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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
147/243

146_三軒茶屋から徒歩10分


……空に夜明けの予兆が見えてきた頃、彼らはようやくその部屋にたどり着いていた。


「ささ、上がって」


そう言いつつ、カーバンクルは慣れた手つきで玄関口の電気をつけてみせた。

雪乃と呼ばれた少女も無言でそれに続く。


田中は「お邪魔します」と思わず口にしつつ上がり、最後にキョウが彼の袖をひっぱりながら、おずおずと入ってきた。


その部屋は十畳のほどのワンルームであった。

窓はきっちり南向き。キッチンはコンロ二つ。

エアコンも完備。もちろん風呂・トイレは別。


家賃がいくらかは知らないが、随分と好条件の物件だった。

田中は冗談のような気分でそんなことを思った。


そこは東京、世田谷区に位置する学生寮であった。

三軒茶屋駅から徒歩十分程度らしいその寮は、目の前に立つ中高一貫の女子高の寮である。


「いや、意外と遠かったじゃない。まぁとりあえずコタツの中でも入ったら?」


……そんな部屋で、カーバンクルはさも当然とばかりにくつろいで見せている。

ジャケットを脱いだ彼女は、備え付けられたコタツに身体を入れ「あー寒かった」と身を倒している。

自宅のような、というか自宅でのくつろぎ方そのものだった。


「馴染み過ぎだ」


呆れたように言って田中もまたカソックを脱ぎ、コタツに足を入れていた。

じんわりと温まる感触は、記憶にあるものそのままだ。


その動きを見た後ろで見ていたキョウも彼の動きを真似して、おそるおそる、といった形で入ってくる。

「おいおい足が当たる」「あ、すいません!」

流石に掘りコタツではなく、三人の足が入ることで随分と窮屈に感じられた。


「いくらなんでも生活感がありすぎる」


ぼそりと、田中は率直な想いを口にした。


「アンタにとっては異世界だろ、ここは」

「来ちゃった以上は謳歌しないと損でしょ、こんないいとこ」


そう言って彼女はウインクして見せた。

カーバンクルの記憶通りの所作を前に、田中は思わず安心感に似た感覚を覚えていた。


「む、なんか変な顔するじゃない」

「いろいろと意味がわからないんだよ」

「何でよ、田中君にしてみれば、勝手知ったる場所じゃない」

「だからこそもっとわからない。

 俺の感覚じゃ、さっきまで聖女戦線で」


そこで田中は、ちら、と先ほどから首をかしげているキョウを一瞥し、


「戦っていたんだ。そしたらなんか東京にいて、異形に襲われて、それをアンタが倒している」

「あーなるほどね。アンタたち、今来たってこと訳だね」


ふと男性口調になったカーバンクルは腕を組み、


「と、なるとこれからぞろぞろと出てくる可能性もある、って訳か。敵も味方も……」

「説明してくれよ。得意だろう、アンタ」


明らかに何かを把握しているカーバンクルに対し、田中は問いかけた。

何にせよ──こういうときの彼女は頼りになる。

先ほど“世界観説明”の難しさを感じたばかりだけに、彼女が事情を把握していることは安堵につながった。


「……うん、まぁそれはおいおい説明するさ」


説明好きのカーバンクルは、しかし、何か考える素振りを崩さない。


「今日はもうこの時間だ。転移したばかりで君たちも疲れてるんじゃないか?」


そう言ってカーバンクルは部屋の隅に置かれた時計を示した。

キャラクターがこしらえられた妙に可愛らしい文字盤は、4時過ぎという時刻を伝えている。


確かに相当な時間だった。

時計を前にすると、“現実”での時間の感覚が田中の中に一気に戻ってくる。

疲れ。疲れ、という意味では確かに相当なものであることも事実だった。

無論戦い続けようと思えば、戦えるのではあるが──


「だから雪乃ゆきのも一度帰っていいよ。あんまり昼夜逆転はするもんじゃない。まぁもう遅いがね」


そこでカーバンクルは、一人コタツに入らず立ち尽くす少女へと声をかけた。


「……そうですね」


その少女は、長く黒い髪をした女学生だった。

学生とわかるのは、こんな時間だというのに、彼女が制服を身に纏っているからだった。

臙脂えんじ色のブレザーは皺一つ見えず、几帳面にもリボンまでしっかりと結ばれている。

田中は知らない制服だったが、そのどことなく上品な佇まいから、私立高のお嬢様という印象を覚えた。


雪乃ゆきの……さん、というのですか?」


キョウが不思議そうに尋ねると、彼女はこくりと頷き、


六反園雪乃ろくたんそのゆきのです。以後、お見知りおきを」

「あ、はい! キョウ、何者でもないキョウです」

「まぁしっかりとした挨拶は明日でいいだろう」


カーバンクルがあらためて口を挟むと、雪乃は「そうですね」と言って、


「……結局、味方でいいんですよね?」

「ああ、もちろんさ。私と同郷で、私の味方、つまりは雪乃の味方だ」


カーバンクルが相変わらずの口調で告げると、雪乃はそこでほんの少し笑った。

そしてかけていたコートを手に取り、コタツに入ったままの三人に大きく礼をした。


「それでは、また明日」

「はいよーおやすみなさい」


……そうして雪乃という少女は部屋を後にしていった。

がちゃり、と玄関が閉まる音が鈍く響き渡った。


「…………」


しばしの沈黙が下りたのち、コタツに入った三人は互いに顔を見合わせ、


「とりあえず明日ね。私は眠い」


……カーバンクルのそんな言葉と共に、その一室での奇妙な生活は始まったのだった。



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