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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
163/243

162_紅と青


「キョウさんって、ロイさんのこと……好きなんですか?」


その問いかけは、いつものように平坦な口調ではあった。

しかし言葉尻は僅かに震え、声色も高くなっており、彼女の緊張を感じさせる。

見れば、雪乃はその制服の端っこを握っているのがわかった。


「…………」


一拍、沈黙が下り、キョウはよくわからない、という風に首を傾げた。


「ロイ君のことですか? うん、ううん……?」

「そうです! あの人のことです」

「それを何故……」

「好きなんですか?」


問い詰めてきた雪乃に対して、キョウは瞳を揺らし、言葉を選ぶように、


「ええと、うーん、えと、まぁ好きなんじゃないですか?」

「どれくらい、ですか?」

「まぁ、その、できればこの東京では一緒にいたいなって、思うくらいには。

 いや警戒はしないと駄目なんですけど。

 ロイ君の隣で寝るとか、いろいろ怖いので眠りも戦場モードだったりとか」


だから早起きになっちゃうんですよ、とキョウはとぼけるように言うが、雪乃は首を振って、


「……私、さっきあの人に話を聞きました。

 元々この“現実”の人間だったという話も、なのに、もう一人の自分がまだここにいたという話も」


その言葉を聞いた時、キョウの眉がぴくりと動いた。

詳しい事情は彼女だって知らなかった。

しかし先ほど戻ってきた田中の憔悴具合の理由は、だとすると──」


「……貴方たちの世界のことも、ロイさんのこともよく知りません。

 でもなんとなく、ロイさんと貴方は、会った時から親しかったように思います」

「そう、ですか」

「だから、その、ご関係をお聞きしたいと思って……」


雪乃は再びキョウに向き合い、頬を紅潮させたまま尋ねた。

好きなんですか、と。


キョウは、雪乃の意図がわからなかった。

この世界に来てから彼女は“現実”の多くをディスプレイ越しに眺めた。

好んだのは情報をコンパクトに取れるニュース番組や教育番組だったが、中にはドラマなどの虚構フィクションも含まれた。


劇の舞台に末席とはいえ連ねたことがキョウは、そこで繰り広げられる劇の筋書きはなんとなしに追っていくことはできた。

だが、どこか距離感があったのも事実だ。

言葉にできない、“現実”と“虚構”との壁ともいうべきもの。


雪乃が自分や田中に抱いている感情を、キョウは今一つ理解することはできなかった。

それと同じような、感覚の距離を彼女は感じでいたのだ。


「……好きですよ、私はロイ君のこと。

 そして、ロイ君もなんだかんだ私のことを嫌ってはいないと思います。

 あんな世界、戦場だろうと生きて何度も会える時点で、結構な縁ですから」


キョウは言葉に迷ったのち、でも、と繋いで


「私とあの人は、たぶん隣にはいることができない人なんです」


そう言った。


「え……」

「私とロイ君は正反対ですから。

 だから目を合わせて、真正面から相対することはできます。

 お互いのことがわからなくても、お互いのことが怖いと思っても、それでも同じものを共有できるんです。

 そうして私たちは今まで向き合ってきました。

 もしかすると、そのまま“終わり”までいけるかもしれません。

 そうなったらいいな、とは思っています」


キョウはそこで、ふっと表情を変えた。

それはどこか寂し気にも見える、小さな笑みだった。


「でも、隣に並んで同じ世界を見ていくことはできません。

 だってお互いに考えていることが全然違うんですもん。

 たぶんその役目は私じゃなく──」







アカ・カーバンクルアイ。


あらためて思うと奇妙な名前だ。

これももしかすると弥生のセンスだったのだろうか。

そんなことを思いながら、田中は見知った“現実”を歩いていた。


クリスマスを目前に控えた騒々しい街並み。

きらびやかな光がぴかぴかと照り輝く中にて、紅い瞳の彼女は待っていた。


カーキ色のダウンジャケットを羽織った彼女は、異様なほどにこの“現実”に溶け込んでいるように見えた。

無論、身体的な特徴はファッションであえて抑えているのだが、それ以上に彼女の所作が落ち着いているのだ。

キョウにはあった、この世界に対する戸惑いや迷いが感じられない。

それが自然さにつながっているのだった。


「……死んだような顔をしているね。

 この世界の何もかも──自分さえも信じられない。そんな投げやりな顔してるぜ」


電子音で奏でられる聖歌の下、カーバンクルは柔らかく笑ってみせた。


「そういうアンタだって、何時も投げやりじゃないか」

「おや、ばれたかい?」

「そりゃね。そうでもなきゃ10《ツェーン》の奴が胃を痛くすることもないだろうよ」

「わかったことを言うようになったじゃない、少年」


田中はそこで笑ってみせた。

理由はわからないが、とにかく色々なものを笑い飛ばしたい気分だったのだ。

カーバンクルも同じように笑っていた。


「……家に帰ったらさ、もうそこには俺がいた。

 俺はどうやらもう“現実”に足りているみたいだ」


告げるとカーバンクルはさらに大きく笑って、


「そこに行けば元の自分の居場所があると思ったら、逆にもっとわからなくなった。

 そういうことかい」

「……そうだよ、俺はきっと、もうロイ田中でもない」

「だからと言って8《アハト》でもない、と。10《ツェーン》の奴なら言うだろうね」


カーバンクルの言葉にうなずいた。

こうして、会話にしてみるとはっきりと認識できる。

自分が何を恐れているのか、何に突き放されたのか。


「……でもまぁ、何とかなるよ。君は生きているんだから。

 生きている以上、勝手になんとかなる。なりやがる。ムカつくことに」

「知ったようなことを、言うんだな」

「私の方が人生は先輩だ。何倍生きていると思っているんだ」

「さぁ、アンタの齢なんて、そういえば気にしたこともなかったからな」

「聞きたい? 嘘を吐くけど」

「どうでもいいよ。そんなの」


そんな言葉を交わしながら、田中は徐々に調子が戻っていくことがつかめてきた。

何も問題は解決していない。

しかし先ほどの三月や“ロイ田中”との遭遇での衝撃は、徐々に落ち着いてきた。

そうならざるを得ない。この東京はもはや、自分の居場所ではないのだから。


「──ハイネに会ったよ、そしたら言われた。

 ごめんなさい、裏切りますって」


不意にカーバンクルが声色を変えて、


“僕には絶対に守りたい人がいる。

 その人のために、僕はこの十年を生き続けた。

 だから、僕は彼女のことを最優先に考えたい”


遭遇したハイネはそう言ったのだと。


「だから──ハイネは聖女につくといった。

 そして聖女ニケアの奇蹟を使い、絶対に元の世界に、私らにとっての“現実”に戻ると言った。

 さて、田中くん。

 我々はどうすべきだろうね。何ならハイネと一緒に聖女に会いにいくかい?」




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