイネはただクリスの刃を受けている。



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