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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
168/243

167_舞台装置


どこまでも見覚えのある病院の前で、やはり見覚えのある彼女が笑っている。

その事実を、どう受け止めるべきか、田中は当惑していた。


──いや、戸惑ってどうする。


田中はぐっとその手を握りしめた。

元より危険は覚悟していた。

だがそれでも何が何でも欲しかった。

この“現実”にはすでに消えていた、桜見弥生の残滓を。


そういう意味で、聖女がここに現れたのは望むべくところですらある。

彼女を討つべく、田中は──


「ふふふ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔しなくてもいいじゃない」


そこに、鷹揚と語り掛ける声がした。


「一人で来い、とは確かに言ったけど、私も一人だとは別に言ってないわよ」


ふふふ、と笑いながら桜見夕香──太母グレートマザーはやってきた。

レインコートのような、全身を包み込むゆったりとした服装をした彼女は、いつの間にかこの場に現れていた。


「“雨の街”以来ね、どう? 元気にしていた」


その瞬間、今度こそ田中は剣を抜きそうになった。

聖女アマネ。

彼女を討った時の感触がフラッシュバックする。


同時に──昨日であった、もう一人の彼女のこともまた脳裏に浮かんだ。


「……いや、昨日会ったさ、アンタとはな」

「ふふふ……そう、貴方、あれを私だと思うの?」


嬉しいこと言ってくれるじゃない、と太母グレートマザーは口にした。


「やはり、別人という訳か」

「ふふふ、さぁ? 何を思って別人なのか、同じなのかというかは、また難しい問題だと思うけれど。

 名前とカタチが一緒なら、同じといえると思う?」

「禅問答をしに来たんじゃない」


田中は太母グレートマザーの言葉を切り捨てた。

そして彼女とニケアの間で視線を揺らし、


「教えてくれ──これは、何なんだ?」


田中は彼女たちにそう問いかけた。


「俺はただこの“現実”で、弥生とアイツと二人で生きてきた。

 なのに急に全部消えて、あんな“虚構”に叩き落されて。

 そこでアンタに会った。

 それからいろんなものを殺して、傷つけて、そうしてここまでやってきた」


でも、と彼は言った。


「そしたらまた、戻ってきた。

 こちらの世界に、この“現実”に。

 でもやっぱりアイツはいなくて──なのに俺がまだいて」


意味が分からない。そう彼は告げた。


「──この筋書きを書いているのは、アンタなのか?」

「違うよ」


応えたのは、ニケアの方だった。

彼女は、うんうん、と納得するようにうなずいた。


「少なくとも私は、書かれる側の人間さ」


そして彼女は小さく微笑んで、


「そして君の物語はそういうカタチのものなのか。

 うん、違う。

 安心した。どうやら君は私の敵ではないらしいから」

「な……!」


田中はニケアの所作に、声を喪った。

その言葉に含められた響きが、第四聖女トリエの言葉にひどく似ていたからだ。


“貴方には、貴方なりの物語があったのかもしれない”


“でも、私には、私の物語があって、現実があった。

 だから、ここで貴方に殺されるのだけは厭”


あの時、名前も知らなかった彼女は、田中に対してそう言った。

しかし──そんなことを認められるわけがなかった。

聖女を殺して回るだけの者として、田中は生きていくしかなかった。

それが、この歪な物語の筋書きの筈だった。


「タナカクン。

 私には君へのうっすらな記憶がある。 

 でも、それは私の行動を何も替えはしないよ。

 きっと他の聖女だって、そうだ。

 君という存在なしに、聖女という狂った奇蹟は在る」


エリスの現在を犠牲にした虚構への逃避。

アマネの理想への失望から生まれた苦しみも。

ミオの切望の果てに訪れた堕落も。


それらはすべて──田中という存在なしで産まれたもの。


「君は、そう私たち聖女の物語の敵ではないのだな。

 舞台装置。

 終わらない奇蹟を終わらせるための機械のようなもの。

 やはり君はそういうものらしい。うん、うん」


納得するようにうなずくニケアを、田中は何も理解することはできない。

だがそんな彼に対して、ニケアはすっと手を指し伸ばした。


「そして──それは君にとっても同じだよ、タナカクン」

「え……」

「聖女は、君の敵じゃないだろう。

 相対するべきものじゃない。

 君が聖女にとっての舞台装置であるように、私たちは君にとっての舞台装置だ。

 互いに利用し、し合う関係という訳だ」


私にはね、と彼女は言った。


「そのことが少しだけうれしいよ。

 きっと私というキャラクターの奥底、根源にあることとしてね。

 君と決定的に敵でないという事実が、私は嬉しいんだ」

「い、意味が……」

「わかるさ、いずれ。君ならわかってくれる。

 今の君は、そういう意味じゃ過渡期なのだろう。

 ちょうど九十年ぐらい前の私のように」

「か、勝手に満足するな! 俺はお前を、お前を殺そうとしているんだぞ」

「知っているよ。そういう存在なんだ、君は」


ニケアはそう言い切ったのち、ぼう、と碧の光を灯した。

薄く輝く蝶の翅を背負った彼女は、ゆっくりと飛び上がっていく。


「では、また!」

「待てよ! まだ何も」

「いや、すぐ会うさ。その時はお互い上手くやろう!」


その言葉と共にみるみる内に彼女は遠くに消えていくのだった。

「あ……」と声が漏れる。

だがすぐに気を取り直して、残されたもう一人の存在、太母グレートマザーをみた。

彼女はまたあの露悪的な言葉をかけてくるか──


「……あの娘、もしかして」


──そう思ったが、しかし太母グレートマザーは田中を見てはいなかった。


「何をしようとしているのかしらね……味方である、私にも何も言ってくれないなんて」


彼女もまた消えていったニケアを眺めていた。

底知れない微笑みは消え去っていた。

代わりに彼女は、今まで見せたことのないどこか弱々しい姿に見えた。


太母グレートマザーは田中の視線に気が付くと、ゆっくりとこちらを見て、


「ふふ……お互い、寂しいわね」


そんなことを言い、そして──消えていた。


はっ、とする。

瞬きすらしていなかった。

にもかかわらず彼女の姿はもうそこにはない。

ただ静かな世界が、“現実”が戻ってきてしまっていた。


田中はしばらくぶるぶると手を震わせていたが、


「──なんだよ、意味が」


わからない。

そう叫びたい気分だった。

世界すべてに取り残された気分だった。


このなかで、でも生きていくしかないというのか。


荒れ狂う感情の中、田中は──異変に気が付いた。

ゆっくりと己のが影が押しつぶされていく。

早朝、陽が上っていくはずの自分で、どういう訳か影が広がっているのだ。


田中は顔を上げた。

そして、見た。


「──言語船テクストシップ


雲を切り裂くように現れた、その巨躯を。

聖女軍のものと思しき無数の艦船が、東京の空を突き破り、その姿を結んでいた。


12月24日 7時14分


──“現実”と“虚構”の壁が完全に崩れ去った瞬間だった。



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