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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
165/243

164_ひび割れ


それは丸い球に真っ黒な布をかぶせただけの、非常に単純な造形をしていた。

子供が作ったてるてる坊主、それも出来損ないのようでもある。

生物的にも見えず、かといって機械的にも見えないオモチャのような、チャチな代物だった。


「魏ws@:んちょいzbxm@oin oistnhjn」


そんなものが、どういう訳かこの“現実”に立っていた。

“現実”にはあり得ない存在が、しかし、当たり前のようにその存在を主張している。


異形バアバロイ……夜にしか出ない筈では」


あまりの事態に田中は反応が一拍遅れていた。

これまで深夜、東京の隅に現れるものは、ひどくその輪郭があいまいで、人目にさらされるだけで溶けてしまうほどだった。

だが、こうして飛び出てきた異形バアバロイは違う。

見上げるほどの巨躯を多くの一目やカメラに晒しながらも、当然のように存在を保っている。


「sv96s@0bi8wy0jim^^0ytj」


異形バアバロイは不快な音を立てつつ、動いていった。

緩慢に、滑るように突き進んでいくそれは、“現実”に類する多くのものを押しのけながらも突き進んでいく。

車が押しつぶされ、アスファルトはひしゃげていく。

多くの人々がそれを見て声を上げ、目を見開いていた。


皮肉にも街に蔓延する電子音の聖歌は止まらなかった。


「ふむ、なるほどねえ」


衝撃を受ける田中をよそに、カーバンクルはむしろひどく落ち着いた様子で、腕を組んでうんうんと頷いていた。


「田中くん、ソードリスト、巻いてるかい?」

「え、ああ……それは」

「たぶん、偽剣ソードレプリカ出るようになってるよ」


その言葉と同時に、カーバンクルが、ふっ、と何かをつかみ上げた。

一切の艶のない漆黒の刀身『リヘリオン』が顕現した。


「ほら、ね」

「……何故」


そう問いかけて田中は「いや」と声を出した。


「とにかく戦えるなら、やるしかないか。あれはスマホじゃ倒せない」

「うん、まぁ、そうだろうね」


カーバンクルはぽりぽりと頬をかく。

いきなり剣を出した彼女であったが、周りの人々は逃げ惑うか、カメラで異形バアバロイを抑えようと必死で、彼女のことは見ようともしていない。

そんな流れに逆らうように立ち尽くす田中は、ソードリストより『エリス』を引き抜いていた。


「確かに、出た。これでアイツを──」

「え? 戦うのかい?」


意外そうにカーバンクルが言った。


「ぶっちゃけ、これ、私らが戦う意味なくない? とっとと離脱しちゃった方がいいと私は判断するね」

「何を言って──」


田中は食って掛かるように言った。

舞い散る炎、甲高い悲鳴、狂乱の中で出ていくなど、


「戦えるだろうが、私らが下手に目立ってもマイナスしかない」

「だが、俺たちは今戦えるし、目の前にこれだけ人が死んでる」

「おいおいそりゃないぜ。

 そんなヒロイックな義憤で闘うつもりかい?」


カーバンクルは突き放すように言った。

その言葉に田中は思わず「それは……」と詰まる。

“教会”の異端審問官として戦っていた中で、人のために戦ったことなどない。

聖女を殺すため、自分のエゴのためだけに戦ってきた。

今しがたもそう決意したばかりだった。


そうだ、だから、この場でいまさら、目の前の人間を助けるために戦うなんて──


「それに、大丈夫だ。

 私らが出張らなくても奇蹟はやってくるさ──最悪のね」


カーバンクルがそう口にすると同時に、空から閃光が走った。

ぼう、と夜空に光が浮かんだかと思うと、いなずまのように彼女は駆け抜けた。

光の奔流がクリスマスのイルミネーションを吹き飛ばし、碧の光が視界を席巻した。


「うん、うん、ようやく調子が出てきた」


蝶の翅を背負う少女が、光の中にいた。

異形バアバロイ偽剣ソードレプリカ『パルスマイン改・3rd』を突き立てている。

風に吹かれ、その長い髪が待っている。刃を突き立てられた異形バアバロイは、ゆっくりとその姿を溶かしていく。


「……聖女、ニケア」


田中は呆然とその名をを呼んだ。

すると、まさかそのつぶやきが聞こえたのか彼女は、ちら、とこちらを一瞥して、


「待っているよ、タナカクン」


口元はそう動いたように見えた。

同時に彼女は、翅を大きく広げ、碧の光を残して空へと飛びあがっていった。

その軌跡はまるで流星のようでもあった。


そして──その場には静寂が降り立った。

破壊が起こり、人が消え、そして異形バアバロイは聖女に討たれた。

一瞬の出来事であったが、しかしこの光景はあまりも鮮烈だった。

今まで盤石だった“現実”など、一瞬で吹き飛ばすほどに。


と、そこでポケットから振動が伝わってきた。

懐かしくも感じられるスマホのバイブレーションだった。

呆然としつつ、そこに表示された「雪乃」の文字を確認しつつ通話を開始した。


「大変なんです! ロイ君」


だが実際に出たのは雪乃ではなかった。


「なんか異形バアバロイが、この時間に街に出て人を襲っているとか」

「知っている、それも解決した」


慌てて喋るキョウに、田中は淡々と答えた。

グズグズとしている間に、聖女がすべてを薙ぎ払っていった。

そう、それだけのことだ。

一度壊れたとはいえ“現実”はまたすぐに戻って──


「え? そんな訳ないです。全然解決なんてしてないですよう」

「何を言って、目の前で異形バアバロイが倒される様が」

「一体だけじゃないんです! 異形バアバロイ


キョウは言った。


「ニュースで言ってしまった。なんか、東京中に出てるんです!」




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