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虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
145/243

144_最初の夜


「ええと、その……」


田中とキョウは互いに顔を見合わせていた。

互いに敵同士であるはずの彼らは、しかし、共に剣を抜くことができなかった。

その結果、どこか滑稽な、戸惑いのはらんだ沈黙が舞い降りていた。


と、そこで田中はふと気づいた。

ビル立ち並ぶ夜の新宿には、当然人々が行きかっている。

駅前や歓楽街から離れた場所だけにそう多くないが、人々は遠巻きにこちらを眺めているのだった。

「ねえあの人たち」「うっわ派手な髪色」「あれ外国人」

こぼれ落ちる声を聞いたとき、田中は久しく使ってなかった感情の回路が動くのがわかった。


「行こう」

「え?」


田中は首を振り、キョウの手を掴んだ。

敵同士、いつものキョウならそんな接触は許しはしなかっただろう。

しかしあまりの事態に理解がおらず「え? え?」と声を漏らし引きずられていく。


「ロイ君、ちょっとどこへ」


そう尋ねるキョウに対し、田中は声を荒げた。


「俺が聞きたい!」


なぜいきなり転移したのか。カーバンクルやハイネはどうなったのか。どうして武器が出せないのか。

わからない。

しかしここは新宿だ。

少なくとも剣がない状況でも、死ぬことはそうそうない。


──いやむしろ。


出せた方が危険だったかもしれない。

ここは秩序も何もかもが消えていたあちらの世界とは違うのだ。

今はただ酔っ払いの外国人が暴れている程度に受け止められたが、街の往来で剣を出せばどうなるのか、田中は知っている。


キョウの腕を引きつつ、田中は自然と新宿から離れる方向へと足が動いていた。

記憶の中に染み付いた“我が家”が、そこにはあるはずだった。

道の隅に立つセブンイレブンや、スマホをいじって歩く人々を見ると、ようやくここが東京であることの意味がつかめてきた。


「ロイ君」


“教会”の灰色カソックはそのままだし、懐には“眼”からの言語テクストを解読するバイザーだって入っている。

しかし、当然だが日本円など持ってはいないし、MTメタテクスト加工の装備なんて、この東京で役に立つわけがない。

じゃあいったいどうすればいいのか──


「あの! ロイ君!」


耳元での叫びに、思考はさえぎられた。

はっとして田中は立ち止る。急に止まったことでキョウがつんのめるのが見えた。


「あ、ごめん」

「ごめんじゃないです! わけわかんないです」


キョウが声を荒げるのを見て、田中はあわてて手を離した。

真冬だというのに掌の中はびっしょりと汗ばんでいて、キョウの肌にも痕がついてしまっていた。


「ここ、どこなんですか? 知っているなら教えてください」

「叫ぶな。また悪目立ちする」


迫ってくるキョウを押しとどめるように言った。

ただでさえキョウの外観は目を引く。

一応人通りの少ない住宅街まで来ていたので、往来の人々はそう多くないのが救いだった。

とはいえ昼になれば、キョウはいよいよ街の異物となるだろう。

状況はわかるまで、下手に目立つことは避けたかった。


「で、ロイ君。ここは? 知ってるんですか?」


だからキョウをなだめるためにも、田中は答える必要がありそうだった。

何もかもわからないが、しかしこの街を知っていることは間違いない。


「東京だよ」


うめくように田中は答えた。


「え?」

「だから東京だ。知っているだろう? 神話に出てくる、赤い塔の立つ街だ」


そう答えると、キョウは目をぱちくりとさせたのち、


「そんな非現実的な話じゃなくてですね……」

「現実だよ!」


今度は田中が声を荒げる番であった。

彼は髪をかき乱しながら、


「これが非現実的な話あるもんか。

 これが虚構であってたまるもんか。ここは、ここが現実に違いないんだ」

「ロイ君……?」


田中の変節に、キョウは首をかしげている。

理解できてないいのだろう。

田中のことも、この世界のことも、事の重大さも、何もかもが理解できていないに違い。


キョウの心情を想像することはたやすい。

何故なら、かつて田中がそうだったからだ。

あの世界にいきなり言って、エリスに会って“さかしまの城”を見せられた時も、とにかく意味がわからなかった。

だから逆に平静を保っていたな、と田中はかつてのことを思い出す。


「ええとその、ロイ君、そんなに無理をしないで……」

「お人よしだな、本当に」


こちらを慮る声に、田中は苦笑した。

とりあえずキョウは今、ここにいる。

となれば、これまでのことががすべて嘘で、虚構で、本当は存在しなかった、なんてことにはならない。

それが現実だ。


「……悪かった」


そう自分に言い聞かせることで、田中はとりあえず顔を上げた。


「正直俺だって意味がわからない。つれまわしたのは謝るが……」

「ええと、あ、はい。それはどうも」


キョウとの気の抜けるやり取りを経て、田中は息を吐いた。


「あっちの戦場じゃ敵同士だったが、ここじゃどうにも戦えない。休戦だ」

「うーん、そうですね……それはその、またとないお話なんですけど」


キョウはそこで、あはは、と苦笑を浮かべながら、おもむろに田中の方へと手を伸ばした。


「そのですね……私から離れないで欲しいんです。

 厚かましいお願いなんですけど、その、私、この街のこと何もわからないんで……あはは」


カソックの袖を強く握りしめ、笑いながら彼女はそう言うのだった。




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