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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
152/243

151_赤い塔、つまりは東京タワー


闇夜の街に、ぼう、と浮かび上がる碧色の瞳と、はね


そのはねは、キョウがリューより受け継いだ霊鳥の翼とは全く違うものだ。

蝶の翅に酷似した、柔らかな美しさの中にどこか妖しさを孕んだ、異様なものである。


はねを持つ聖女、ニケアがテレビ画面の中に居た。


その外見は聖女戦線でのものそのままだ。

異様な色彩に光り輝く瞳や、肩まで伸ばした髪は当然として、衣服もそのまま。

聖女軍の紋章ロゴが刻まれた戦闘服に、あちらこちらに刻まれた特殊な言語テクスト

偽剣ソードレプリカこそ出現させていないが、“現実”には全くそぐわない。


そんな彼女の外見を見て、撮影者と思しきものの甲高い声が動画内に入っていた。

構図的に明らかに自撮りではないし、誰かが聖女ニケアを撮っているようだった。

伝わってくる空気として、明らかに撮影者はニケアのことを面白がっているようであった。


「ふふふ、そうちやほやするな。すごいのはこれからだぞ、この虚構都市の住人たち」


ジャージ姿のキョウは何故か「はー」と感心するように言った。

田中とカーバンクルは顔を見合わせていた。

カーバンクルは困ったように首を傾げた。その顔は言っていた。「私が聞きたい」と。


「随分と身体が重いが……しかし、行けるのさ。聖女なら」


ニケアは得意げにそう口にし──飛んだ。

蝶の翅を広げ、光と共に彼女は空へと駆け上っていく。

その動きは“現実”の物理法則とはまったく合致しないだろう。

しかしそれでも、彼女は悠然と闇夜へ、赤い塔、東京タワーへと飛んでいった。


途端、撮影者たちの声が漏れる。

「マジ?」「やばくない?」「ワイヤーでしょでしょ!」困惑を孕みつつも、どこか楽しさを含んだ声が入りつつ、そこで動画は終わった。


「……二時間ほど前にアップロードされた動画らしいです」


雪乃がスマホを覗き込んでいった。

意外なことに彼女が一番冷静に見えた。


「東京タワー近くで配信者が面白がって投稿したようですね。

 CGだとかなんとか言われていますが、見ての通りインパクトがあるので、そこそこ話題になっています」

「そこそこで済めばいいんだけどなぁ」


カーバンクルが頬をかきながら言った。


「……あれは本物なのですか? 私には今一つ実感がないのですが、あの異形バアバロイのような」

異形バアバロイがプラスチック爆弾なら、アレは核ミサイルみたいなものだよ」


カーバンクルは現代風の比喩をさらりと使いこなしている。


「カーバンクル。何故、聖女だけは力を使えてるんだ」


田中も困惑しつつも、会話に参加した。


「さぁ、私に聞かないでくれ。何でも説明できるわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「聖女サマがこちらにいる理由はわかる。というかそちらの方が自然だからだろう」

「それはわかる。何せニケアあの転移の中心にいた」

「そう、そして何故聖女様が力を使えるか? だが恐らくそれは彼女が聖女だからだ。

 “教会”の分析によれば、聖女はその身から幻想リソースを創り出すことができるらしい。

 外部の力を使うのではなく、その内からエネルギーを持ってこれるのさ」


田中たちが偽剣ソードレプリカを使えないのは、ひとえに“現実”に幻想リソースが存在しないからだ。

しかし聖女にはそうしたくびきはない。

どこであろうとも、聖女は聖女であり続けることできる──ということなのか。。


「無論、全部仮説だよ。私は魔術師じゃない。

 とにかく聖女はここにいるということだ」







港区芝公園。

東京タワー。


この街の象徴ともいえる塔にニケアは佇んでいた。

幻想リソースのひどく薄い空では思ったように翅は機能しなかったが、それでも墜ちることなどあり得ない。

“希望”と名付けられた無尽蔵に近い奇蹟がこの身にはあるのだから。


夜、塔の上で吹きすさぶ風の勢いは強い。ばさばさとはためく髪が少し邪魔に感じられた。


入り組んだ鉄骨にもたれかけ、ニケアはしばらく夜の街を眺めている。

まばらに明かりがついた神殿ビルディング。行きかう無骨な自動車。どこかくすんだ色をした人々。

塔の付近には、あたりには広々とした公園があり、無数の神殿の中で、そこだけぽっかりと穴が開いたようにさえ見る。


──ミナやリクはもう行ってしまったかな。


彼女がこの“現実”にやってきたのはつい先ほどの話だ。

どこか見覚えのある、しかし全く違う場所にやってきた彼女を、通りかかった若者が面白がって撮影した。

無論、その言葉の多くの意味はわからなかった。

しかし楽しそうに笑う彼らを見ていると、それだけである種満足であった。

蝶の翅を広げたときの、彼らの顔を思い出し、ニケアは「ふふ」と少し微笑んだ。


「……この街も、お母様の悪戯だろうか。それともあなたの攻撃かな? お父様」


誰でもなくニケアは語りかけた。

彼女からすれば、突然の異世界への“転移”でありながら、特段取り乱すことなく平静を保っていた。


「それで、君は君でいったいどうしたんだい?」


だから風を受けながら、待っていた。

塔へと猛然と上ってきた、一人の敵軍兵士に対して。


鉄骨を蹴り上げて、その灰色のカソックの少年はやってきた。

息を切らし、汗をぬぐいながら、彼はどこからかか調達したらしい物質フィジカルの棍棒をニケアへと向けた。


「聖女……ニケア」

「うん、異端審問官じゃないか。大丈夫だ、ニケアちゃんは逃げないよ」


ニケアの言葉を無視し、その鳶色の髪の少年は、鬼気迫る表情で口を開いた。


「僕は2《ツヴァイ》、異端審問官“十一席”のハイネだ」


取引がある。

夜の風が吹きすさぶ中、彼はニケアへとまっすぐにそう告げた。



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