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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
151/243

150_雪乃隊


スマホを向けられた異形バアバロイは瞬く間にその姿を消していた。


「あは」


カーバンクルは笑う。笑いながらアスファルトを蹴り、異形バアバロイを消し飛ばしていった。

昨晩と全く同じだ。

剣のないこの“現実”で猛威を振るっていた幻想の影たちが、呆気なく倒れていく様に田中は声を喪った。


「あれは“配信”をしているのです」


田中が振り向くと、後ろに立つ雪乃が口を開いていた。


「……スマホ、いやこのアイテムを使うことで、あの存在を外部に知らしめることができます。

 そうすることであの異形を消し飛ばせる」

「何故だ」

「え?」

「何故そんなことができる。スマホにそんな力がある訳ないだろう」


問い返すと、雪乃はその黒い瞳を揺らした。

大きく開かれた瞳には困惑と、それ以上の緊張が感じられた。


「……それは、私にもわかりません。

 ただあれを消しているのは、スマホというよりも」


社会です、と雪乃は答えた。


「スマホであれを映したところで異形には意味はありませんでした。

 ただあれを一秒でもネット公開しようとすると──」

「──消える、という訳か」

「……はい。ネットに公開する・あるいは衆目に晒されると消えてしまいます。

 だから昼間の街にも出てこない。夜の、街の片隅にしか出てこないみたいです」


異形バアバロイの情報をネットに公開することはできない。

保存することは不可能。リアルタイムで配信しようものなら、異形バアバロイの方が先に自壊する。


「だから東京はそのままなのか」

「はい?」


田中は合点がいく部分があった。


「あんなものが“現実”にあれば、その時点で現実とは呼べなくなる。

 だから消し飛ばされるんだ。社会が存在を許さない」


論理とは呼べない論理だった。

しかし田中は納得していたし、その言葉に奇妙な自信ができていた。


ただこれで、昼間の間に確認した“現実”の様相が何一つ変わっていなかった理由はわかった。

異形バアバロイを見た人間は、それを公開しようとしてその身を守るか、あるいは襲われ命を奪われる。

結果としてその存在は社会に伝わることはない。


「……私は一か月前、あの人に助けられたんです」


表情を変えずに、淡々と雪乃は語った。


「夜歩いていた私が、あの異形に襲われたとき、あの紅い方、カーバンクルさんは私を助けてくれました」


そこで「あは!」と舞うようにスマホを操っていたカーバンクルが声を上げた。


「そこで言ったのさ! アレ倒すから私を雇ってって」


カーバンクルは、田中たちよりも一か月ほど早いタイミングで“現実”へと転移してきたと言っていた。

異形バアバロイが果たしていつからこちらに湧くようになったかはわからないが、そのタイミングで彼女は遭遇。

そこで居合わせた雪乃を救い、衣食住を保証してもらった、という訳らしい。


雪乃は制服の襟元に結われたリボンに触れつつ、


「私は……思いました。あのような異形が、東京に跋扈している。

 誰とも知らない闇の中で、罪のない人たちを襲っている。

 ……誰かが、狩らなければいけない、とも」

「それがこの雪乃隊──と、いう訳でロイ君! 君も働きなさい」


カーバンクルは鋭い口調で言った。


「君なら戦い方はわかるでしょう? だったら自分の食い扶持を稼ぐためにも、雪乃隊長に奉仕しなさい」

「隊長って、私は、その……」


困ったように視線を泳がす雪乃の身を田中は強引に抱き寄せた。

「あ」と声が聞こえたが、無視。

雪乃の背中からやってきた異形バアバロイへとスマートフォンを向け、カメラを起動。

慣れた手つきで、事前に用意していたSNSアカウントへと配信した。


「撃破」


呆気なく異形バアバロイは消えていた。

