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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
159/243

158_六反園雪乃


「私も……誰でもない人間なんです」


隣に座った雪乃は、そう静かに語った。


この街は音で満ちている。

遠くで子どもたちの声がする。車の排気ガスやうつろに響く機械音声。


そんな音の中から、田中は隔絶された心地だった。

“現実”の音が支配する世界と、自らが今いる“虚構”の世界の間には、ガラス一枚の透明な壁が隔たっている。

その境界は強固で決して破れるものではない。


「──同じことを、思っていました。あの時、カーバンクルさんが来る前まで」


そんな中、雪乃の声は同じ世界に響いていた。


彼女は“虚構”の住人ではないはずだった。

カーバンクルと出会ったことで、聖女軍と“教会”の戦争に間接的に巻き込まれはした。

しかしそれにしたって、本当に部分的なもの。

“現実”に居場所を持つ彼女にしてみれば、田中の言葉など、何一つ理解できない、その筈だった。


「私、実はお金持ちです。

 お金持ちの家出娘、それが六反園雪乃」

「……なんとなく、そんなところだと思ったよ」

「そうですよね。ロイ……田中さんは、元々こちらの世界の人間です。

 それくらいわかりますか」


淡々と語られた雪乃の言葉に、田中は小さくうなずいた。

ロイ田中は元々はこちらの世界、“現実”の人間。

その筈だった。


「……私はあの学園、寮の理事長の娘なんですよ、

 そして、家出をしちゃいました。

 いろいろなことが厭になって……それで……」


眩しすぎるほどの夕陽に照らされ、深い影が彼女の頬にまとわりつく。


「私は父が好きでした。

 母は私が五歳の頃に死んじゃって……でも、それでも優しく父は私のことを育ててくれました」


彼女の言葉は淡々としていた。

何度も己のうちで反芻したのだろう。

決められた台本をなぞるようによどみなく雪乃は、彼女なりの物語を語っている。


「六反園、なんて仰々しい名前の家。

 その婿養子だった父は、たぶんつらかったと思います。

 妻を喪ったことは当然ですが、後ろ盾がいなくなっちゃったんですから。

 そんなのだから、頑張らないといけなかった。

 お金を生み出さないと、家に居場所がなくなっちゃいますから。

 家族として、認められるためには、実力がいるんです」


ふふ、と雪乃はわずかに笑った。

どこか自虐的な響きが込められていた。


「そう、父は頑張っていました。

 寝る間も惜しんで働き、だけどそれを外には決して見せなかった。

 見せてしまえば、付け入るすきになってしまいますからね。

 周りにいるのは家族ではなく、敵……何なら時には汚いこともやっていたでしょう。

 私はその背中をずっと見ていました──いとおしく」


田中は口を挟むことができなかった。

ただ聞くことを選んでいた。


「ふふふ……わかりますか?

 家の外ではいつも立派で、雄々しく、まっすぐに立っている父が、家の中、私の前だけでは弱くなるんです。

 娘である私にだけは、深いため息と丸まった背中を見せてくてくれる。

 私にだけ、です。

 家にいるのは私と父だけ……だったんですから」


ほんとうの父。

ほんとうの私。


そう雪乃は口にした。


「私と父は確かにあの時、あそこにいた。

 優しくて、情けなくて、弱々しい父を知っているのは私だけだった。

 そしてそんな私のことを知っているのも父だけのはずだった。

 それが六反園雪乃だった」


でも、と彼女は少しだけ顔を俯かせて言う。


「結局、そんなの、嘘だったんです。

 新しいお母さんと父は──」


雪乃は言葉尻を濁した。

しかしそれだけで田中は何かを察することができた。


「新しいお母さんが厭な人だったら良かった。

 憎んで、敵だと思って、変わらないままだった。

 でも──あの人ね、良い人だったんんです。

 元教師とかなんだかで、私みたいな娘のことも、よく考えてくれてさ。

 だから、本当に、お父さんは、この人のこと好きなんだって──ほんとうの自分を見せているんだって」


それは結局、理屈ではないのだろう。

ただの我儘で、甘えだということぐらい気づいている。

それでも厭だと叫びたい。

現状を受け入れることを、●●だと言いたがる。


「……それで家出とか言い始めたんです。

 その癖、逃げ込む先は親の力の届く範囲。

 無茶が効く安全圏。

 どこでもない場所で、私は──カーバンクルさんやロイさんに会ったんです」


そこで雪乃の言葉は途切れた。

再び現実の音が、遠くから響いてくる。


「ほんとうの私なんて、どこにもなかった……」


雪乃が語ってくれた言葉に、田中は何も言いはしなかった。

恐らく雪乃だって、田中が返答してくれることを期待していた訳ではないだろう。


理解してほしいという気持ちと、絶対に共感などされたくないというジレンマ。

振り子のような心境の中で、田中と雪乃は隣に座っていた。

互いの視線が絡むことはない。

ただ諦めと倦怠感と、自身の幼稚さへの嫌悪がにじみ出ている。



──そんな夕陽に変化が訪れたのは、不意のことだった。


それは爆発に近かった。


光が、どん、と溢れてきた。

公園の中心、細かい粒子が荒れ狂う嵐となって巻き起こる。

その現象に田中はとっさに立ち上がり、雪乃の前に立つ。


反射的な行動だった。

その身体に根付いた“虚構”での経験が、彼を勝手に動かしていた。


何故ならば、その現象には見覚えがあるのだから。

あの光の粒子の名は──幻想リソース


「って、ここ、何よ!」


光の嵐の中、見覚えのある敵が吐き出されるように現れていた。


「“教会”の──異端審問官?」


現れた敵、クリスティアーネ・ブランミッシェルは田中を見るなり、威嚇するようにそうつぶやいた。




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