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虚構転生//  作者: ゼップ
雨、邪悪なる理想の聖女
16/243

16_雨音


私の身体が、私のものでなくなったかのような気持ちの悪い感じがした。


いいから私の言うことを聞きなさい。

わがまま言ってないで、私の身体として動かないとだめなの。

あなたは私なんだから。


などと、冗談のようなことを考えていると、ふと別の声が聞こえてきた。

それは私の内なる声だった。私の“おしかり”に対し、それはこう返してきたのだ。


いきなりやってきて、身体わたしになった癖に、よく言うよ。


と。

なるほど、身体の方が正しく、私の方が間違っている。

そういう、考えもあるのか。

盲点だったな。


そんな寝ぼけた考えを経て、私の意識は覚醒する。

そうして気が付く。自分の身体が、雨に濡れてずぶ濡れなことに。

降り注ぐ雨に沈み込むように、私は眠っていたのだ。


雨はもう止んでいた。でも空は相変わらず泣きそうなほどの曇天だ。

きっとまたすぐに降り出すだろう……


(■■■)







ざざざ──


そこは石でできた、灰色の街だった。

街全体をぐるりと囲う外壁には傷一つついておらず、傍から見ると円柱が突っ立ているようにも見えるだろう。

門をくぐれば、飾り気のない素朴な様式の建物が立ち並んでおり、街のすべてが石で造られていることに気づかされる。


けれど、その街は石の街とは呼ばれてはいなかった。

人はみな揃って街のことをこう呼ぶ。


……“雨の街”と。


分厚い雲の下で、雨が猛然とこぼれ落ちていた。

石畳に落ちた大粒の雨が弾け飛び、灰色の街を派手に濡らしていく。

大量の雨水は、なだらかな坂に従って落ちていき、道沿いの溝を通って外へと吐き出されていった。


「なんだかよくわからない言語テクストが発動しちゃって、

 もうずうっと、何年もの間、この街では雨が止まないんだそうです。

 ある日突然降り出した雨に、人々はもう大混乱。街を守るべく必死に知恵を振り絞りました」


道を歩きながら、キョウが揚々と語っていた。


「そうした苦労もあって排水機構が発達したわけですね。

 街が雨との付き合い方を覚えて生きている訳です。なるほど!

