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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
167/243

166_病院


どこかで鳥が鳴く声がした。

この“現実”の朝はまたやってきた。

すでに入った無視するには亀裂は大きすぎるが、しかしそれでも何とかまた、この朝日を迎えることができた。


「……なぁんで一応パトロールやった私だけ起きてるんだろうねぇ」


カーバンクルは自分で入れたコーヒーを口に含みながら言った。

視線の先では三人の少女たちが寝転がっている。

クリスはタオルとペットボトルを置いて、雪乃は毛布にくるまり、キョウはコタツにずっぽりと遣って、三者三様の寝方をしている。


まぁまだ早朝、別段何か用がある訳でもないし、このまましばらく寝かしておくか、とカーバンクルはもう一口コーヒーを流し込んだ。


今のうちに体力を温存するというのは間違っていないだろう。

おそらく──今日はまた、大変な一日になる。

だからとりあえず寝ておくのは大切なことだ。


「……まぁ、昨晩もいろいろあったみたいだけど」


同時に彼女はスマートフォンを慣れた手つきでスワイプしていく。

ニュースサイトでは数多くの情報が流れていた。

中でもトピックは、昨晩無数に現れた「害獣」だ。

往来に姿を見せた異形バアバロイたちは、実際に多くの被害を街にもたらした。


そしてその結果として、命を落とした人間もいた。

警察の出動などで謎の害獣自体は退けた、ということだが、果たしてすべてを退けることができたのか。


「……おそらく異形バアバロイもまだ完全な状態ではない。

 だから、物質フィジカルに依存した武器でも通じのだろう。

 いや、それともあれか、こちらの“現実”にいるためには、どうしても身を想念スピリチュアルでなく物質フィジカルにしないといけないのか。

 ならばもう少し希望はあるが──幻想リソースが満ちてくるとまた変わってくる」


考えを整理するように彼女は呟く。

異形バアバロイの往来への出現によって、急速に事態は進んでいる。

二日前までは、雪乃と組んで夜の片隅で闘っていれば済んだ。

しかし、こうなってくるともう、ダメだ。

一度加速し出した環境を止めることはできない。


そう考えつつ、カーバンクルは情報を眺めていく。


「──害獣を討つ剣を持った少女、か」


流れるニュースの中に、一定の割合でその存在は混じっている。

画像や動画も合わせて、その存在は語られている。

蝶の翅を背負い、碧の光と共に各地に現れる害獣を切り捨てていた少女がいた、と。


「コスプレヒーロー。都市伝説、懐かしい香りのするアニメ……まぁ、まだ冗談半分の記事ばかりか」


ふぅ、とカーバンクルは息を吐く。

その存在の正体が何であるかは、考えずともわかる。

聖女。

何であれその存在は、この“現実”においても徐々に浸透しているようだった。

今はまだ、存在としての信憑性が低い。

とはいえそれも時間の問題だろう。


異形バアバロイ偽剣ソードレプリカ、そして聖女。

 そんなものがこの“現実”に確かに存在するという事実。

 多くの人はそんなものを信じない。

 でも、彼女が実際に戦い、討ち果たし、人を救うという物語があれば──」


あるいはこの流れが続いていけば、この“現実”も最終的には、カーバンクルの知るあの世界──田中の言う“虚構”へと飲み込まれていくかもしれない。

“現実”と“虚構”の間の壁には、既に大きな穴が開いている。


と、そうしてニュースを確認しているが、そうは言っても“現実”はまだ完全に壊れてはいないようで、ほかにも多くの情報が流れてくる。


「こんだけ勧告されてるのに、普通に出社していくリーマンがぞろぞろとねぇ。

 まぁ、軍隊と思えばこんなものかもしれないけど」


ぼんやりと眺めながら、そうした事柄を抜きにしても、カーバンクルはどうやら今日が特別な日であることを思い出していた。


「なるほど、クリスマス・イヴねぇ」


クリスマス。

その言葉は、カーバンクルもこの一か月の生活でなんとなしに聞いていた。

どうやら実際の祭りというのは、今日と明日の間、つまり今晩にあるらしい。

その間が特別な時間ということで、宗教的な意味を持っているらしい。


「……夜を尊ぶのはいいけど、果たして明日もまだこの“現実”が残っているのか、いないのか──」


カーバンクルは窓から差し込む陽光を見ながら、すでにこの部屋を後にした少年のことを思った。

昨日受けた電話から何を聞いたのやら、早朝も早い時分にまっすぐと出ていったのだった。


「さて、戻ってくるかな、ロイ田中君」







冷たい風が吹きすさぶ中、田中はゆっくりと歩いて行った。

早朝であり、さらには異形バアバロイの出現によって往来の人は極端に減っている。

警官が厳しい目で数多く徘徊しており、ぴりぴりとした雰囲気が辺りには漂っていた。


立ち並ぶ摩天楼と、人のいない東京の街並み。

こうしてみると、まるで──


「──あの聖女戦線みたいだ、と。そう思うだろう?」


こちらの思考を読んだかのように、その声は聞こえてきた。


新宿。

この“現実”に転移した際に、初めてやってきたこの街。

昨晩、太母グレートマザーはその中でも、一つの場所を指定してきた。

そこで田中一人で会いたいと、彼女は言ってきたのだった。


「私も、同じことを思った。

 あれだけ遠かった、この世界とあの世界が、徐々に同じ方向に向かっている、と」


だがそこにやってきたのは、太母グレートマザーではなかった。

こつ、こつ、と聖女ニケアが靴音を響かせながら、やってきた。


「昨日はあわただしくて挨拶もできなかったからな。

 母上の取り計らいで、こうして会えたことを感謝するよ、タナカクン」


彼女は、桜見弥生そっくりの顔で、しかし全く違う微笑みを浮かべていた。


「しかし私にとっても、この場所、この病院は特別なものを感じる。 

 ずっとずっと、百年以上前、私が生まれる前のこと、だったりするのだろうか」


そこは新宿にある、それなりの規模の病院の前だった。

そう、そこは──弥生がかつて入院していたはずの、あの小説を書いていたはずの場所だった。




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