15_インビテーション
荒野を行く三人と一羽の姿がある。
“冬”の辺境にあるこの地帯は、粒子状の幻想を多分に含んだ風が吹き荒れている。
幻想とは、かつて魔力であったり、光であったり、気と呼ばれ、各魔術体系ごとに神秘的な意味合いがあった。
だが魔術言語が東京語ないしは物質言語に統一された今となっては、単なるエネルギー源としか認識されていない。
だだっ広い平野に、風に吹かれた粒子が乱雑にきらめき、満たしている。
自分たち以外の人影は見えず、どこか寒々とした寂寥を感じさせる場所だった。
「ええと、で……」
そんな荒野を歩きながら、カーバンクルが頭を押さえて言った。
「君はなんで私たちについて来たんだ?」
彼女は血濡れのカソックを脱ぎ捨て、くすんだ色味の衣装を身にまとっている。
エリスの城に遺されていたものをかっぱらった結果になる。
そんな寄り道をしていたから、隣を歩く少女の闖入を招いてしまったともいえるのだが。
「私、決めたんです」
尋ねられたキョウは、カーバンクルの方向を振り向かず、代わりに田中の手を取って、
「ロイ君! 私と一緒に行きましょう!
人殺しはきっとやめられます。つらいでしょうが、しかし、その意思がある限り望みはあります」
ぶん、ぶん、と田中の手を取って熱弁し出した。
対する田中は目を俯かせたままであった。
「待て、待て、彼は組織の期待のホープだぞ」
カーバンクルはその間に割って入り、二人を引きはがした。
眉間に皺を寄せながら、彼女はキョウに向かって言い放つ。
「先にツバをつけてたのはこっちなんだ、わかってくれ」
「ダメです! こんな隙あらば人を殺しそうな人、放っておけません」
キョウは何かを思い出すように、目をつむり、
「あんな笑いながら人を殺して、私にも乱暴に剣をふるってきて、
その癖自分は“人を殺したくないんだ”とか言う人! 剣も頭も、超危ないじゃないですか」
「老婆心ながら言うが、危ない人にはついていかない方がいいぞ」
「何故! 安心な人といても意味がないじゃないですか」
話が通じない、というようにカーバンクルは頭を押さえた。
「第一貴方の言う組織っていったい何なんです?
こんな彼を迎え入れたいって、よっぽど危ない組織なんじゃないですか?」
「うーんとまぁね……」
カーバンクルはなんと説明したものかと目を泳がせた。
彼女がロイを入れようとしている組織は、言うまでもなく“教会”の異端審問官“十一席”である。
各地に降臨する聖女討伐を第一に掲げる殺し屋。清廉を謡う“教会”の暗部。
……という風に認識されているものだ。
異端審問官の名は、たとえ聖女に肩入れするものでなくとも忌み嫌われているものだ。
基本的に裏で暗躍するものであり、素性を伝えたくはない。
だからカーバンクルもあえて仮面をかぶらず着替えている。
「四季女神も没落した今だ。どこだって彼の剣の腕を欲しがるよ」
少し迷った末、カーバンクルはそう答えた。
「だったら私もその組織に入れてください。たぶん私の方が彼より強いですよ」
ずい、と顔を近づけてキョウが言った。
お断りだ、と思わず言いそうになるカーバンクルだったが、思わぬところから助け船が来た。
「待ちなさい、キョウ。
人の話を聞けと言っただろう?」
キョウのお供の霊鳥、リューだった。
風に乗り空を飛んでいた彼は、キョウの肩まで戻ってきて、
「時にカーバンクルアイ女史。君もまたロイ氏とは会ったばかりと見た。
貴方の事情にまでは立ち入らないが、しかし彼のことは、まず彼自身に聞いてみるべきではないかね?」
正論を言われてしまった。
カーバンクルは息を吐き、田中を窺った。
「…………」
彼はこの道中、ほぼ何も言ってはいない。
