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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
148/243

147_ブタミソ・まろやかスープ・厚切り焼豚


そう広くない部屋に三人、窮屈で寝心地がいいとは全く言えなかった。

が、田中は驚くほどあっさりと眠りに落ちてしまっていた。

本来なら、それは戦士として、異端審問官としてあり得ないことだった。


友軍であるカーバンクルはともかくとして、その場にはキョウがいる。

腐れ縁であるし、今は呉越同舟という関係とはいえ、彼女と田中は敵同士だ。

そんなものの隣で、気を抜いてはいけない、のだが。


「……気持ちよさそうに寝てたね」


ゆっくりと瞼を開けると、カーバンクルが苦笑しつつ湯気立ち上るマグカップを差し出してきた。

不明瞭な視界に全身にの死しかかる倦怠感。

その言葉通り、時分は深い深い眠りに落ちていたようだった。

田中はバツの悪い顔を浮かべつつ、絡んだコタツのコードを除けて身を起こした。

「おはよう」「今何時だ」「昼過ぎ」そんな会話の流れで時計を見ると、針は12時を少し過ぎていた。


しばらくそれをじっと眺めたのち、


「アイツは?」


そう尋ねるとカーバンクルはこれまた呆れたような顔で、


「あの不殺剣士なら、先に起きてたさ。あっちの方が君よりは緊張感があったね。まぁ……」


その視線の向こうで「うわ! うわ! すごい刺激! 物質的フィジカルです!」


……聞いたことがある声が、壁越しに伝わってきた。


「肉、汚れ、血……そういうレベルでの観念が現実と虚構じゃ違う──んだけど、シャワー一つでも飽きさせない奴だねぇ」


聞こえてくる水の音から彼女が、どこで何をしているのかを察することができた。

どうやらキョウの方が一足早く目を醒ましていたらしい。

今一つまだ目が醒めきっていない田中は、判然としない感覚だったが、その事実に恥ずかしさのようなものを覚えた。


──戻ってきた、といっても気を抜いてどうする。


どうも久しく忘れていた現実の感覚は異端審問官の感覚を鈍らせるほど強烈らしかった。

そんな彼にカーバンクルは台所まで行き、「ほい」と何かを投げつけてくる。


「食べたら? 作り方は君ならわかるだろう?」


受け取った田中は「ああ」と漏らした。

そこに記されたブタミソ・まろやかスープ・厚切り焼豚といった文言に見覚えしかなかった。

コーヒーを煽った田中は、顔を叩き、立ち上がった。


「ああ、ここのものは基本自由に使っていいよ。私のものだから」

「……何でアンタ、こんな部屋で、こんな生活をできてるんだ」


ケトルに水道水を注ぎながら田中が尋ねると、カーバンクルは「さてね」と肩をすくめた。

台所に置いてあったケトルは真鍮製で、デザインの意匠もシンプルながら凝っている。決して安物ではなさそうだ。

そんなものが、当然のようにこの部屋にはある。


「そう変な理屈じゃないよ。

 私だって、ちょっと前まであの聖女戦線にいたんだから」

「俺はあの時、ハイネと一緒に、キョウたちと交戦していた」


雪に覆われた戦場、聖女戦線。

そこで田中たち異端審問官は、10《ツェーン》の作戦により“白の塔”のエリアにいた。

カーバンクルらが“眼”を抑えている間に、精鋭エースたるキョウを強襲する──その最中に聖女と騎士がやってきた。

最強にして“希望”の第一聖女ニケア。

“教会”を率いる絶世の騎士エル・エリオスタ。

戦場に彼らがやってきたことで、あらゆる情報と幻想リソース言語テクストは乱れた。

田中、ハイネ、キョウ、クリス。あの場にいた四人は否応なしに、その奔流に巻き込まれたはずだ。


そこでケトルが小さく音を立て、水音が十分上がったことを示した。

田中はカップ麺の蓋を開けると、なかに入っていたかやくを取り出し、お湯を注いでいく。


「私も、4《フィア》と組んで作戦を遂行してたんだけど、ね。

 気づいたら、この“神隠し”に巻き込まれて、こっちにいた」

「“神隠し”……」


脳裏に“春”の巫女、包帯を目元にぐるぐるに巻いた少女の姿が過る。

かつて聖女戦線に刻まれた過去の言語テクスト

あの戦場では、時折そんなものと交わり、人が消えてしまうこともあるという。


「“神隠し”は幻想純度が高いほど起きやすくなる、と言われている。

 最強の聖女サマと絶世の騎士の激突の結果、幻想リソースがおかしな流れを作ってしまい、私たちは巻き込まれた。

 私はそんなところだと推測をしているよ」

「巻き込まれた、か」

「ああ、大きな力と力の衝突の結果、現実が歪んだわけだ」


田中は一瞬考えたのち、顔を上げた。


「なら、もしかすると、俺たち以外が飛ばされている可能性もあるのか?」

「ご名答、というか、むしろそうじゃないとおかしいだろうね。君たちがこっちに来ていた以上は」


カーバンクルはそこでニッと笑って、


「私がここに来たのは一か月ほど前だが、君たちは昨夜来たんだろう?

 時間差があるってのも、あの聖女戦線の不安定さを考えればそうおかしくはない」

「……これからぞろぞろ多くの兵士がやってくると? “教会”も、聖女軍も」

「ああ、向こうは今頃大騒ぎな気がするけどね」


確かにそれはそうだった。

どれほどの戦力が飛ばされたのかわからないが、あのエリアは重要拠点だけあって、聖女軍も“教会”も、双方かなりの戦力を投入していたようだった。

それに、少なくとも田中やキョウと同じ立場にハイネやクリスがいる。

彼らがこちらに飛ばされる・飛ばされてくる可能性は高いといえるだろう。


だが、それ以上に気になるのは、この“現実”での出来事だった。


「……そんな多くの兵士が来たら、東京はどうなる」


そう尋ねると、カーバンクルは「ふふ」と小さく笑った。

そして「伸びるよ、ラーメン」とさらりと言うのだった。



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