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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
150/243

149_異形狩り


夕食として出されたレトルト食品を片付けたのち、カーバンクルがすっと立ち上がって言った。


「さて、行こうか」


田中は久々に味わったカレーライスの味に奇妙な感動を覚えながら尋ねた。


「どこへ?」

「戦いに、よ」

「戦いって、それはあの異形バアバロイをか?」

「そそ、君もそろそろ身体動かしたくなってきたんじゃない?」


そこでキョウも便乗するように顔を上げて、


「わ、私も行っていいですか?」


カーバンクルはそこでにっこりと笑った。

朗らかに、楽し気に、しかし本心を感じさせない笑みはいつも通り。


「君はダメ」


そう言って突き放すのだった。


「え、な、なんでですか? 意地悪言わないで連れて行ってくださいよう」

「やれやれ、いちおー敵軍の私に軽いノリで言うものだね」


でもダメ、とカーバンクルはもう一度言った。

そして、彼女はキョウの額、正確には髪を指さした。


「だって君のその髪、こっちの世界じゃ長すぎるし、色も派手過ぎるからね。隠すのが面倒なの」


確かに真紅の瞳こそ目立つが、カーバンクルはそれ以外はさほど珍しい存在ではない。

少なくとも銀色にも見える色素の薄い、それも腰まで伸びた長髪のキョウに比べれば、その差は歴然としているのだった。


「君の髪、“現実”的じゃないみたいだから」


カーバンクルは自らの黒い髪を弄りながら言うのだった。







「ぜ、絶対に戻ってきてくださいね。頼みますよう……」


そうジャージ姿で頼み込むキョウを部屋に置き、田中とカーバンクル、そして雪乃は夜の東京へと降り立った。

今頃彼女はテレビでも見ているのだろうか。

まぁ一人で知らない街、知らない世界にいることの恐怖は理解できる。


そういう意味で感謝してもいいのかもしれない、と田中は隣に立つカーバンクルを見た。

「ん、なんだい?」と見返され、田中は一瞬心がざわついてしまった。


「なんでもない」


結局、そう返すのみだった。


「…………」


そんな二人のやり取りを、雪乃は一歩下がった位置で無言で見ていた。

その様子は、どこか緊張しているように見えた。


「その服も、似合ってるじゃないか」

「気持ちが悪いよ。こんなの」


ちなみに田中はカソックは目立つということで、代わりに雪乃から渡された制服を身にまとっていた。

雪乃のものと同じえんじ色のブレザーの感触に、田中は困惑をしていた。


「第一、こんな時間に学生が出歩いているのもおかしい」

「別に悪いことするわけじゃないんだからいいじゃない」


今、三人は三軒茶屋近くから新宿方面へと進んでいた。

まだ21時前とはいえ、歓楽街や駅前の方に行けば補導されてもおかしくない。

幸い、というべきか、カーバンクルが向かっているのは都心から外れた住宅街だった。

時折見える牛丼屋やコンビニエンスストアの明かりを除けば、ほの暗く静かな街並みが広がっている。


ネオンの明かりに当たらない。ごみごみと入り組んだ無言の街。

ぼうっと浮かび上がる月と、明滅する電灯にのみ、そこは照らされていた。


「今、この東京では異形バアバロイが出現する」


田中の脳裏に、昨夜遭遇した影が過る。

ものとしては大して強くはない。輪郭もあいまいで、物質フィジカルを維持できていないような存在。

そんなものは、本来東京にはいないはずだった。


「いないはず。でも、今はいるんだよ」


カーバンクルはそう言って、手元にパッと明かりをつけた。

それはスマートフォンのディスプレイだった。

夜の勢いに対して、そのちっぽけなライトはあまりにも心許ない。


「それが、武器になると」

「ああ、アイツへのね」


カーバンクルはそう言って、不意に立ち上った気配へと視線を向けた。

「え」と雪乃が漏らした。その間にも、田中とカーバンクルは彼女を守る位置まで下がっていた。


ごみごみとした街の影に溶け込むように、異形バアバロイが立ち上っていた。

今度の個体は人のような形をしていた。だが決して人ではない。

人の縦横比を縦に引き延ばしたようなカタチをした、ペラペラの何か。


「tんうお@s9t8しゃいお:んb」


その理屈を伴わない不気味な外見と、言葉とは決して言えない意味のない音声は、“虚構”の世界に跋扈する異形バアバロイの特徴をすべて兼ね備えていた。


「あれと戦えばいい。それはわかったし、従おう」

「へぇ、えらい従順じゃない」

「一応上官だからな。それに、今回もアンタはいろいろ知ってそうだ」


だから戦うことはいい。

問題はただ剣がないことだった。

手首に巻かれたソードリストは沈黙し、剣を抜くことさえ叶わない。


「で、これのどこか武器だと?」


スマホに明かりを灯しながら田中が尋ねた。

同時に異形バアバロイが迫ってくる。無言の街の中、音もなくその影は田中たちへとにじり寄ってきた。


「ま、いいから私を信じて試してみるといいわ」


カーバンクルはそう言って、慣れた手つきでスマホをスワイプした。

カメラ起動、SNS連携、ビデオモード。

その一連の動きののち、彼女は駆け出していた。


異形バアバロイなんてものは東京になんていない。

 君の考えは正しいよ、それが現実だ」


そしてカメラで、迫りくる異形バアバロイを捉えようとした。


「だから、この“現実”に弾いてもらうのさ。“虚構”の搾りかすをね」


途端、カメラに映った影はぐるりとねじれ──霧散していった。



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