――あんなファンタジックな墓堀をやって、それきり黙ってしまって。
カーバンクルと同じく血濡れの服を着替えていた田中だが、その手は土で汚れていた。
カーバンクルは先ほどの状況思い出す。
血まみれの中庭を見るまでは予想通りだった。
8《アハト》の声に従い、案の定田中は殺戮をしてみせたのだろう。
そしてそこで葛藤を見せるだろうこともまた、予想通り。
だがその場でキョウなる者に充てられたのか、突然彼は墓を掘ると言い出したのだ。
死体を埋め、棒と棒を交差させたモニュメントを作り出した。
それが何かを聞くと十字架、と彼は言った。確か、神話を漁るとときどき出てくる単語だった。
死体を埋めるということもよく意味がわからない。
人間の死体は、幻想が濃い場所なら一日・二日も放っておけば、再び空へと還元される。
埋めればむしろその循環を遅らせる訳で、四季女神やクシェ教を信じる者であれば、このような真似はするまい。
そのあたりも東京、物質層の人間の考えといったところらしかった。
カーバンクルは呆れて何もやらなかったのだが、このキョウなる少女がてきぱきと手伝ってしまい、本当に埋めてしまった。
あの朽ちた城には三つの奇妙な墓ができていることになる。
とはいえ一応それで気持ちが落ち着いたのか、田中は表面上は「殺してくれ」とか騒ぎ出すこともなくなった。
「俺は……」
視線が集まったことを感じたのか、彼は視線を泳がせながら口を開いた。
「……わからん。俺は自分が何をしたいのか。
殺したいのか、殺したくないのか、殺されたくないのか、殺されたいのか」
なんとも歯切れの悪い言葉だ。
そのあたりはシンプル過ぎた8《アハト》の真逆だった。
――いや、あれもどうかと思ってはいたが。
無理やり拉致して“教会”に連れていくこともできたが、彼が首を縦に振らないことには意味がない。
8《アハト》の存在を受け継いでいるような奴だ。
拷問をしたところで曲がるまい。
カーバンクルは仕方なく妥協し、この奇妙な三人と一匹の旅は始まったのだった。
◇
そしてそんな彼らの道中を遠くで眺める者たちがいた。
「……父上いたよ、アイツらだ」
ガチリ、と単眼式のゴーグルが回る。
隠蔽魔術の言語が刻まれたその服は、この荒野のような濃い幻想の場所では高い隠密性を発揮する。
加えてゴーグルに仕込まれた簡易千里眼が視野を一気に広げ、ロイたちの動きを掴んでいた。
「さっき報告した奴ら、やっぱり仲間同士だったみたい。
全員一緒にいる。霊鳥以外は偽剣使い、それも劣化品じゃない模倣品で武装してる」
「手を出さん方が良いんだろうなぁ、本当は」
父上と呼ばれた恰幅の良い男は、顎に生えた髭を撫でた。
彼は戦闘服を着ていなかったが、代わりにその腰には巨大な湾曲剣型の偽剣を挿している。
それが彼自身を守り、隠しているのだった。
「フュリア、どう思う? 間近で戦闘して、唯一生き残ったお前の意見を聞きたい」
彼は後ろで待機していた偽剣使いに意見を求めた。
フュリアと呼ばれた彼女は、先の戦闘を思い出すように、
「戦っても意味はないし、無視をすべきだと思う、父上」
「本心では?」
「報復、殲滅、撃滅、拷問、復讐……」
「了解、戦わない方がよさそうだ。ギルドの方にも被害がバカにならん」
フュリアはそういわれてなおもぶつぶつと物騒なことを言っていたが、彼は無視をした。
「ただ問題は……奴ら、このままの進路だとこっちの本命とカチ合うっつうことか」
困ったように、父上と呼ばれた男、ゲオルクD33はぼやいた。
三人と一匹の向かう先の空には、分厚い雲がかかっていた。
そこでは一つの街があるという。
“理想”の聖女アマネがいる、延々と雨の降り続ける街だった。