148_世界観説明(テレビ、ネット、スマホ)
気づけば空は赤く染まっているようだった。
薄手のカーテン越しにこぼれる赤い陽光を受けつつ、田中はスナック菓子をほおばっていた。
部屋の主の趣味なのか、置かれたスナック菓子は赤く激辛のものが多く、一々水を飲まなければやっていられない。
「ふむふむ、なるほど……よくわからない世界です」
ジャージ姿に着替えたキョウが東芝製32型液晶テレビの前に正座している。
そこに映るニュース映像を前に、頭をひねりながらブツブツと漏らしている。
「ああ、この国はとりあえずここ七十年ほど、同じ秩序の下に成り立っている。
基本的に法律があり、ルールがあり、社会がある。まずはそれを意識した方がいいね」
その隣でカーバンクルが逐一解説を加えていた。
意外と親身に、そしてすらすらと語る彼女は、やはり説明というものが上手に見える。
なるほどテレビという者は、“現実”の世界観を知るのにも便利なのかもしれない。
「はぁ、でも幻想はないんですよね?」
「代わりに別のエネルギーソースがいろいろとある。我々の感覚では空気や油あたりが理解しやすい。
リソースに対して専用のシステムを組むことで、エネルギーを変換することができる。
それはこちらの世界でも同じだな。
君もここに来るまで見ただろう? 幻想なしで動く機関を」
車のことだろうか、と隣で聞いていた田中は察した。
「それに、幻想がないからこそ、いろいろできることもある」
カーバンクルはおもむろにリモコンを弄り、テレビ画面を操作した。
すると田中にとっては見覚えのある、カラフルなロゴがいくつか表示された。
どうやらそれはインターネットの動画サービスの選択画面だった
最近のテレビはネット対応にしていると聞くが、何故カーバンクルがそんな新しいものを持っているのかはわからない。
先ほど似たような質問を投げて「夜に話す」とはぐらかされてしまったのも記憶に新しい。
「これはなんですか?」
「言ってしまえば“眼”のシステムだ。
送信側がどこかにいて、このデバイスが受信側。
専用の帯を通って、情報を表示してくれる」
「ああ! なるほど幻想がないので、魔術帯への干渉も少ないんですね」
「ご名答。幻想による干渉を考えないで良い分、こちらの魔術は広範囲かつ大量の情報を送受信できる。
だからこんなこともできるのさ」
言って彼女は動画を流し始めた。
キョウはそれをふむふむと頷いて見ている。
「この言語は?」
「ああ、それは英語というらしい。この世界で一番汎用性のある言葉らしいが」
「ええ、でも私、喋れませんよ」
「大丈夫だ。とりあえずこの国では、物質言語を喋れればコミュニケーションには問題ないよ」
──そういえば、日本語上手いんだものな。
ここに転移してきてあまり意識していなかったが、キョウもカーバンクルも言語、日本語に関しては特に問題ない立場なのだった。
“虚構”の世界において、物質言語という日本語と非常に近しい言語があり、それを読み解くことで偽剣は稼働する。
そうした性質故にかつての“春”では、日本人を異世界から拉致して戦士に仕立て上げた、なんて伝説も残っている。
弥生がどういう意図で設定したかはわからないが、そうした背景があったからこそ、田中は“虚構”において少なくとも言語の違いを意識したことはなかった。
今度はそれの逆パターン、向こうから転移してきた者たちが日本で言葉で困ることはない、という訳だ。
そうしたキョウに向けた“世界観説明”をしていると、不意に玄関の扉がガチャリと開いた。
思わず田中とキョウはびくりと肩を上げてしまったが、カーバンクルは揚々と、
「お、来たか」
そう告げて立ち上がり、玄関へと向かっていく。
扉を開けたのは六反園雪乃と名乗ったあの少女だった。
彼女は今日もあの私立高の制服を身に纏っており、その手元にはトーチバッグがある。
「カーバンクルさん、お邪魔します」
「おう、勝手に上がってくれていいよって、私が君に言うのも何だけど」
「……それと、そちらの方たちの分も用意できました」
雪乃は薄く笑い、バッグを差し出した。
カーバンクルはその中を覗き込み「お」と漏らした。
「気が利くねえ。流石、隊長さんだ」
「いえ、その、カーバンクルさんの仲間だというので」
そこでカーバンクルが「ロイ君」と声を上げた。
「武器の支給だ」
そう言って、彼女は、ひょい、と雪乃のバッグから取り出した何かを投げつけてきた。
田中は目を丸くしつつ、受け取ってみせた。
「スマホ……?」
その掌にあった板状のデバイスは、間違いなくスマートフォンだった。
一面ディスプレイのモデルは非常に軽く、最新・高額のものであることを窺わせる。
「この東京でバリバリに使える装備だ」
そういう彼女に対して、田中は困惑を滲ませた声で問いかけた。
「武器って、これで何で戦うんだ」
「もちろん、異形だ」
……街に蠢く異形を狩る雪乃隊の活動は、当然、その日の夜も行われたのだった。