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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
169/243

168_新宿上空


その姿を見たとき、田中は思ったのだ。

いよいよこの時が来たか、と。

予兆はあった。予感もあった。

しかしそんなことが起こる訳もないと否定する思いもあった。

だが呆気ないものだ。

壊れるときは、あっさりとこの閉塞した“現実”も壊れてしまうのだ。


空には不気味な、しかしアンバランスな美しさを秘めたオーロラがかかっている。

赤、青、黄、紫、橙、そして碧、あらゆる色彩が空をカンバスにかきまぜられている。


そのオーロラより言語船テクストシップの無骨な像を結ぶ。

聖女の紋章ロゴがついた船たちは、半透明な幻想リソースの翼をこの新宿に広げていた。

船は何重にも重なった言語テクストを展開しているのが見えた。

臨戦態勢。

船たちはどれも、戦場から迷い込んだように見えた。


「──見慣れた、光景になりましたね」


聞き覚えのある声が背後からかけられた。

ニケアや太母グレートマザーではない。

そのよく通る少年の声を、田中はよく知っていた。


「ハイネ」

「ええ、お久しぶりです」


振り返った先にいたのは、かつて聖女戦線で肩を並べて戦った少年だった。

どこからか調達したのか、動きやすそうなジャケットを羽織っている。

彼は微笑みを顔に張り付けながら、


「お前は裏切ったんじゃないのか」

「ええ、裏切ってますよ。“教会”の異端審問官は休職して、今や僕はあの聖女サマの右腕です」

「そこまで頼られているようには見えないがな……」


あの聖女は──きっともう誰も頼りはしないだろう。

太母グレートマザーの、どこか寂しげな表情が脳裏に過った。


「ふふ、そうですね。

 早い段階で合流できた人間ということで、利用し、利用し合うだけの関係です。

 僕もあの人も、お互いが何を見ているか、ということには興味がない」

「舞台装置、か」

「は?」

「いや、何でもないさ。いろいろなことがありすぎて」


そう告げると、ハイネは「ふふ……」と再び声を漏らした。

何時ものように柔和な、しかし憔悴の色を今の彼は纏っているように見えた。


「8《アハト》さん、こうして空に広がる大艦隊、聖女様はあそこで何をしようとしているのか、知っていますか?」

「……戦争の続きだろう」


それ以外に考えれなかった。

空に展開された船たちは、おそらく聖女戦線からそのまま転移してきたものたち。

ならばこそ、あの物語の続きを始めるしかない。


そう考えたが、しかしハイネは首を振って、


「いいえ、戦争、闘いとは、何かを求めて行うものです。

 闘いのために闘っているわけではない。

 その目的を聞いたからこそ、僕は聖女と行動を共にすることを定めました」


目的は“現実”への帰還です。


ハイネはそう告げた。


「そもそもなぜ僕らがこんな神話の国、“虚構”の世界としかいいようのない場所に迷い込んでしまったのか。

 それは聖女の奇蹟と、絶世騎士、エル・エリオスタ様の衝突が原因でした。

 聖女戦線という、極幻想リソース純度の場において、得意な奇蹟をその身に宿したものが正面から衝突した。

 それゆえの、この“神隠し”です」

「“神隠し”そして、転移」

「ええ、ここで肝要なのは、一つ強大な奇蹟があったとしても帰還することは難しいということです。

 以前の環境を再現するにしても、幻想リソース純度を引き上げることだけなら聖女一人でも可能でした。

 しかし衝突による余波はそうはいかない。

 ──正面から相対する敵がいなければ、奇蹟は、聖女の身に刻まれた物語は力を持たない。

 しかし、この世界にそのような敵は見当たらない」

「敵? しかし、敵と言ったところで」


ハイネはその瞳で田中を捉えて、


「そうです。この奇妙な“虚構”の世界に、彼女の敵は存在しない。

 エル・エリオスタ様がいない以上、同じ環境は用意できない」


“君は、そう私たち聖女の物語の敵ではないのだな”


そう、今まさにニケアに告げられたところだった。


「──だから、あの呪術師は言ったんです。

 聖女を、この世界そのものにぶつけてやればいいんのだと」

「何……?」

「この“虚構”の世界、それ自体は恐らく物質層フィジカルレイヤーに位置する、全く異なる異層の世界。

 世界そのものと衝突、ぶち破る要領で世界を貫ければ、あるいは同じだけの衝撃を得られる可能性がある」

「そんなことをすれば──」

「ええ、当然、この世界には穴が開きます。

 現にすでに今、法則が書き換えられつつある」


ハイネは淡々と告げた。

新宿の灰色の街の頭上では、極彩色の幻想リソースが狂ったように乱舞している。

あんなものは、本来この“現実”に起こりうるはずがなかった。


「彼女は──この世界を敵とする。

 この“虚構”を壊し、“現実”へと帰還しようとしている」


“虚構”と“現実”

ハイネの言うそれと、田中の思うそれは、おそらくひっくり返っている。

ハイネにとっての“現実”とは、あの剣と幻想が荒れ狂う世界であるが、田中にしてみれば、この灰色の世界が“現実”であった。

おそらくは、聖女もまた──


「この世界を壊すというのか? だってここには、いろんな人が」

「ふふ……おかしなことを言うんですね」


ハイネはそこで、面白い冗談を聞いた、とでも言うように笑った。


「あの8《アハト》さんが、それを言うんですか?

 エゴのために、いや、多くの人を殺めることこそがエゴであった貴方が」

「俺は……!」


何かを言おうとした。しかし二の句が継げなかった。

そうだ、今の自分は“ロイ田中”でさえないのだ。

そしてあの8《アハト》でもない。


「この世界を貫き、“現実”へと帰還する。

 悪いとは思いません。この世界は僕にしてみればただの“虚構”だ。

 僕が今まで“現実”で奪ってきた命の方が、本来ならば意味のあるものでしょう。

 命が尊いだなんて、そんなこと──思ったこともありませんがね」


平坦な口調で言うハイネに、昨晩のカーバンクルが重なった。


“おいおいそりゃないぜ。

 そんなヒロイックな義憤で闘うつもりかい?”


そうだ──彼らにしてみれば、この倫理、法則こそが当然のものだった。

そして自分もまた、8《アハト》として同じ生き方をしてきた。


「だから、僕は何としても“現実”に戻るんです。

 どうせこの世界は“虚構”だ。

 何の意味も──ないんだ」


そう自らに言い聞かせるように語るハイネの言葉は、今度はかつての自分と重なるように思えた。


「だから、8《アハト》さん。

 本当なら貴方や1《アイン》さんの協力が欲しかった」

「聖女に協力し、この世界を壊すための、か」

「ええ、そうです。

 貴方だってあの“現実”で成し遂げたいことがあるのでしょう?

 1《アイン》さんだって──“フリーダ”のこと、諦めただなんて思いません。

 だったら、どんな手段を取っても、行くべきです」


ハイネはまっすぐと田中を見据えて言った。

そこには真摯な言葉の響きと、硬い決意が含まれていた。

成し遂げなければならないこと。

絶対に譲れないこと。

それがなくなってしまえば、自分が自分でなくなってしまうこと。

そのためならば──


ふと、そこで電話の着信音がなった。

田中はこの狂った“現実”の中、もはや機械的な動きでスマホを取り出していた。


「大変です! ロイ君!」


キョウの声だった。

彼女は昨日と同じ切羽詰まった声で、


「空のアレ見て、クリスさんが出てっていっちゃいました!」



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