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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
164/243

163_アイデンティティ


「聖女、か」


カーバンクルの問いかけに、田中はその言葉を反芻した。


ハイネ。

異端審問官であるはずの彼の行動の真意を、田中は知らない。


だが彼が誰を守ろうとしているかは、流石にわかる。

聖女戦線での戦いでの、最後の一幕にて彼は言った。

妹なんだ、と。

そのために、異端審問官として、敵として彼は立ち回り、彼女──クリスを守ってきたのだろう。


何故そのような真似をする必要があったのか。

そして当のクリスからはああも憎まれているのか。


“僕のことを、彼女は忘れていた。会っても、僕が兄だと、お兄ちゃんだと認めてくれなかった。

 だから──こうして守るしか、なかったんだ!”


脳裏に浮かぶ、戦場での彼の叫び。

あの時はとっさに意味がわからなかった。

だが、今ならば田中にもあの慟哭の理解できた。


己の中で決して崩すことのできない芯。

自分が自分であるために、常に優先するべきこと。

それがハイネにとって、クリスを守るという、その意志なのだ。


だとすれば──


「……やっぱり俺は、聖女を殺すよ」


続けて言った。


「そしてまた会うんだ。

 この“現実”に確かにいたはずのあの人と」


桜見弥生。

その存在は“現実”にはないものとされていた。

しかし聖女はいる。

聖女という“虚構”の存在が、確かに彼女がここにいたという証になる。

彼女とまた会うこと。


“ロイ田中”ではない、自分というキャラクターとして、そこだけは譲れない。


「……なるほど、ね」


カーバンクルはそう言って、小さく息を吐いた。

どこか疲れたような──あるいは懐かしいものをみたような、そんなものを滲ませる所作だった。


「了解。ま、正直聖女と合流するのはそれなりにリスクがあるしね。

 私としても、もう少し考えておきたいところだった。

 ハイネは、とにかく何が何でも元の世界に戻りたいようだが……」

「そのことだが、報告がある」


田中はそこで迷った末、ハイネと──そしてクリスのことを伝えた。

聖女戦線での顛末、そして彼がクリスを守って見せたこと。

加えてクリスが既にこちら側に来ていて、一度戦ったことも。


「……ふうん、妹のためにね」


色々と伝えたが、さしてカーバンクルは驚く様子もなかった。

もしかするとハイネの真意については、カーバンクルは既に知っていたのかもしれなかった。


「でも珍しいね」

「何がだ」

「いや、君、殺さなかったんだろう?」

「え?」

「他はなんとか理性で抑えているんだろうけどさ、戦闘で襲い掛かってきた敵兵とか、いつもの君ならズバッとうっかりやってそうなもんだけど」

「いや、ダメだろう、それは」

「ハイネは、いろいろ粗っぽい真似をしてたみたいだけどね。どっかからか物を調達してたし」

「それは──」


その場で歩き回る人々が視界に入った。

そこでは平穏を謳歌する雑多な人々が、クリスマスの明かりに照らされている。


彼らは、人だ。

その重みを──重み?


「いや、今までさんざんやってきたことを考えると、珍しいと思っただけだよ。

 下手に殺ってた方が面倒だったから、行動は正解だ。

 手元においておけば何かしらのカードにはなるだろう。

 あの不殺剣士がちょっと邪魔になるが」

「あ、ああ……」


田中は胸に芽生えた違和感を抑えながら思う。

8《アハト》。

ここにいるのがかつての彼であるのならば、“虚構”であろうとこの“現実”であろうと、手を赤く染めることを厭いはしなかっただろう。

だが──ここにいるのは。


「しかし、それともう一つの、偽剣ソードレプリカが不完全ながら出てきたという話の方が問題だ」

「それも、理由はわからない。あのあともう一度試したが、やっぱり出なかった」


カーバンクルは「ふむ」と言って口元を抑えた。

そして考えを整理するようにぶつぶつと言葉を漏らし始める。


「クリスをはじめ、続々とこちら側に見知った人間が出てくるのは良い。

 そうでないと寧ろ不自然だ。そして増えていけば何かしらの変化が起こることは見えていた。

 そしてすでに聖女ニケアはこちら側に来ている。

 つられて幻想リソースもまた出てきている。そうか、つまりこれからこの“現実”は──」


彼女は何か合点がいったような呟きを漏らした、その時だった。



悲鳴が街を貫いていた。

きらびやかなイルミネーション。電子音で紡がれる聖歌。


「ksn@boiwhj[]qwpoembpy0nkns@

oub0[pyhwipnld]ntkmpmnyl;dsmwtpe

oeijkrv;lk:sn:opiw ]m@sypgnk

];l .m\c@ooooooooooooowrlb;\w

ipmnmnmnmnmn」


それら平穏を突き破る刻まれる不快な、言葉ではない音。

人々が数多く往来する交差点。その中心に手ぬっぺりとしたつやのない黒い何かが立っていた。


異形バアバロイ

かつて神話時代ファーディエイジの残滓であるという、その異様な敵は、“現実”の往来にて姿を見せていた。

それはその曲で自動車をぺしゃんこに押しつぶし、煙と炎をまき散らしている。



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