なるほど偽剣ソードレプリカなしでも、これならば戦うことができそうだった。


田中はひとまず雪乃を守るように立ち、迫ってくる異形バアバロイを消していった。

カーバンクルと共に戦うこと十分ほど、異形バアバロイの姿は消え去り、再び静かな住宅街が戻ってきた。


「おめでとう、初戦果だ」

「やれやれ、車の一つも通らなくて助かった」


カーバンクルは汗を拭いつつもニッと笑う。

田中も釣られてか少し気分が晴れていた。

やはりこうして戦えることは大きいのかもしれない。

剣すらないこの“現実”よりも──


──何を考えているんだ、俺は。


田中は己の考えに苦笑しつつ、雪乃へと振り返った。


「ケガは?」

「え? ああ、私なら大丈夫です。一応、慣れてますから」


雪乃はそう言いつつも、やはり言動がどこかぎこちなかった。

まぁあんな異形バアバロイに襲われるなど、“現実”ではそうそう気が休まるものではないだろう。


「隊長、と、言う訳でこの少年の腕は確かだ。

 雪乃隊に入れてやってくれないかい? 私も元部下だから、一緒にいるとやりやすい」

「……ええ、それは問題ありません」


さらりと雪乃は言ってのけた。

少なくともカーバンクルに加えて、田中一人が増えたところで問題ないらしかった。

田中の知る常識ならば、一介の女子高生が赤の他人に二つの返事で衣食住を与えることなど考えられないことだった。

しかし雪乃にしてみれば、そのようなことはさして問題ないようで、


「部屋の方は寮の空きを確認する必要があるので、少々待っていただければと思います。

 それ以外の食料や装備については、好きなだけおっしゃってください。取り寄せられると思います」

「ほいよ、いつもありがとう」

「いえ、褒められるのは何時も身を挺して異形と戦う、貴方ですよ」


そう雪乃は淡々と述べつつ、田中に手を伸ばしてきた。


「そして、ロイさんも。この世界の人々のために、よろしくお願いいたします」


そして、表情一つ変えずそんなことを言ってのけるのだった。








そうして数時間パトロールを続けた。

何時もはある程度ルートを決めて、カーバンクルは夜の街を徘徊しているらしい。

異形を見つける手段がない以上、どうしても出たとこ勝負にならざるを得ない訳だが、それでも一定の効果は上げている、とのことだった。


「雪乃も別に無理して来る必要はないのに」

「無理じゃありません。私も見たいから見ているんです」


そんなやり取りをしていたが、流石に兵士でもない雪乃は数時間街を歩けば、目に見えて疲れが出ていた。

そこでその日のパトロールは一段落、ということで三軒茶屋近くのアパートまで戻っていた。

全六階の女子寮。

その事実にあらためて居心地の悪さを感じつつ、深夜誰もいない玄関を通り、カーバンクルに与えられた404号室へと戻っていた。


「あ、戻ってきてくれたんですね!」


戻るなり、ジャージ姿のキョウが大きく声を上げた。


「ああ、私とロイ君で楽しく過ごしてきたところだ」

「ううん、今度は私も連れていってほしいです」


悪戯っぽく言うカーバンクルと、口をとがらせるキョウ。

そんなおかしな光景も“現実”は飲み込んでいる。彼らがいたところで、社会の様子は大きく変わらない。

異形バアバロイを初めとする“虚構”の存在が転移しようとも、この“現実”は盤石なようだった。


「あ、そういえば、ネットって凄いんですね」


キョウがテレビを示していった。

どうやらカーバンクルが教えたように、テレビをネットに接続して動画を見ていたようだった。

だが、その画面が問題だった。


「やっほー! 第一回、聖女チャンネルの時間だ」


その画面の中では、碧色に輝く瞳をした少女が、満面の笑みを浮かべている。


「──それではこのニケアちゃん、早速“赤の塔”を上ってみようと思う」


次の瞬間、少女、ニケアは燐光を帯びた蝶の翅を広げてみせた。





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