表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構転生//  作者: ゼップ
虚構都市“東京”
144/243

143_異世界転移

聖女戦線編のポエムパート微妙に変えました


その日、母だけは取り乱していなかった。


百年前、父が出ていくといった日、他のみなが悲嘆にくれている中、母だけは違ったのだ。

困惑することなく、どこか決然と遠いところ見ていたのを覚えている。

その時は、その顔の意味が私にはまったくわからなかった。


母は優しい人だった。

厳しい父と対称的に、母は誰にだって優しく、もちろん娘である私にも優しくしてくれた。

そんな母に私は随分とわがままを言ってしまったように思う。

あれが欲しいとか、あそこに行きたいとか、おいしいものが食べたいとか、王朝崩壊の不安定な時期にあって、とんでもない願いを口にしていたものだ。

優しい優しい母がいたからこそ、私は厳しい父の下でも育つことができたのかもしれない。


それでも、たいてい母は叶えてくれた。

食べ物も、居場所も、娯楽も、母は私のために言えばなんでもくれた。

それを父にとがめられることもあったけど。


そんな母は、父のことを愛しているようだったし、父も同じくらい母を愛しているようだった。

少なくとも私には、そう見えていた。


にもかかわらず、突然出ていった父と、それを受け入れている母。

その光景が、私にはどうにも理解できなかったのだ。


呆然としている私に、母は耳元でこうささやいた。


“安心してね、私は貴方の味方だから、ずっと”


その言葉通り、母はそれから百年もの間、味方でいてくれた。

雨の日も、雪の日も、どれだけ苛烈な敵が前に現れようとも、母は味方だった。

どんなことがあろうとも、母は私の味方であることを選び続けるだろう。



だいたいのことを理解した今だからわかる。

父エルが強大なる敵となったのも、母ユウカが絶対的な味方になったのも、私がいたからだ。


私が抱いたちっぽけな夢と願いこそが“はじまり”だった。


すべては私が、願ったことが。



(虚構都市“東京”)





星一つ見えない暗い夜空の下、灰色のビル群が立ち並んでいた。

降り続ける雪が、アスファルトに降れるたびに瞬く間に溶けていく。

目の前の道路では、やってくる車がかわるがわる乾いた駆動音を立てては消えていく。


「……東京か」


その光景は、田中が今の今まで戦っていた聖女戦線と似てはいる。

あそこも雪は降っていたし、神殿と呼ばれる摩天楼が乱立しているような場所だった。


しかしまったく違う場所だった。

分厚い雪、剣で武装した兵士たち、幻想リソースに満ちたオーロラの空。

聖女戦線を構成していたすべての要素が消えてしまっている。


「夢から」


田中はうめくように言った。


「醒めたとでもいうのかよ!」


うへえ、と吐き気をこらえるように口元を抑えた

訳がわからな過ぎる。

あの聖女との血にまみれた戦いは全部夢で、現実には存在しないものだったのか。

悪い夢を見ていたロイ田中は、あっさりと目を醒ましたとでもいうのか。


思えばあの地で目が覚めたのも唐突で、意味の分からないものだった。

ならば帰ってくるときも、これだけ意味不明で理不尽でもいいのかもしれない。


──ふざけるな。


激昂に似た思いを抱え最中、田中はこぶしを握り締めた。

自分が一体に何に怒っているのかもわからなかった。

ただ、今この状況に対して腹が立っていた。


そして気づく。腕に巻かれたソードリストの感触に。


「あ!」


その意味に気づくより前に、田中の背後で聞き覚えのある声がした。


「み、見つけましたよ! ロイ君!」


彼女は振り返った田中を、ぴっと指で指している。

キョウ。

新宿の薄暗い街並みの中、髪をたなびかせる彼女の姿は、記憶の中にあるままだった。


彼女の登場と共に、田中の思考は一気に切り替わる。


「なんだかよくわかりませんが、とりあえず逃がしません!」


そう叫びを上げるキョウに、田中の身体は自然と動いていた。

ソードリストから偽剣ソードレプリカを抜き、即座に跳躍ステップ

可能なら初撃で切り捨てる。空に逃げられれば、こちらからは打つ手がなくなるその前に──


「あれ?」

「え?」


──互いに、気の抜けた言葉が出てしまった。


田中もキョウも動きが止めていた。いな、動くことができなかった。

偽剣ソードレプリカは出現せず、当然跳躍ステップも行われなかった。

ソードリストはただの腕輪のまま、言語テクストが走っている様子も感じれない。


「これは……」

「もしかしてここ、幻想リソースがほとんどない?」


それまで当たり前のようにできたこと、やっていたことが全く機能しなくなっている。

何も起きない。そんな事態に、田中とキョウは互いに目を見合わせてしまった。

キョウの瞳は揺れ、その困惑を示していた。

きっと田中もまたそんな表情を浮かべているのだろう。


街のライトは明滅し、無数の車が行きかっていた。

剣を抜くこともできない二人を、街は置いていくかのように動き続けている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