 ……って、私は聞きました」


近くに街を知っている、と彼女が言うので、田中とカーバンクルは一緒に彼女に案内されるままについてきた形になる。

朽ちた城から半日ほどの行軍だったが、田中は自分が肉体的な疲れをほぼ感じていないことに気づいた。

これもあの男による“転生”の影響だろう。

ありがたいことだ。田中はひどく醒めた心地だった。


「たぶんそれは嘘だな」

「ええっ!? 知ってるんですか? カーバンクルさん」

「排水溝を街全体に走らせるなんて真似、数年かかってもこの規模の街でやるのは難しいわ」

「えー、でも現にもうできているじゃないですか」


不満そうにキョウは口を尖らせる。

三人は街の入り口で買った防水コートを羽織っている。

そのコートは水を弾く言語テクストを刻まれており、道行く人もまた一応に同じコートを羽織っていた。

色はすべて灰色であり、この街の人々はまるで街と一体化しているようだった。

全体的に小柄な人間が多いのもあり、揺れ動く人影たちは茫洋とした影のようにも見える。


「だから多分順番が逆なんだ」

「え?」

「街があって、そこに雨が降ったんじゃないの。

 雨が降っている場所に、街を造る必要ができた。だからこんな緻密ちみつに設計された街をわざわざこしらえた、というところね」


前を行く二人は思ったよりも和やかに会話を続けている。

霊鳥のリューは今キョウのコートの下に隠れている筈だった。

そんな彼らの背中を見ながら、田中は一人顔を俯かせた。濡れた前髪からぽたりぽたりと雫が垂れ、不快だった。


「ふつうはこんな住みにくい場所に街なんか造らない。

 だから街よりも、雨の方が大事だったのかしらね」


カチャ、と音がした。

腰に挿した偽剣に、意識せずとも田中の手が伸びていた。


「時にロイ田中君」


不意にカーバンクルが語り掛けてきた。

はっ、としてロイは顔をあげる。だが彼女は振り返りもせずに、背中を向けたまま、


「私をここで殺すのはオススメしないよ。さすがに抵抗できる」

「ロイ君そんなことやろうとしてたんですかっ!」


驚いたようにキョウが声を上げ、それに対しロイは慌てて首を振る。

剣の柄から手を離し「違う」と声を絞り出す。


「大丈夫です。私がいる限り、貴方の殺人は必ず邪魔しますから!

 心を強く持ってください。私がついています」


近づいてきたキョウはロイの手を強く握りながらまくしたてる。


「……ごめん。ありがとう、キョウさん」

「ん、ロイ君はできる子です。がんばってがんばって」


そう言ってキョウは満足げに微笑んだ。

そのとぼけた所作に、ロイも釣られて少し笑ってしまった。

カーバンクルが呆れたようにこちらを見ているのがわかった。


――その向こうで、ロイは彼女の姿を見た。


肩まで伸びた黒い髪。どこか自信なさげに下を向いて歩く様。

眼の下には寝不足なのか隈ができてしまっている。そしてその瞳の色は碧色。


彼女は、この灰色の街の中、一人でどこかに行こうとしている。


「弥生さん!」


そう叫びをあげ、キョウの手を振り払ってロイはその背中を追う。

後ろで彼女が何やら言っている気がしたが、無視した。

ずぶ濡れの石畳を蹴って、入り組んだ灰色の道を行く……


――追って、×すのか?


耳元で誰かの声がした。

ロイは苛立ちとともにその声を振り払おうとした。

しかし脳裏にエリスの表情が浮かんできて、合わせて強烈な不快感が湧いてくる。


違う。そう大きく言い放ち、彼はただ弥生を追った。

この世界のことを知っているのは自分と彼女だけのはずだった。

だから彼女に会って話を聞かなくてはならない。絶対に――


――けれども、どれだけ走ってもロイは弥生を見つけることができなかった。


またしても、いるはずの場所からいなくなってしまった。

ロイは息を荒げながら汗をぬぐう。

どれだけ歩いても疲れなかったロイの身体は、ここに来て悲鳴を上げていた。


振り付ける雨の中、ロイは一人、彼女を再度見失った事実に震えていた。


「……大丈夫ですか?」








「ロイ君、突然どうしちゃったんでしょう」


キョウは突如として走り出した彼に首を捻った。

そこに、コートの中に仕舞っていたリューが顔を出して、


「……急いで彼を見つけた方が良い。情緒不安定な彼のことだ、何をしでかすか正直わからない」


リューに言われ、すぐに気を取り直す。

そうだ、彼は相当な危険人物であり、自分の目の届かないところで人に刃を向けかねない。

だからすぐに連れ戻さなければ、と思い、隣に立つカーバンクルを見たが、


「この雨、第三か第五か。

 第三だとすると、私は相性がすこぶる悪いから、あまり気乗りはしないが……」


彼女は涼しい顔をして、何か別のことを考えているようだった。

降り注ぐ雨の中、頬についた雨粒に触れながら、


「……もっと大きな問題は、こんな近くに二人の聖女が“転生”していたことか」


カーバンクルは言った。


「偶然じゃあ、あるまいよ」









「……大丈夫ですか?」


そう言って、ロイに手を伸ばしたのは、一人の少女だった。

和装によく似た薄い布地の衣装に身を包んだ彼女は、傘もささず雨に濡れることを選んでいた。

雨に濡れる彼女は、その碧色に光る瞳で、ロイを見下ろしているのだった。


「私はアマネ……雨乞いの聖女として、この街に住まわせていただいている者です……」


――彼女はエリスと同じ顔をしていた。


それはつまり、弥生ともよく似ているということだった。



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