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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
155/243

154_桜見三月


「三月……三月さん?」


口元からこぼれ落ちた声は震えていて、随分と情けないものだった。

異端審問官“十一席”の8《アハト》と化してから、こんな声は出したことがない。

頭の中では緊張と当惑が響き渡り、めまいがする。

言ってしまえば彼は、どうすればいいのかよくわからなくなっていたのだ。


「────」


そんな彼を前に、当の三月は不思議そう首をかしげた。

沈黙の中、彼女はマフラーの位置を直したのち、


「あはは! なんか変だよう。そんな緊張しなくてもいいのに」


そう、快活な口調で言った。

楽しそうに、声を出して笑っていた。


そんな彼女の様子に、田中は決定的な違いを感じていた。

何より姉である桜見弥生はこうも明るく笑ったりはしなかった。

彼女は、笑っているときもほのかな影がついて回っていた。


同時にこうも思っていた。

三月は、エリスとも違うと。

聖女エリスは、姿カタチは弥生とそっくり同じで、明るい部分も同じだった。

しかしその明るさだって、思えばどこか病的な、躁的なものがあった。


そういう意味で三月の、何も後ろめたいものを感じさせないありようとは決定的に違っていた。


「ロイくん? 大丈夫なの?」

「あ、いや、その、大丈夫だ」


そうした違いを意識したことで、田中は幾分か落ち着きを取り戻した。取り戻そうとした。


「ちょっとあれだ、鍵なくしちゃってね。焦ってたんだ」

「ええ! ロイくん、そんな馬鹿みたいなことしちゃったの?

 えー……なんかイメージと違うなぁ。

 ま、一人暮らしあるあるなんだろうけどさ。

 だったらとりあえず家にでも行ったら?

 せっかくいろいろあったんだからさ。聞いたよ私、この前、お母さんから。

 それもあって近くに来たからここまで会いに来たんだけどさ。

 階数忘れててうろうろして上まで行っちゃって、それから」


三月はそこで一気にまくしたてるように喋り始めた。

口を挟む機会もない。三月は確かにこういう娘だった気がする。

喋らない弥生の分まで三月が喋っている、などと自称してたことを思い出す。


「田中さん? 大丈夫なんですか?」


と、そこで階段の向こうから声がした。

雪乃であった。上が何やら騒々しいので気になったのだろう。

彼女はこちらを呼びかけながら上がってきて、そして出会った。


「あ」

「え……」


雪乃は驚いたようにこちらを見た。

その視線の先にいたのは田中ではなかった。


「みっちゃん……?」


彼女は口元を抑えて三月の名を呼んだ。

それを見た三月もまた驚いように、


「雪のん!? なんでロイくんが、雪のんを連れ込んでるの?」


大きな声でそんなことを言った。

田中は状況にうまくついていけなかった。

三月の予想外の登場だけでもいっぱいいっぱいだったが、何故彼女が雪乃を知っているのか。

何を誰に尋ねるべきか。迷っているうちに雪乃の表情に、わずかに恐れのようなものが浮かび、


「え、あ……ごめんなさい!」

「あれ?」


雪乃は、だっ、と駆け出していた。

背中を向け、猛然とどこかへと走っていく。

いつものどこかダウナーな雰囲気を漂わせていた彼女とは、まったく別人だった。


「……あれ? 私、なんかひどいことした?」


三月が「ショック……」と呟きながら田中を見上げてくる。

何もかもわからない田中は、ぎこちなく笑うことしかできなかった。






「いや、何年ぶりだろ? 三年ぶりくらい?

 雪のんはさ、私の小学生の時の親友でさ。

 でもあの娘、お金持ちでしょ?

 だから中学で私立の中高一貫校に進んじゃってさ。

 それきりほとんど会わなくなっちゃって。

 ほら、まだあの頃は私、スマホ買ってもらえなくてさ。

 ぽつぽつ小学生時代の友達で会ってたんだけど、雪のんだけはうまく捕まらなかったんだよね」


そうまくしたてるように言って、トッピングのシナモンを大量に入れたブレンドを飲み干した

駅前近くの喫茶店。

とりあえずどこかで話を、ということで二人はやってきていた。

適当に選んだチェーン店だったが、平日だというのに大量に人がいて、騒々しかった。

冬休みに入ったことも幾分か関係かしているのか、それか数日先に控えたクリスマスも関係しているのか。


「いやでも、クリスマス時期に二人で喫茶店とかヤバイね。誤解されちゃう」

「誤解?」

「ええーそういう初心なこと言っちゃいます? ロイ君、意外と君モテる人だったからなぁ。名前がサッカー選手みたいだし」


そう言って、えへへ、と三月は笑うのだった。

合わせて田中も笑みを張り付ける。どこか噛み合わないものを覚えながら。


「……雪のんと何かあったの?」


不意に三月は、わずかに声のトーンを落として尋ねてきた。

田中は首を振る。「つい最近、会ったばかりだ」と。嘘ではなかった。


「ううーん、その制服も……まぁ、いろいろあるんでしょ」


そこで三月は大きく息を吐いた。

わからないことだらけの田中と違い、三月は何かを察しているような節があった。

田中は水をあおったのち、しばらくぶりに頼んでいたコーヒーをあおった。

苦いということしか感じられない。だがそれでも何もないよりはましだった。


この“現実”のことも、雪乃のことも、何もかもわからない。

だがここで三月に会えたことは幸いと言えるのかもしれなかった。


「それで聞きたいんだよ、三月さん」

「あーその他人行儀懐かしー。中学時代からそんな言い方になったよね、突然」


それは記憶通りだった。三月も、弥生も、昔はまた違う呼び方だった。

思わず過去のことを思い出してしまうが、聞きたいことは別にあった。


「弥生のこと、本当に覚えていないのか?」



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