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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
161/243

160_公園の戦争



夕暮れの公園。

そこは都心にぽっかりと浮かぶ空白地帯。

どこまでも伸びる影を踏みつけながら、田中とクリスが剣を交わしている。

遊んでいた子供たちやランニングをする中年などが見える中、彼らの戦争がひっそりと再開されているのだった。


肉厚の『ルゥン』が振り払われる。

田中はそれを跳躍ステップで回避、は敢えてせずに地面を蹴った。

やわらかい土を蹴りあげる物質的フィジカルな感覚。

勝手が違う、と思いつつも剣を握りしめる手は緩めない。


跳躍ステップが、なんか」


クリスがつんのめるように態勢を崩している。

追撃のために跳躍ステップを行おうとして、あらぬところに出てしまったらしい。

結果的に距離ができ、田中も追撃ができない。


──やはり、いろいろと不完全な状態か。


田中は不思議と得心が行っていた。

どういう訳か偽剣ソードレプリカを再び握れるようになったが、跳躍ステップは不完全。

またこの分では言語テクストを読み解き、特異な力を発生させることも難しいだろう。


当然だ。

ここは虚構フィクションの世界ではない。

剣から光だとか、言葉だとか、そういう妙なものを出すなんてこと、起こりうるはずがないのだ。


「クッソ、厭! なんか不愉快なんだから」


クリスが叫びをあげて突っ込んでくる。

それに呼応して周りがぎょっとして顔を上げるのが見えた。

中にはスマホを取り出しているものもいる。

呑気なものだ。

こちらは一応、本気で殺し合っているつもりなのだが、まるで見世物のようだった。


──それも仕方ないか。


立場が逆だったら、あるいは本当の“ロイ田中”がここに居合わせたら、やっぱりそのような態度になっただろう。

少女がバカでかい剣を握って、学生服の男とチャンバラをやっているのだ。

笑わない方がおかしい。


田中はどこか醒めた心地でそう分析しながら、地面を蹴った。

今は跳躍ステップにはあまり頼らない方がいい。

制御できないものに命を任せる気にはなれない。

素早く動ける『エリス』でひとまず敵を無力化する。


「このぅ!」


クリスが悔し気に顔を歪めながらも大剣を振り回してくる。

彼女も跳躍ステップなことに気づいたのか、不用意には跳んでは来なくなった。

それ故に動きは鈍くなり、単調にもなる。

それが大型の『ルゥン』なら尚のこと。


ぶうん、と空を切る。

冷静に剣戟を対処しながら田中は追撃の機会を窺っていた。


「──うぅ、この」


そして、その機会は思ったよりもずっと早くやってきた。


「け、偽剣ソードレプリカが、重い。

 なにこの……身体が」


クリスの剣は、みるみる内にその速度を喪っていく。

その額には弾のような汗が浮かび、しびれるように自身の腕を抑えてた。

不調を悟ったか、向こうは地面を蹴りを距離を取ってきた。


「お前──何をした」

「何もしてないさ」


以前、偽剣ソードレプリカ『ミオ』の力でクリスを“堕落”させたことがあった。

その時の経験からクリスは田中を警戒しているようだが、実のところ彼は本当に何もしてはいない。


「ここは“現実”なんだ。

 お前たちみたいな──俺たちみたいなばかげた虚構フィクションが、力を出せるわけないだろう」


田中は吐き捨てるように言った。

考えれば、単純なことだった。

偽剣ソードレプリカ跳躍ステップが不完全なように、クリスの聖別もまた不完全なのだろう。


聖女の力を疑似的に再現する聖別。

それによってクリスは力を得ていた訳だが、聖女戦線でないここでは上手く機能しないようだった。


「子供なんだよ、きっと。俺も、お前も、ここでは何もできない」

「意味のわからないことを!」


そう叫びをあげてクリスは突進してくる。

田中は目を細める。剣を握り、意識を集中させる。

今はクリスを討ち取る絶好の機会だった。

彼女とは聖女軍の精鋭エースであることは間違いない。

諸々の事情を置いておいて、撃破できるタイミングを逃すこともない。


──ハイネ。


ただ脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。

この“現実”に転移する直前、彼はクリスを明らかにかばっていた。

そして言った。妹なのだ、と。

果たしてその真意がどこにあったのか、尋ねることは叶わなかったが。


そして意識を沈めながら、田中とクリスの身体は交錯し、どさ、と倒れる音がした。


「…………」


田中は無言で、横たわるクリスの身体を見下ろした。

構えた剣はそのままだった。

突っ込んできたクリスは、その剣を維持することができず勝手に倒れていた。

彼女の息は荒かった。額には汗が浮かび、意識が混濁しているのが見えた。


不完全な聖別の中、無理に力を使った余波。

そう分析した田中は息を吐いた。同時に『エリス』がどろりとその輪郭を喪い、溶けていった。


「えと、その、ロイさん」


背中から雪乃の声がした。

困惑と緊張が窺える彼女に、田中は「もう大丈夫」と返していた。


「なべて世はこともなし。この現実に何も変化は起こってないよ」

「…………」


周りにはギャラリーができていたが、しかしそれも大騒ぎというほどでもない。

コスプレ少女が公園で剣を振り回していただけ。

何かのじゃれ合いだと思われたのか、半笑いでこちらを眺めている者が多く見えた。


雪乃はしばらく当惑したように瞳を揺らしていたが、


「ここの管理者から何か言われるかもしれません。

 とりあえず、逃げてしまいましょう」

「……ああ、そうだな」


どこに、とは聞かなかった。

ロイ田中は、この“現実”に居場所はなかった。

帰ることができる場所は、雪乃が用意したカーバンクルの部屋しかない。


「ええと、この人も連れて行った方がいい……のでは?」


雪乃は困ったように言った。

その視線の先には、苦しそうに息を吐くクリスの姿があった。

田中は無言で彼女の身体を担ぎ上げるのだった。





公園での戦闘は、それで終わりだった。

人に見られこそしたが、血も流れず、誰も死ななかった。


……しかし、平穏かつ強固だったはずの“現実”が穏やかに軋みを上げ始めていた。




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